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ハルフウェイ・ストーリー  作者: 魑魅魍魎
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プロローグ1 ―平凡な俺と微かな違和感―

初投稿です。

「かーっ、これだよこれ。この香りと味のために生きてんなァ」

甘辛く味付けされた肉味噌とパクチーを麺と和えて頬張りつつ、

大学生風の男が呟く。

その顔には食への喜びが万遍なく貼りつき、

口角近くの表情筋を鋼のごとく上げ続けていた。


男の名は真中(マナカ) (マコト)。都内に住む平凡な理系の大学生である。

大学の近くにこの汁無し担々麺屋"龍の巣"が出来てから約半年、

昼食の時間となればここへ足を運ぶのが彼の日課となりつつあり、

今日もルーティーンを消化しにやってきたのだった。


「大袈裟だねェ。そこまで言われると作り手冥利に尽きるってもんだけど」

店主はやや皮肉めいた口調ながらも、

真の口から垂れ流される素直な感想に感謝の意を述べる。


「オヤジさん何言ってんのさ、このバランスはそうそう出せるもんじゃないって。20年の修行の成果っすね」

「そもそもそんなに修行してないしオヤジでもない。年はアンタとそんな変わら

 ないし、第一知り合いなんだから"イツキさん"って呼べって言ったでしょ。

 "混ぜ太郎"の癖に生意気な事言ってんじゃないの」


"龍の巣"の店主である龍田(タツダ) (イツキ)は、

習慣化しつつある真の軽口に対して、呆れの入ったぶっきらぼうな口調で返す。

彼女と真は研究室の先輩と後輩の関係だ。

イツキさんは卒研で科学系専門雑誌への掲載を果たし、

卒業後は商社でバリバリに働き新人から重要な案件を任される稀有な人物であり、初めのうちは真もそんな彼女を尊敬していた。


だがある日突然

"夢で食神のお告げがあったから料理人をやる。会社辞めます"

と言い出して電撃退職。

そして貯金をはたいて"龍の巣"を開店し、

研究室までビラを配りにやって来たのだった。

そんな経緯があるため、

真は今では彼女を「才能を無駄遣いする変人」だと思い始めており、

早い話がナメていた。


「ごめんごめん。でもイツキさんこそいつまでも"混ぜ太郎"は勘弁してくださいよ、外だと恥ずかしいんすよ」

「その"勘弁"とあたしへの"ナメ"を等価交換してくれれば考えてやらんでも

 ないけど」

「すいませんわかりましたって、今度から気をつけますから!

 ・・・ふう、ごちそうさまでした。それじゃあまた明日」

「その軽口さえなければ常連としてちょっとは特別扱いしてやるんだけどね。

 まいどー」

形ばかりの謝罪とお代を残し、店の外へ出る。

晴れた秋空の下、研究室へ向かって歩きながら真は"混ぜ太郎”という奇怪な自分のあだ名について思い返していた。


真がこの間抜けなあだ名で呼ばれるようになったのは、研究室に入ったばかりのころ、物質合成のために原料を混合したのがきっかけだった。

他の同期と比べて明らかに真の作った試料だけ出来上がりの特性が良く、

解析の結果、真が担当した原料だけが非常に良く混合されている事が発覚した。

原料を"混ぜる"事に長けているから"混ぜ太郎"。なんて単純明快かつアホっぽい名前なんだろうと思いつつも、真はこのあだ名を拒まなかった。


俺には、「特徴」が無い。

身長、体重ともに平均的。運動神経は悪くはないし、コミュニケーション能力も人並み。

特筆すべき趣味もなく、勉強に関しても小学校から一貫して真ん中ぐらい。

不良にも優等生にもなりきれない。

オタ話も酒飲んで騒ぐのも好きだけどすげぇ深い話は出来ないからつっこんだ関係にはなりにくいしさー。

要するに『真ん中』『中くらい』『中途半端』な存在なんだよなー、俺って。

"混ぜ太郎"なんて牛丼屋みてーなあだ名でも呼ばれるだけマシだ。

流石に外で呼ばれる事には抵抗を感じるが。


そうこう考えているうちに研究室へと辿りつき、真は過去の自分に馳せた思いを頭の隅へ押し込める。


しち面倒くさいが今日もやらなきゃいけない事は山積みだ。

黙々とやって終わらせちまうか。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


午後8時を過ぎ、実験と解析を終えた真は帰宅することにした。

30分ばかり電車に揺られ最寄り駅に降り立つ。


今日の晩御飯は何にしようか。

「シンプルにカレーか、あるいは豚肉と白菜で鍋ってのもありだし、それともたまにはオムレツでも作るか・・・ん?なんだあれ」


自炊ならではの無限の選択肢に頭を悩ませ、家への薄暗い道を歩いていると道の奥の方にぼんやりとした白い物が浮かんでいるのが見えた。

フードをかぶった人にも見えるそれはその場から全く動こうとせず、ただゆらゆらと風に揺られたまま微かな存在感を醸し出している。


「参ったな、家まで行くのはこの道が一番近ェってのに・・・

 ま、仮に幽霊だとしても俺を祟ってるわけじゃないしどうでもいいか」


回り道する時間と幽霊への恐怖を載せた天秤は時間サイドに傾き、真はそのまま家路を急ごうと足を踏み出す。

俺ってば意外と神経図太いのかもしれんなぁ。


だが、"白い物"の脇を通り過ぎようとした瞬間


『・・した・・・り・・す・・・・に・・・い・・・』

「はっ?」


"白い物"が何か呟いたような気がして、真は咄嗟に今来た道を振り返ったが、

その時にはもう、僅かばかりの残光を残して"白い物"は既にその姿を眩ましていたのだった。


幽霊と遭遇したってどうなんだろうな、霊感あるキャラと被るし微妙な気もするなぁ。


呑気にも自分の特徴に「幽霊と出会った事がある」を加えようか考え始めた真は、

不思議な感情をどこかへ追いやりつつ再び家への道を歩き出していた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


自宅のドアを開けると、玄関からそのまま見える位置にあるダイニングのテレビにでかでかとゲーム画面が映し出されていた。

古めかしいドット絵で描写されたそれは、見た目のレトロさに反して濃厚なストーリーとバランスのいいゲームシステムで

未だに根強いファンを持つ名作である事を想起する。

主人公の緑髪の魔法使いを操り、往年の据え置きハードと共にテレビ前のソファに佇む、黒いジャージの女の後ろ姿がふてぶてしくもそこにあった。


「ただいま・・・・って、お前はまたそんな古いゲームばっかしてんのか。いい加減兄としてお前の将来が心配になるよ、(ヒトエ)

「兄ちゃんみたいに平々凡々になるくらいならゲーム実況者くらいエッジのきいた人のがマシだと思うけどね」


真中(マナカ) (ヒトエ)、俺の妹だ。

よくある兄弟での同棲ってやつで、こいつが大学生になってから一緒に暮らし始めた。

自慢じゃないが顔立ちは俺には似ず、切れ長の二重に高めで形の良い鼻、薄い唇にも一つオマケで泣きぼくろといった贅沢なパーツ取り。

神様の福笑いのスーパー成功例と言ったところか。


そんな顔立ちに加えて茶髪のロングヘアに黒の上下ジャージを着ているせいで見た目はほぼ地方のヤンキ―なのだが、

そのメンタリティたるや、全くもって引き籠り。

暇さえあればテレビゲームの攻略、攻略、寝食も犠牲にする事全く厭わず攻略。

しかもMMOやFPSなどのいわゆるオンゲではなく、昔ながらのRPG・ADV・アクションなど一人用ゲームをこよなく愛する懐古厨(レトロゲーマー)である。

こんなことになるなら小学生の時にLv上げ作業を任せるんじゃあなかった、とは俺の談で・・・。


閑話休題(そんなはなしはおいといて)


まったく、相変わらず減らず口を叩きやがる。

こいつの中で俺に対する畏敬の念はとうの昔に雲散霧消しているようだ。


「ド平凡で悪かったな。晩飯抜き」

「このたびの失言誠に申し訳なく存じ上げますので許して給うよ兄上様」


愚妹よ、文法と単語選びがグチャグチャだ。


「日本語が上手く使えない若者たちってのもあながち笑えないな」

「まぁ、いいじゃない。謝罪の意さえ伝われば」

「それすら伝わってない事を想定していないのがゆとり世代ってか・・・

 んで?何が良いんだ?戻ってくるまでに決めとけよ」


晩飯の決定という一大事を妹に押し付け、真は自分の部屋に荷物を置きに行く。

2DKの狭いこの家では自分のテリトリー内に自分の持ち物を収める事が何よりも優先されるのだ。

ダイニングに戻ってきた真に、単は予め決めていた答えを告げる。


「久しぶりにアレ(・・)作ってよ。"兄ちゃん特製混ぜめし"」

「んんー・・・、まぁいいか。飯炊けたらすぐ出来るからその間にゲーム終わらせとけな」


炊飯器に米と鶏肉、長ネギと舞茸を入れて塩コショウをし顆粒だしの素と多めの水を投入し後は炊くだけ。

和風カオマンガイと言ったところだが、該当する料理の名前が無いので

とりあえず"兄ちゃん特製混ぜめし"としておいた。

単にとってはそのネーミングの安直さと味の両方がツボにはまったらしく

時々こうしてリクエストしてくるのだった。


プライベートでも混ぜめしが得意料理だなんて、

"混ぜ太郎"の面目躍如だなァ、困ったもんだ。


リクエストに応えるべく炊飯器のスイッチを押し、やることも無くなった真は

ソファの端に座って妹の操るキャラを眺めてみることにした。


主人公の少女"ファナ"は確か、過去に巨大帝国に操られて殺戮を繰り返す人間兵器だったんだっけか。

だがある日自分も殺されかけ、生への執着が生まれるとともに洗脳が解けて戦闘不能になってしまう。役立たずになり、逃亡して流浪の民として世界各地を旅し、出会った人々との交流を通じて、人間としての心を取り戻していく。

そうして自らの人生を振り返るうちに新たな力に目覚め、贖罪として世界を平和にするために再び戦いに身を投じるが・・・

といったストーリーだと記憶している。

大雑把だから細かいところまでは思い出せないが、新たな力ってのが、

「洗脳が解けた後には忌み嫌っている大規模殺戮魔法」

っていう皮肉めいた展開だったのは覚えている。

取得時のメッセージも

「今までの業は取り消せません、今までの経験があなたの血肉なのですから、

 目覚めた力もそれに倣うのは当然のこと」

といったもんだから制作者側の性格の悪さがにじみ出ているな。


サイドビュー方式の戦闘画面上では妹の操るキャラクターがレアアイテム欲しさに次々と大魔法を連発している。

やれやれ、こいつは物語上のキャラの心情や機微なんてもはや気にしていないんだろうなァ。

ゲーマーになってしまうのは恐ろしいこった。可哀想なファナ。


そんな感慨に浸っていると、炊飯器から晩飯の完成を告げる音と香りが届いてきたため、真と単は立ち上がって食卓の用意に移る。


「・・・?」


その刹那、何か違和感を感じて真はテレビ画面を振り返る。

テレビ上では相変わらず戦闘中のキャラクターが奮闘している。

そしてファナが「こっちを見ている(・・・・・・・・)」。

おかしい。サイドビューの画面上ではキャラクターは敵のいる左右を向くのみでこちらを向くはずなんてないのだ。

目をこすってもう一度見る。ファナは敵の方を向いている。


「・・・今日はよく変なものを見るな。疲れてんのかなァ」

「兄ちゃん何してんの?早くよそってよ」


妹のどやしを受けて我に返った真は今回も不思議な感情を隅に追いやり、改めて食卓をセッティングしにかかるのだった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


初投稿です。今まで人に自分の文章を見せた事はありません。

修論の合間に書いてるんでかなり遅筆ですが、感想・意見などお待ちしています。よろしくお願いいたします。


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