第五話
沈みゆく陽を浴びて眩く光る、真白い石造りの建物。白く硬質な石を切り出し、磨き、そして繊細な模様を刻みつけた様はまさに芸術品と言えるだろう。皐月はぽっかり口を開けたまま、それを見上げている。鬱蒼と繁った森を抜けて見えたのがこんなにも素晴らしい建物だったのだ。驚きもひとしお。
フラフラと建物へと歩み寄り、その白く美しい壁面に触れる。つるりとした冷たさの中にどこか不思議な暖かさを感じるのは何故なのか。
「すっごい、綺麗……」
惚けたように呟いて、間近で見上げる。
頬が触れるほど近くで見てもなんの瑕疵も見つけられない。わかるのは、ただ驚くほどに細かい細工がされ、美しい模様を描いているのだということだけ。
白い壁一面には複雑に絡み合う蔓草模様。天に向かうように伸びる蔓が彫り込まれた中央部分のそれは秀逸だ。
三階建てらしいそこは、大きな飴色のドアが一つと、幾つもの窓が設けられている。扉も、窓枠も同じ材質の木を使っているのだろう。よく磨かれた艶やかさが目を惹いた。
「すごいだろう? ここはラウエンティス旧神殿と言って、王都で一番の歴史を持つ建物なんだ」
「そう、王城よりも歴史のある建物で、あちらよりもよほど美しい佇まいをしているのですよ。あの二つの尖塔が女神レリアと男神クルトを表していると言われていますね。素晴らしい佇まいでしょう?」
中央部分よりも倍以上も高い尖塔を指差し、フォルナートが教えてくれているが、正直そんな言葉は右から左へと流れいってしまうほど、皐月はその建物に魅入られていた。
けれどそれも仕方のないこと。最初に皐月が見た場所は、丸太を組んだ素朴な小屋だったのだ。
そこにあった調度も手の込んだものではなく、味はあるが質素なものだった。それに彼らが食事として主にとっていたのも、手の込んだものではなかった。だからそこまで生活レベルは高くないと踏んでいたのだ。
だが今皐月の目の前にあるその建物は、予想を裏切るほどに美しく、そして荘厳な佇まいをしている。まるでヨーロッパの有名な教会の一つのように思えるほど。まあ、屋根のどこにも十字架はないし、モザイク画もなさそうな上祀っているのは唯一神でもないのだが。
「本当にすごい……です。こんなに綺麗な建物を見たの、初めてです」
「あ、綺麗なところに驚いてたんだ。高いからじゃないんだね」
「え? ああ、私がいたところはこの塔よりも高いビルがたくさんありましたから……。はあ……すっごい綺麗……」
ポロポロと返事を返しているが、何を聞かれて何を応えているのか。全く自覚がない皐月は、こんな綺麗なものを見られただけでもあの獣道を歩いた甲斐はあった、と思っている。かなり現金な皐月は観光気分で辺りを散策し始めた。
ちなみに周囲にはあの五人以外にひと気はない。つまりはこの素晴らしい建物をある意味独り占め。触りたい放題な上に、見放題なのだ。残念なことにカメラはないが、その代わり自分の心に焼き付けよう。皐月は視線で穴が開けられるなら数え切れないほど開けられそうなほど見まくっている。
「ああ、行っちゃった。……ちゃんと聞こえてないみたいだね」
「そうですねえ。でもまあ可愛らしいのではないですか、神殿で喜ぶなんて。まったく成人には思えませんが、これがサツキさんなのでしょうしいいのではないですか?」
「──そういう問題じゃないと思うけど……。まあ、いいか。嬉しそうにしてくれているしね」
「そうですよ。心穏やかにしていただかないといけないのでしょう? もし彼女が望むのでしたらここでしばらく滞在してもいいですし」
「フォルナート、お前は何を言っているんだ。滞在していては、王都に戻れないではないか。せっかくサツキが現れたのだから、早く王に伝えなければいけないだろう? 託宣は成された、と」
フラフラと歩き回り始めた皐月を見つつ、肩を竦めてレオとフォルナートが話していれば、眉を寄せたエリオットが言い放つ。
「あー…うん。正論だね。だけど少しくらい時間は取れるよ」
「だが……」
「元々さ、落ちものが現れたら、その人物が落ち着くまでは王都に向かわなくていいという規定もある。エリオットもそれは知っているだろう? だから託宣が成されたかは早文を風精霊に頼めば事足りるのだし、今僕らが優先するべきはサツキだと思っていいんだよ」
「しかし……サツキは成人しているのだろう? しかも子を孕むには十分なほど成熟した。それならばすぐに婚姻させた方が……その、いいのではないか?」
僅かに頬を染めながらなおもエリオットは言い募った。
レオの言い分もわかる。エリオット自身は早く王都に向かい、彼女に最高の環境を与えたいとも思うが、彼女が心穏やかになれるのなら、この地に滞在してもいいとも思う。けれど先ほど聞いたばかりのことが頭をよぎってどうにも落ち着かなくなってしまう。エリオットは堅物だった。
レアーレの成人年齢は十六。他の三国もそれは変わらないが、他と違うのは成人二年前から職務につくことが可能なこと、結婚が成人を迎えて二年経ってからということ。まあ、民の中で結婚できる者は、代官の家系の者くらい。農村ではほぼ十年に一度あればいい程度。つまり大半の民は結婚しない。というかできない者になるので、成人年齢と結婚年齢が違うことについて知っている者は多くない。が、エリオットはそれを知っている。なにせ神殿に属する者の基礎知識なのだ。
そんなエリオットは、今年十八になる。つまりもう結婚できる年になったのだが、年回りの合う女性は身近にはいなかった。十も二十も上の女性ならばいるが、それは全て彼の血縁。自分の周りで結婚対象になり得る女性は皐月だけなのだ、と気づいてしまったが故の逡巡。
皐月が好みであるとか、誰かと結婚したいなどと思ったことはない。が、それは身近に女性がいなかっただけのこと。皐月のことは可愛いと思っているが、好みなわけではないエリオットは妙に浮ついてしまう自分が嫌で、早く王都に帰りたかったのだ。もちろん皐月が望むなら、この地に残るのは構わない。が、近くにいられる自信はなかった。
もちろん誓って何かをするつもりはない。望まれたら別かもしれないが。
ただ肉親ではない女性、それも妙齢の女性にどんな対応をすればいいのかわからないだけ。つい少し前まで年下だと思っていた皐月が、まさか自分より年上だとは思っていなかったのだ。困っているのだ、と顔中に出してしまう。
「ばーか。そりゃ年だけだろうが。あいつが本当に二十三だとしても、顔も体も頭の中身もお前以下だろう。そんなんに何を気にする必要があるってんだ」
「はい、アルバロは黙ろうか。うん。あんまりそういうこと言ってると食事抜きにするよ? いいの?」
「うぐっ……黙る」
「はい、いい子だね。じゃあ、悪いけどアルバロとジェットはサツキについていてくれるかい? この辺りは神域で危険はないはずだけれど間違えて森に入ってしまわないとは限らないからね」
「わかった。では行くぞ、アルバロ」
「わあったよ。だあ! 引っ張るな! そんなんしねえでも歩くっての!」
「あ、アルバロ。後でジェットから報告させるけど、サツキにおかしなことを言っていたら、サツキからの食事はもらえないようにするからそのつもりでね」
じゃあね、と足早に皐月の元へ向かおうとするジェットと、そんな彼に襟首を持たれ、後ろ向きなまま引かれるアルバロを見送る。とりあえず、精霊の加護を得る儀式まではまだ時間がある。その間に少しでもこと異性関連では純朴で、純粋な少年を言いくるめなくては。
内心でため息を吐きながら、常にエリオットに付き従っているフォルナートへと視線を向ける。君の教育はちょっと失敗してたんじゃないの、と思わず睨むようにしてしまうレオは多分悪くない。
神殿近衛は腐っても神殿に属するもの。つまりその身分は神官の括りに当てはまる。まずもって神官が結婚するには還俗しなくてはいけない。しかも許可を得るまでには面倒な手続きも多く、時間もかかる七面倒臭いものが。その上必ず王の印章が必要になる。滅多にないことだからこそ、このような手順が必要なのだ。
それらを踏まえずとも、エリオットにはその許しが出るわけもないことをフォルナートが知らぬわけはない。それなのにどうして彼をこんな思考回路に育てたのだ、と思ってしまう。まさか年の近い女性を即座に結婚相手に捉えられるような柔軟さがエリオットにあるとは思わなかった。
ああ、時間足りるかな。チラリと空を仰いで、なんと言い出すか。必死に考えを巡らせるレオだった。
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幾つもの石を使っているけれど、どれも全てが同じ色合いなのはどうしてなのか。流石にこの大きさの建物を一つの石で作るのは無理だろうし、どうやって集めたのだろうか。なんて取り留めもなく考えながら、皐月は相も変わらず神殿を見上げていた。
しばらく歩き回って、一番お気に入りになりそうな眺めの場所を見つけたのだ。
背後に森を、右手には雄大な山並み。左手からは陽の光を受けて、その壁面の白がいっそう眩しく見えるベストポジション。本当に、今この手にカメラがないことが惜しい。
ただの建物のはずなのに、どうしてこんなにも心惹かれるのだろうか。どしてこんなにも懐かしいと思ってしまうのか。理由はわからないけれど、それでも綺麗で素晴らしいと思う建物なのだから、自分がそう思っても仕方ないはず。そんなことを言い訳て、やっぱり視線は離れない。
「サツキ、楽しいか?」
「はい、楽しいですって、え? あ、ジェットさんとアルバロ」
不意にかけられた声に即答する。が、それが誰からのものかわからなかった。振り返れば、すぐそばでジョルジェットが佇むんでいる。ちなみにそんな彼に首根っこを掴まれたままの不満げなアルバロもいる。
どうしてそんな風にして掴まれているのだろう。こてりと首を傾げてしまう。
「どうかしたのか?」
「あー…はい。その、どうしてアルバロはジェットさんに捕まえられてるんですか? なにか悪いことでもしたんですか?」
「いや、ただ連れてくるのに掴んできた方が楽だったからだ」
ごく淡々と告げるジョルジェット。彼が自分より一つだけ年上とは思えない。自分が子供っぽいのか、それとも彼が老成しているのか。考えるとあまりいい答えは浮かびそうもないそれは脇に置き、今にも唇を尖らせそうなアルバロへと問いかける。
「アルバロ、甘いもの好き?」
欠食児童の機嫌を直すのは、食べ物のみ。それを短い間ながらも学習した皐月は、トートバッグの中にあった『三時のおやつ』のクッキーを取り出した。
仕事の息抜きに食べようと入れてはいたが、休憩時間が取れずに残っていたもの。ジョルジェットが持っていてくれた袋の中にはもっと他のお菓子もあるが、今はこれだけで十分だろう。
手にした箱をアルバロに見えるようにひらひらと揺らせば、彼の目線は面白いくらいにそれを追っている。それなのに
「は? なにいってんだ、お前」
返る返事はそっけない。だがやっぱり目線は固定されている。ジョルジェットもそれに気づいているのか、苦笑のような小さな笑みを口元に浮かべている。
あまり表情の動かない彼の笑い顔は貴重なものの気がした。もっとも見れたとしても今のような苦笑だけ。いつか満面の笑顔を見れるのだろうか。いや、でも満面の笑顔を浮かべたジョルジェットは多分生物兵器になれるから、見れなくてもいいかもしれない。
そっとジョルジェットから視線を外し、不満げな顔を作ったアルバロへと笑う。やっぱりアルバロはわかり易くていい。とちょっとばかりひどいことを思いながら。
「や、今っておやつ時だし、ちょっと小腹も空いてきたし……お菓子もあるから食べようかなって。アルバロが甘いもの好きなら、おすそ分けしようと思ったの。いる?」
「────いる」
「はーい。いくつ食べられる? とりあえず一つ食べて気に入ったらもっと食べる?」
「フン、うまいかどうかわからもんなんか一つで十分だ!」
大体どうしてもってお前が言うから食べるんだからな、俺は別に特別食べたいわけじゃないんだからな。とでも言いたげな顔をして、でもその実目を輝かせながら手を伸ばすアルバロの様子に笑いが込み上げる。本当にアルバロはわかり易く、そして操作しやすい。
お気に入りのアーモンドガレット。それも一箱にたった五つしか入っていないのに、お値段据え置き五百円。スーパーにあるお菓子としてはちょっと高いけれど、疲れた時に食べるのが至福の品なのだ。きっとアルバロも気に入るはず。手のひらいっぱいの大きさのそれを一つ、アルバロに手渡しながらそっとジョルジェットを窺う。
「ジェットさんは甘いものお好きですか? 良ければこれ、一緒に食べませんか?」
「いや、俺はいい。二人で食べるといい」
「じゃあ、ジェットさんにはこれをあげます。これは甘くないやつで、口の中がスッキリするミントタブレットです。これならどうですか?」
やっぱり男前な大人の男は甘いものはそんなに得意じゃないのだな。アルバロを横目で見ながら、これまたバッグの中にあったそれを取り出す。パソコンでの打ち込み作業の友である、眠気スッキリスーパークールなミントタブレット。そこまでたくさん食べられないくらい、皐月には辛く感じてしまう品だったりする。
食べかけだが、まだ開けたばかり。ほとんど中身は減っていないのだからきっと平気。へらりと笑いながら、平たく薄いプラケースを進呈する。誤魔化しの笑顔ではない。一応。
「よかったらもらってください。甘くないどころか、辛いくらいのミントなんで眠気は覚めますよー」
「そうか。ではありがたくもらうとする。お前はいい子だな」
「ふえっ! あ、頭を撫でないでください! 一個しか違わないじゃないですか!」
「だが可愛いものはこうして撫でるものなのだろう? レオがよく言っていたし、フォルナートがよくエリオットを撫でていたぞ? 違うのか?」
主張しても頭から大きなジョルジェットの手は離れず、その上かなり恥ずかしい問いをされた。多分自分は子供と同じ扱いをされている。ちょっと癪に触ったが、オリエンタルなキラキラ美形に恋愛対象として思われるよりはずっといいはず。混乱のためか、乙女失格なことを思って心を鎮めるようと皐月は努めた。
が、それは上手くいかなかった。なにせジョルジェットは皐月の頭から手を離そうとはしない上、ちょっと笑っているのだ。
アルバロに向けて苦笑していた時よりも、ずっと目元が柔らかく、触れている手も温かく優しい。なんだろうこの羞恥プレイは。どうしよう。可愛い子の年齢制限を教えた方がいいのだろうか。でもそうすると自分が子供と認めることになる。ああもうどうしよう。
混乱の極みだった。
「おいサツキ、おかわり寄越せ」
「……はい、どうぞ。ていうか私も食べる。ちょっとそこ詰めて、アルバロ」
芝生の植わった、日当たりのいい場所。そこに座り込み、一つ目を食べ切ったアルバロからの催促はある意味救いだった。とりあえず彼の隣に逃げるように向かう。うん、ジョルジェットの勘違いは、彼のお嫁さんになる人が直せばいいのだ。そう放棄しながら。
渡した二つ目も、それはもう美味しそうに食べるアルバロは、とても子供のようだ。こんな相手を可愛いと言って頭を撫でるのはありだと思う。例え彼がジョルジェットよりも年上、しかも自分から五つも上だとしても。
アルバロって悩みなさそう。羨ましい、と内心で呟く皐月も、そこまで悩むような質ではない。どっちもどっちだ。
「それにしても待ち時間って結構あるんですね。もっと早く、すぐにするのかと思ってました」
「ああ、そりゃ仕方ねえよ。本来は決まった日にしかやんねえんだから」
「決まった日? え、じゃあもしかして無理矢理ねじ込んだんですか?」
「いや、違う。道すがら風精霊に早文を送らせたから、連絡はしてあった」
「そ、ただ準備に手間取ってるだけだろ。ここの連中が手際がわりいってこと」
なんの問題もない、とばかりに言い切るアルバロに呆れながら、皐月はジョルジェットと、少し遠くに立つレオ、フォルナート、エリオットを見た。
自分とアルバロはあんなに死にそうになりながら歩いていたのに、そんな連絡を入れられるくらい彼らには余裕があるのか。あーそれっていい男の条件だよねーっと遠い目をしてみる。そんな条件をつけなくとも、彼らは顔だけでいい男の条件を満たしているだろうけれど、とも思う。
同時に自分の至らないところが頭の中に目白押しで、つい膝を抱えてしまう。拗ねるとか子供か、と思いもするが、子供と思ってもらった方がなにかと良さそうな気もする。フォルナートが夕べ言った言葉が巡り、ついため息が漏れてしまう。
「なんだ、お前。その菓子いらねーんなら俺がもらってやるから寄越せ?」
「うっさいアルバロ。も一個ならあげてもいいけど、全部はあげない! ていうか本当にアルバロは二十八なの? レオより上で、フォルナートと同じ年なの? 全然見えないんだけど!」
「っぐ! おま! 言っていいことと悪いことがあるだろーが! そんなこともわかんねえのか!」
「アルバロに言われたくない! もーなんなのこのツヤツヤプルプルのほっぺ! 髪はパッサパサなのに、どうしてこんなに肌が綺麗なのよー! ずるい!」
「はあ? 知るかそんなん! つーかお前はなにがしてえんだよ! っバカ、勝手に触るな!」
「あーしかももちもちツルツル……羨ましすぎる。ねえ、アルバロはお肌のお手入れになに使ってるの?」
むにっとアルバロの頬を引っ張りながら、取り留めもなく聞いてみる。ちなみにここまでの会話はあまり意味がない。別にお気に入りのお菓子を全部取られそうだったからではない。断じてない。
そう、ちょっと青白くはあるけれど、憧れるくらい綺麗な肌をした二十八歳男子のお手入れ事情を聞いてみたくなっただけだ。多分答えはなにもしてないと返ってくるだろうとはわかっていたけれど。
「だーもう! 離せ馬鹿! 神殿支給の石鹸しか使ったこたあねえんだから、お前の肌もそのうちこうなんじゃあねえのかよ!」
「は? なんで?」
「なんでって……。お前わかってねえの? ここで精霊の加護を上手いこと受けられたら城に上がらなくてよくなるんだぜ?」
皐月の手を払いのけ、ちょっと距離を取るアルバロがペロッと言った。皐月が聞いたこともないことを。
正直ここにくるまでも、なんの目的で向かっているのかすら教わらなかった。訳もわからず歩いた。辿り着いてようやく精霊を得られるかもしれないから、『加護の儀式』をするとは言われたがそれが自分の身を左右するものになるとは教わっていない。
詳しい情報の開示を、とばかりに開いた距離を詰める。
「な、なにそれ……聞いてないんだけど」
「アルバロ。伝えてないことを教えるな。サツキが加護を得られるか決まったわけじゃないんだぞ」
「あー…わり。そーだったな。ま、そいうことだ。期待せずに気楽に儀式を受けとけ?」
ジョルジェットの咎める声に肩を竦める、アルバロは軽く流す。が、流されたら困る皐月は、彼の首に巻いてある、淡い緑のスカーフを無意識に引いた。ほんの少し、アルバロの顔が近づいて、その真剣な瞳が黒に見えるほど濃い藍色なのだと気づく。眼鏡越しでもその強すぎるほどきつい眼差しは緩まない。
怯みそうになるほど真剣な様子に、こくりと喉を鳴らして皐月は問うた。
「……もしさ、加護を受けられたらどうなる? 受けられなかったらどうなる?」
「お前覚えてねえの? 夕べフォルナートが言ってただろ、即結婚、即懐妊。十月待って出産したら即離婚。んでまた即結婚、即懐妊。下手したら手続きが面倒だからって結婚しねえで産むことになるかも知んねえなけど、お前が産めなくなるまでそーなんじゃね? ここ何百年も落ちものなんか来てねえし、実際そうなるかはわかんねえけど、古文書には似たようなことが何度もあったぜ?」
「アルバロ」
あっけらかんと告げるアルバロを諌めるように、その首元をジョルジェットが引く。けれどアルバロは、痛いほど真剣な目で彼を見て、そして言い切った。
「わーってるって。でも知らねえ方が困るだろ、こいつが。こいつは成人してた。結婚までの猶予もいらねえ。むしろ子を孕むには普通より遅せえくらいだ。これからすぐある儀式が失敗したならそうなるって思っときゃ、根性で精霊の加護くらい勝ち取れんじゃねえの? こいつならやりそうだろ?」
まだ丸一日も一緒にいないが、妙に理解されているような気がする。ていうかどうしてそんなにも自信満々なのだ。問いかけたくなるが、それでもそれ以上に嬉しくて、上手く言葉が出てこない。
皐月は自分ならきっとと言われたことも嬉しかったけれど、それよりも知らないままでいない方がいいと判断して、情報を与えてくれたことが嬉しかった。が、素直にそれを認めるのもやっぱり癪。
「……それさ、褒めてないよねアルバロ」
「あ? 褒めてるじゃねえか。お前は雑草のように強い根性をしているってよ」
「褒めてねえよ! あーもう! 考え込む方が馬鹿みたいじゃん! アルバロの馬鹿!」
「って! なに投げてんだよ! って割れたじゃねえか!」
とりあえず苦し紛れに最後の一つのガレットを投げつけておいた。もちろん仕返しであって、お礼ではない。頬を膨らませ、そっぽを向く皐月の頬は少しばかり赤くなっていた。