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雪国

作者: 楠乃



 午前三時手前。空は曇り。積雪量は予報だと確か60センチ。最高気温は2度。スマホからの情報だと現在気温マイナス4度。

 バイトがようやく終わり、硬い雪の上をずぼずぼと音を立てて、私は帰途についていた。

 こんな日曜と月曜の境に街から外れたコンビニに寄るお客さんも少なく、私が今日した仕事と言えば品物の納品と店回りの雪かきくらいだった。

 その所為なのかどうかは知らないが、お仕事が終わって肉体労働も終わって身体は疲れているというのに、何故か気分は非常に良い。「良い」と言うか「酔い」に替えても良いぐらいにテンションが高い。酔いぐらいに良い。

 積もった雪が音を吸い込んでいるからか、街は非常に静かで、もう一本向こうの道を走っている車の音が良く聴こえる程だ。

 とても静かで、孤独で、冷たくて、気持ち良い。

 だから、こんなにもはしゃいでいるのかもしれない。




 雪が降る度に思う事がある。

 豪雪地域に生きる人には、ある種の病気に罹っているのではないだろうか? という事だ。

 「雪が降って喜ぶのは、降らない地域の人と子供だけ。」なんて良くこちらでは言われているけど、結局雪かきせざるを得ない状態になってしまえば皆楽しみながらやっているじゃないか。と考えてしまう。

 まぁ、これはバイト先や私の家族が大体そんな感じの人種だとか、こんな事を言っている私がまだ精神的に子供かもしれないとか、色んな方面から反論可能だとは思うけど、つい、そう思ってしまう。

 そうでなければ、私はバイトが終わる筈の零時から二時まで雪かきに夢中になってしまった理由が「ガキだから」になってしまう。

 ……けど、それはそれでそれでも良いかな、とも思う辺りが、実に良く私を分かりやすく示していると思う。思った。

 雪かき楽しいなあチクショウめ。




 大きな交差点に出た。

 私の住む街の入り口とも言える。

 車は一切通らず、ただ融雪装置から出る水の音が微かに聴こえてくる。

 それと同時に、水から出ている煙が今の気温を実に分かりやすく教えてくれる。

 まぁ、あの煙がどうして発生しているのか知らないけどね。白い息の原理と同じだろうという予測はつくけど、その白い息の詳しい発生条件も知らない。


 何はともあれ、大きな交差点という事もあって、街灯と地面から上がる白い煙で実に幻想的な風景が出来ている。

 更に運が良かったら、これに霧も重なって、更に綺麗で不思議な光景が出ただろうになぁ、と思わなくもない。

 とは言え、現段階で既に綺麗なんだから更に改善しようと考えなくても別に良いかもな。とも思ったりもした。

 まだ信号は赤い。


 信号には全て赤になる瞬間がある。だが全て青になる瞬間はない。

 という言葉・豆知識と言っても良い情報を最近知ったが、そんな事はどうでもよく、現在車が一切通っていないこの大きな交差点で律儀に信号を守らなくても良いのではないか? と思わなくもない。

 けれども、こういうどうでもいい時こそ律儀に守りたくなるのが私の天邪鬼な性格の一端であって、つまりテンションが高いという事実を私が私に教えてくれる。


 さて、そろそろ私が守るべき信号が青になりそうだ。

 既に筋肉痛を起こしているらしい腕と脚と腰は先程から震えているような気がするけど、多分これは寒さが原因ではないと思う。

 ふと見てみれば目の前で氷が流れて行る。

 融雪装置から水で川が出来て、更にその上を雪の塊が流れていっている。これまた綺麗な光景だ。

 「氷河だ」と一瞬思ったが、よくよく考えてみれば違った。「流氷」なら合っているかもしれない。海じゃないから違うのだろうけど。


 ……ていうか、あの大きさの雪が流れているって事は、あの川は相当に深いって事になる。

 信号が青になったが、この道を選んだのは間違いだったかもしれない。

 そして、その疑惑は川を渡ろうとした時に確信に変わった。


 まぁ、積もった雪でその川を一時的に埋めてしまえばどうって事はなかったんだけどね。




 唐突に何か飲みたくなった。

 いや、唐突と言う程じゃないかもしれない。10〜30センチ程の雪道を延々と歩いているのだから、疲れは確実に溜まってはいるだろうから。

 まぁ、そんな理由は置いといて、結論は何か飲み物が欲しい、という事である。

 長年コンビニでバイト店員をやっている私に、こんな時のためのドリンクが準備されていない訳がない! ハッハッハッハッハッ!

 ちゃんちゃらおかしいとばかりに自分のバックを漁りながら笑っている、髪が長くて眼鏡を掛けている不審者の姿が、街の大通りにあった。

 まぁ、私なんだけど。


 紙パックのブルーベリーヨーグルトをストローでじゅぞぞぞと吸いながら、雪道をまた歩き始める。

 相も変わらず車道と違って歩道は除雪車が通らず、人が通った足跡の上に自分の足を重ねながら歩いていた。

 バックは肩に掛け、傘はそのショルダーバックに引っ掛けて、片手はジャケットのぽっけに入れ、片手はブルーベリーヨーグルトを持っている。

 まぁ、当然のように紙パックを持つ右手は外気に触れている為、物凄い勢いで冷たくなっていく。もう掌が赤いのは寒いのが原因か、それとも二時間以上も雪かきをした所為なのか分からなくなってきた。

 いや、もしかするとバイトに向かう途中でバランスを崩して転んでしまった際に、思いっきり右掌を雪に叩き付けてしまった時の所為かもしれない。

 ……まぁ、自分で思い付いてアレだけど、流石にあり得ないか。もう八時間も前だし。雪かき中に痣っぽいのは消えちゃったし。


 閑話休題、何にしてもヨーグルトは美味しい。

 どうでもいい事を思い出したけど、「それはさておき」を変換して「閑話休題」と出るのは多分ウチのパソコンぐらいだろう。どうでもいいけど。




 住宅街が見えてきた。

 大きな物が動く音が聴こえる。この音は除雪車だろうか?

 車道と歩道が一体化した住宅街を除雪するのは良いけど、それなら大通りの歩道も除雪してくれないかなぁ、と思った所で、何かと何かがぶつかった音が除雪車が動いているらしき方向から聴こえてきた。

 おやおや、そんな音を立ててちゃ住人の皆さんが起きてしまいますよ。

 まぁ、音どころか何かをぶち抜かれた振動の方で起きてしまうかもしれませんけどね。




 こんな雪が積もってしまっている歩道より、除雪されてる車道の方が歩きやすいのでは? と考えてしまった。

 こんなテンションのお人は当然のように思い付きを行動に移すから危ない。まぁ、私なんだけど。

 雪が膝まで達する程の高さまで積み上がっている歩道から車道へと降り立ち、まず初めに後悔した事は水位が非常に高いじゃあないか、という事だった。

 まぁ、車が通ったり除雪車で粉砕されたりしている雪は小さくなっており、空気に触れている表面積が大きいとそれだけ溶けやすいという事になるだろうから、溶けて出来た水が集まるのは当然重力に従って歩道と車道の間の溝に集まるという結果になる訳だけども。

 ああ、それにしてもなんたる失敗か。さっきも氷河に足を突っ込みかけたというのに、一度回避出来た筈の失敗を私は繰り返すというのか?

 ハイ、繰り返しました。歴史は繰り返す……数十分の間にな。


 ま、防水性の高いブーツだから良かったものの、これがバイト中に履く普通のシューズとかだったらもう、あられもない状態になってしまっただろう。危ない危ない。

 そんなこんなで小さな川の中をざぶざぶと歩いていると、後ろから車が迫って来た。

 向こうもこちらの様子や事情は察してしまっているのか、かなりゆっくりとしたスピードで私の横を通り抜け、そして完全に追い抜いてから、速度を上げて走っていった。

 どうやら私が歩道の雪よりも車道の水を選んだ事や、ブーツとはいえそれほど深い所に入っていくと水が上から入ってくるであろう事も、何から何まで察されてしまったようだ。その上で様々なご迷惑をお掛けしてしまった模様。

 これはこれは……何やらよく分からない気持ちだけども、恥ずかしいというのが一番近い感情表現だと思う。

 私は見ていないが、随分と生暖かい目で見られたんだろうな。と思うとちょっと違うスイッチが入ってしまいそうだ。危ない危ない。




 ようやくヨーグルトを完璧に飲み終えた。

 しかしゴミ箱と言われるものは近くにない。重ねて言うなら、この自宅までの帰り道の中で私が知るゴミ箱は自宅近所のコンビニしかない。

 それだったらまだ家のゴミ箱へ捨てた方がまだ皆笑顔だろう、と言える程に家の近い所にしかゴミ箱、もといコンビニはない。

 当然、今私が居る位置からすればコンビニはまだまだ遠い。この寒い夜空の下、いつまでもこのパックを持ち歩けるほど私は強くない。

 とは言え、このヨーグルトパックを雪の上に置いて捨てていける程、私の心は強くない。いや、これを強いと言って良いのかどうかは知らないけど。


 結果的に、私はコートのポケットの中にヨーグルトパックを入れるしかなかった。

 まぁ、どうせヨーグルトを飲む為に元々出していた右手だ。今更寒さに負ける訳が………………いや、寒いものは寒い。

 液体が入っていたパックと一緒のポケットなんて、とても冷たいとは思うがそれでも外気よりかは暖かいに違いない。我慢してくれ私の右手。




 遠くに、自宅に一番近いコンビニの看板が見えてきた。

 私が働くコンビニと、自宅に一番近いコンビニは系列が違う為にライバル会社と言ってしまえば入るのも何だか躊躇わられてしまうというものだ。

 とは言え、いちいちそんな事を考えつつもいつも普通にあのコンビニに入ってしまう所が私の天邪鬼な所でもあって……まぁ、どうでもいい事だ。


 コンビニの大きな駐車場は既に雪かきがされており、駐車場の端には人が簡単に埋もれてしまいそうな程の大きな雪山が出来ている。

 多分、もし私がこのコンビニで働いていたらカマクラでも作っていたかもしれない。と思ってしまう程に大きな雪の山だ。羨ましい。

 流石にこちらのコンビニの方に頼み込んでカマクラを作っても良いか? と頼み込んだりは羞恥心とかその他色々の事情が重なってやったりはしないけれど、もし出来たら楽しいだろうになぁ。

 ……それにしてもここのコンビニ店員はカマクラを作ろうという遊び心がなかったようだ。

 つまり私が提案していた「豪雪地方に住む人々は何やかんや言いながら、雪かきを非常に楽しんでいる」という考えを否定してしまう人が現れてしまった。これでは私の説が正しいと主張出来ない。残念だ。


 まぁ、自分が「ガキだ」という事は自分が一番良く分かっている。

 他人が見ればそれは一目瞭然だ、というのは否定しないけれども。


 コンビニで買うようなものは自分が働くコンビニで既に買い占めてある。

 だからこの自宅に最寄りのコンビニに寄る必要性は今の所全くないのだけれど……。

 「……どうせ、寝る前に一回は寄る事になるんだろうなぁ……」とか、考えながら私はそのコンビニの横を通り過ぎた。


 おっと、ヨーグルトパックを捨てるのを忘れる所だった。

 結局コンビニのゴミ箱に捨てている辺りが天邪鬼、以下略。




 目指していた自宅が見えてきた。それと同時にふわふわと雪が降り始めてきた。

 今はまだ少ししか降っていないが、この様子だと夜明けまでずっと振りそうな気がする。

 まぁ、明日は特に用事も何もない、珍しく正しい意味での休日だから良いけど……いや、正しくもないのか、月曜なのだし。

 それはさておき、こうして雪が降っているとどうしても思ってしまう事がある。

 「ああ、また雪が積もるのか」と。

 「ああ、折角雪かきしたのに」と。


 「ああ、また雪かきできるぞ」と。


 ちょっとした言葉で天邪鬼を言い換えれば、もしかすると「ワーカーホリック」という言葉になるかもしれない。そう思った。

 そう思って、私は自宅の扉を開き、一日を終えて就眠した。

 結局最寄りのコンビニには寄らないでおこう。結局も何も、一度も寄ってはいるが店内に入っていないのだから、結局、というよりもとどのつまり、結末は変わらないのである。

 どうせこのテンションも布団を見れば低く、もとい覚めてしまうのだから。

 だからまぁ、今日のこの良いも冷めて、明日明後日の為に眠るとしよう。

 ああ、もう今日なのだった。これは失礼。


 それでも眠って起きた次の日という今日に向けて、挨拶をしよう。

 大殿籠りである。自分自身に尊敬語とは、馬鹿馬鹿しい。事実馬鹿だけど。

 ま、明日もテキトーに生きよう。

 おやすみなさい。





 興が乗って書いたもの。

 コレに感想なんて無理じゃね? と思わなくもない()

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