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第三話

 夜が明けたら出発するから、もう眠るといい。そうレオが言って、彼は皐月にベッドを譲ってくれた。それも彼らの分しかない内の一つを。

 荒く削っただけの木のベッドには、織り目の荒いあまり肌触りの良くないシーツに、固いマットがついていた。その手触りにも、固さにも眠れる気はしなかったけれど彼の言葉に甘えるようにして皐月も横にはなった。思うことは多々あれど、皐月は人の好意を無下にはできない性分なのだ。


 灯っていたロウソクが幾つか消され、いっそう薄暗くなった室内。時折揺らめく炎に、壁に映る彼らの影も揺れていたことは覚えている。誰一人ベッドに入ろうとしていなかったことも。

 そんな彼らのことを意識していたのはほんの僅かのこと。きっと眠れない、と思っていた皐月は気づけば眠りついていた。どうやら自分で思うよりもずっと疲れていたようだ。夢も見ないほど深く深く眠りついた。できるなら、目覚めた時は自分の家だといい──そう願いながら。



 規則正しく聞こえる寝息が立ち始め、しばらく経った頃。レオはベットの上で丸まって眠る皐月を見て小さく吐息を吐いた。


「ああ、眠ったみたいだね」


 子供のような寝顔はあどけなく、シーツを握り締める小さな手が妙に彼の胸を騒がせた。こんな幼い子供に酷なことを強いるのは本当に正しいことなのだろうか。そんな迷いが生まれる。

 そんなレオの様子に気づいていないのか、同じように皐月を見つめたままのエリオットが呟く。


「……本当にこの娘が『落ちもの』なのか? こんな年端もいかぬ娘では王の願いを簡単に叶えてしまいそうだ」

「確かにね……。王は『落ちもの』を害してしまいたいんだから、こんなに小さな子じゃすぐにできてしまいそうだよね……」


 王命の真実はそれだけではなかったが、レオはあえてそれを口にしなかった。知ったところで何もできないのであれば、自分以外の誰もが知っている必要はない。彼らの負担にしかならないことを広めようとは思えなかった。


「だが王のいう通りにさせるつもりはねえんだろ? レオも、お前らも」

「ないよ。ないけど、難しいんだ」

「そうだな。元来の『落ちもの』は精霊の力も、神力も幻獣の扱えない方が圧倒的多数だ。こいつだけが使えるとは限らない」


 そう多くはない数の落ちもの。その多数が何の力も得られなかったことは史実だ。それを彼らは知っている。そんな存在の末路も。もっとも紙に書かれたことのみで、己の目で見たことなどなかったが。

 だがその全てが酷く陰惨な内容で、過去の者が成したことだとしても眉を顰めざるえないものだった。孕ませ、産ませ、孕ませ、と落ちものの心が壊れることなど意にも解さず。国の歴史の暗部だと言ってもいい所業だ。

 ただこの世にいる他のものと違い、精霊からも幻獣からも加護を得られないだけ。たったそれだけの差異で人として見ないなど、許されるはずはない。そう思ってしまうのは、今が過去よりもずっと平和になっているからなのか。幾度考えども正解など浮かばないそれを思い、レオがふと目を伏せれば届く言葉。


「そうですね。彼女が使えるとは限りません。過去の例のように彼女が精霊が使えなければ史実通りに子を孕み続けるしか生きる術はないでしょう。幸い勘違いもしてくれているようですし、ある意味では好都合ですね」

「フォルナート、お前はどうしてこの娘に冷たく当たるんだ? この娘は被害者のようなものだろう? ましてや女神の落ちものだ。敬って然るべき存在だろう?」

「今の時風でならばそう、ですね。被害者かもしれませんが、彼女は私たちとは違い女性です。被害者だとしても、あの王に十分に丁寧な扱いをして貰えることでしょうね。尊厳があるか、はわかりませんが」


 時代によって落ちものへの待遇が変わること。それもまたあることで、時の王の思うままになる。つまりは彼女の待遇は最悪の一歩手前であるだろうことは難くない。それをさも楽しげに口にするフォルナートは、元々落ちものに対しいい感情を持っていない。むしろ嫌悪していると言っていいだろう。

 それは彼の生まれ故だと知っているからこそ、ため息を禁じ得ない。レオはこの一団を指揮する長として、諌めないわけにはいかないのだ。管理職の辛さを今ほど体感したことはない、と思ってしまうレオだ。


「……トゲがすごいよ、フォルナート。はあ……君が何を思っていようと構わない。だけどね、どちらにせよサツキを守る役目は僕らに回ってくるんだとはわかっているだろう? 今夜以降はそのトゲは隠すように。せめて彼女の前ではね」

「嫌ですね、隠しますよ。隠し事は得意中の得意ですから、言われるまでもないですよ? ですが彼女は私の言葉自体に傷ついた様子はなかったようではないですか。泣き喚くこともしませんでしたし……案外と図太いのではないですかね」


 粗末なベッドでくうくうと眠る皐月を見て、呆れたように言う。それは確かにレオも思うが、憔悴していなかったと言えば嘘になる。彼女の視線がいつも一つ所に留まらず彷徨っていたことには気づいてたのだ。

 怯えていない人間が多数の、それも異性にばかり囲まれていて困惑しないわけもない。彼女は泣いても状況が好転しないことを悟れる程度に賢く、そして大人なのだろう。そうレオは思ったが、どうやら彼らの意見は違うようだった。


「違うだろう。彼女は幼すぎて、自分の置かれた状況を完全に把握し切れていないんだ。……まだ年端もいかぬ子供だろうし、酷なことにならねばいいが」

「ま、口は回るようだがちっけえし、幼い顔してるし子供だろうな。やだねえ、こんな奴が子供を産むことに何のかよ……」

「そうですか? 私にはそうは見えませんが」

「フォルナート? 君もそう思うのかい?」

「ええ、あなたもですか。私が察するに、彼女は成人していると思いますよ? まあ色事には長けていないようですが」

「成人って、こいつが十六を越えてる? こんなプニプニの脳の足りなそうなヤツが?」

「アルバロの周りにいる成人はみんな君よりも背も高ければ体つきもいいからね。そう思うのは仕方ないかもしれないけれど、女性の成人だったら彼女くらいでもおかしくはないよ。少しばかり小柄ではあるけれどね」


 久方振りに相対した妙齢の女性。その年が幾つであるか、それはさして重要な話題ではないが、それでも今はそんなことで誤魔化していたかった。

 彼女が今後精霊の加護を得られなかったのならどうなるか。それを考えたくないからの逃げであると理解していたが、今夜くらいはそれを忘れていたかった。


「ま、こいつの年はいいとして……明日はどうするんだ? 王都に真っすぐ戻るか?」

「いや、ここから一番近い神殿に……旧神殿ラウエンティスに行くよ。あそこで彼女に精霊の加護が得られるかを試す。少しでも彼女の手札を増やしてあげたいしね」

「そう、だな。確率は低いができないことではないはずなのだからそれがいいだろう。レオ、幻獣についてはどうするんだ?」

「そうだね……。アレはすぐでなくともいいと思うよ。精霊の加護を得られたならそれだけでも充分彼女の力になれるだろうし」

「では明日は今日来た道を戻って神殿へ向かうということでよろしいですね?」

「ああ。皆もそれで構わないのなら今日はこれで休むことにしよう。二刻毎に夜番を交代する、最初は僕で次はフォルナート、エリオット、ジョルジェットの順だ。ああ、アルバロは明日のために寝ていてくれ」

「りょーかい。どうせおりゃ体力がねえからな……」

「拗ねないでくれるかい、明日は女性を連れて歩くことになるからね。君が回復していてくれないと困るんだよ。そういうわけだから、皆も早く寝てくれるかい?」


 急かすようにそう言えば、皆レオの指示通りに行動し出す。

 空いているベッドは丁度四つ。皆それぞれに使えるはずなのだが、アルバロ以外は皆床に座して眠りついた。どうやら皐月が眠るベッドの隣で眠るには抵抗があったらしい。さっさと彼女から一番遠いベッドを取ったアルバロは要領がいいのか。いつでも自由気ままなアルバロの行動は困ることもあるが、助かる時もある。今回はどっちなのだろうかと苦笑するレオは、窓辺に置いた椅子に腰掛けた。

 アフェット(三つ目)に続きトリッネル(二つ目の月)も中天を少し過ぎ、プレッツァ(一つ目)が沈みかけるまでの暫くは一人の時間となる。のだが静かになったことで様々なことが脳裏に浮かぶ。

 ほの明るい月の光を映す湖を見つめ、これから自分は、そして国はどうなっていくのだろうか。彼女はこの国に残ってくれるのだろうか。彼女が現れたことで、王は、王家はどう変わっていくのだろうか。

 長い夜の慰めにもならないそんな思考がただレオの頭を占めた。



***********


 鳥の声と何かが動く音がして、皐月は今が朝なのだろうとぼんやり思った。が、どうにも疲れの取れていない体はまだ目覚めようとはしてくれない。週末までの仕事はかなりハードなもので、正直寝ていられるなら次の夜まででもできる気がした。が、一週分の洗濯物が溜まっていることも覚えている。アレを片付けなければ次の週の半ばには色々と足りなくなってしまう。仕方ない起きるか、とまだくっついていたがる瞼を上げる。映った景色に上げかけた悲鳴を飲み込めたのは奇跡のような気がした皐月だ。


 素朴な丸太組の壁。飾り気も何もない丸い机に背もたれもない丸椅子。幾つも並んだベッドとその隙間に立ち並ぶキラキラしい美形の方々。そうだここは自分の部屋じゃなかったのだ、と思い出してこくりと喉を鳴らしてしまう。ちなみに全てベッドの中で薄い上掛けを被ったままである。

 ああ、このまま気絶してなかったことにしたいかも。もう一度目を閉じるか真剣に悩みかけたその時、皐月の目の前に影がかかった。


「やあ、目が覚めたかい?」

「お、おはようございます……」


 朝からこんなキラキラしたものを目にしたら目が潰れるんじゃないだろうか。眼福なんだけど近すぎる、と皐月の内心は乱れていた。


「早くねえよ。お前が一番最後だっての。ったく早く起きて飯食っちまえよ」

「アルバロ」

「まあまあレオ、仕方ないですよ。大食漢のアルバロです、食事が足りなかったのでしょう」

「ああ……。いいよ、アルバロ。僕の分を食べて」


 テーブルの上には皐月のそう大きくない拳くらいの、なんだか黒くて丸い固そうなものと、夕べも見た素朴なカップが幾つかあった。あれが彼の言う食事なのだろう。黒くて丸いものは人数分には足りないし、あれ一つだけしか食べられないのなら、普通の人でも不足に思うだろう気がした。起き上がりながらぼんやりとそう思うの皐月は、自分がかなり空腹なことを思い出した。

 それもそのはず。夕べは何も、ミルクティーらしい飲み物一杯のみしか口にしていない。空いて当然だろう。

 どうしよう。自分もあれを食べなくちゃいけないのだろうか。ていいうかまずそうなんだけど、とちょっとばかり失礼なことを思ってしまうのは、飽食な時代の国で、それなりに美味しいものを食べることを趣味としていたが故なのかもしれない。まあ、普段はもっぱらレトルトになっていたけれど。

 と、一拍ほどでそこまでを思い浮かべた皐月は大事なこともついでに思い出した。


「あの、私の荷物ってありますよね? あれにその……ご飯が入っているので、皆さんも一緒に食べませんか?」


 そう。毎週末、皐月は帰宅時に必ず大量の買い物をしていた。理由は簡単。会社近くにある、大手チェーンのディスカウントスーパーで買う方が安くつくからだ。

 幸い要冷蔵なものは購入していなかったお陰で袋の中身が傷んでいることもない。

 夕べ皐月が買ったのは、少しのお菓子と飲み物。足りなくなった調味料と、後の大半はレトルトかインスタント食品。月に一度の大量購入日にここに落ちたことはきっと多分よかったのだろう、と自分を慰めてみる。ついでにいつもはこんなにインスタントなんて買わないんですよ、と誰にともなく言い訳もしてみる。もっとも誰もインスタントの意味もわからないのだが。


「でも食事ならここに用意があるよ? 君には物足りないかもしれないけれどね」


 そんな皐月の内心など知らないレオが、苦笑しながらテーブルの上の謎の黒い塊を示す。

 もう一度それを見たけれど、やっぱり皐月にはそれが食べ物には見えない。パンなのだとしたら、どうしてあんなにプラスチックのように固そうで、光っているのか。疑惑の目しか向けられない。


「や、でも……足りませんよね? 現にレオさんがアルバロにあげるって言ってるくらいですし……。ちょうどたくさん買ってきてあったので、皆さんの一食二食くらい賄えますから気にしないでください」


 一食二食どころか多分一週間は賄えますよ。とは言わずに笑ってみる。

 夕べは驚いた上に、今だってここが知らない世界なのだとまだ信じたくはない皐月だが、一宿一飯の恩義を感じる感性くらいある。これでそれが賄えるなら安いもの。もっとも与えられた一宿は粗末なベッドで、一飯もミルクティー一杯だけだったが、そこはそれだ。それに自分一人だけ違う食事をする勇気はない。食が絡むと人間関係はそう円滑に回らないのだ。と独自の理論まで浮かぶのは、多分皐月が食い意地が張っている方だからなのだろう。少しでも口に合う食事がしたいのです、とはやっぱり言えなかったが。


「でもそれは君の──」

「いいではないですか」


 明らかに困惑して皐月の申し出を断ろうとしているレオ。そんな彼を止めた人物は、フォルナートだった。夕べは胡散臭い笑顔を浮かべて、優しい声音ながら歯に衣着せぬ言葉遣いをしてきた彼が自分の肩を持つとは思わなかった。意外に優しかったのだろうか。なんてことを考えていれば、やっぱり胡散臭い笑顔のままの彼が口を開いた。


「折角の好意なのですからそこまで固辞するのも失礼ですよ、レオ。ここは彼女の好意に甘えましょう。彼女がここに現れることは計算外でしたから、完全に足りません。彼女がくださるのでしたらそれで賄うのが道理でしょう」

「そう、だな。実際食料はギリギリしかない。ここで分けられた分は落ち着いたら返せばいいのではないか? もちろん同じものは無理だろうが、等価になるような何かを」

「ああ、そうですね。それはいい案です、流石はエリオットです」


 あ、別に肩を持ったわけじゃないのだな。とすぐにわかったのは、フォルナートが自分に向ける笑顔とエリオットに向けるそれが違うことに気づいたから。笑顔にそんなに種類があるのだなあ、なんてぼんやり思いながらも食料が詰まったあの袋を探してみる。

 夕べどこに置いたか全く覚えていないのは、どうしてなのか。皐月が視線を巡らしていれば目の前に差し出される印象的な黄色の袋。


「これを探しているのか?」

「あ、ありがとうございます。えと、ジェットさん」

「ジェットでいい。それで、これのどれが食料なんだ?」

「あ、全部です。これとあともう一つ袋ありましたよね? あれもほとんど全部ご飯です。水分もちょっとだけありますけど」


 スーパーの一番大きな袋二つ分の買い物。玄関を開けたその時に手を離していなかったからか、どちらもこの部屋の中にあった。ガサゴソと中身を漁り、今この場で食べやすいものを幾つか出していく。

 お湯さえあれば食べられるカップ麺。パスタ系が五つで、ラーメンも同数。レトルトのお粥にレンジでチンするだけで食べられる炊き込みご飯が五食分。箱入りの粉末スープに徳用ロールパンが二つずつ。他にも色々あるけれど、朝食として食べるなら──と考えながら見上げる美形集団。

 パンにスープをと言いたいところだが、正直それだけで足りるとは思えない。洋風な彼らなら、パスタ系のカップ麺。ついでにツマミ用の魚肉ソーセージあたりを出せばいいだろうか。


「えと、お湯ってすぐ沸かせます? お湯があるならこのスープにパン、それからこのパスタとかがいいんじゃないかと」

「これスープなのかい? 確かにそれらしい絵はあるけれど……それにこれは……」


 何故だか粉末スープの箱を凝視するレオ。なにがそんなに気になるのか、皐月が問いかけようとすればひょいっと手にしたカップパスタが取り上げられる。


「うまいのか、これ」

「私は好きですけど、お口に合うかまでは責任とれません。それでもよければどうぞ」

「じゃあ、もらう。お前らもいらねえんなら俺が食うから遠慮するなよ!」


 や、それ元は私のですけど。とは言えない。自分で提供したのだし、食べてもらえるのならそれでいいはずなのだから。妙にキラキラした目でパスタの写真に魅入るアルバロ。彼が欠食児童に見えるのは、その目もそうだけれど、自分と目線が近いせいかもしれない。平均身長を少しばかり下回る自分とアルバロとを見比べてそんなことを思う皐月だ。


 皐月が出した品全部を抱え、いそいそと外に出て行くアルバロと、そんな彼をゆっくりとした足取りで追うジョルジェット。慣れたその様子に、アルバロはよく誰かに面倒を見られる存在なのだと知る。同時に意外と扱い易いのかもしれない、とも。


「サツキ、外に湖があるからそこで顔を洗うといいよ。お湯はその間にアルバロが用意するし……残りの荷物はフォルナートが持って行くから行っておいで」

「ここで食べないんですか? テーブルもあるのに……」

「ああ、食べたらすぐに出る予定だからね。それに湯を用意するのも湖のそばの方が楽なんだ」

「そう、なんですか。……でも荷物は自分で持ちます」

「構いませんよ。これくらい軽いですからね。ああ、でしたらこのタオルをお持ちください、顔洗うんでしょう? 女性なのですから、早く身だしなみを整えた方がよろしいのでは?」

「……ありがとうございます、それじゃあこれお借りしますね」


 笑顔で言ってくるのはいいのだか、言い方ってものがあると思う。でも悔しいから意地でも笑い返してやるのだ、と皐月は職場で培った愛想笑いを繰り出した。本人的には引きつってしまっているような気はしていたが、それも仕方ない。フォルナートの物言いがいちいちトゲがありすぎるのがいけないのだ。

 責任転嫁しながらタオルを受け取り、さっと踵を返す。とりあえず彼にはあまり近寄らないようにしておこう。そう決める皐月だった。



 思いの外大人な対応を返すのだな、とそんな彼女を見送るフォルナートは小さく笑った。自分の胸ほどまでしかない背丈で、なだらかな頬をした少女。その体は随分ふくよかそうに見えたが、手足は細く華奢だった。きっと成人はしているだろうが、それでもまだ甘い子供だ。そんな子供に大人気なかったか、とは思うが反省はしない。


「フォルナート、もう少し抑えろと言ったろう」


 重いとは言えないが、それなりに嵩張る二つの袋を手にすれば、彼女が夕べ探していた鞄を差し出すレオがいる。眉間に皺が寄っているのは自分の言葉が不満だったからか、とどこか他人事に考える。


「ありがとうございます。彼女の荷物はこれで全てでしたか?」

「そうだよ。って、そうじゃなくてもっと優しい言葉にしろと言ってるんだよ」

「嫌ですねえ、随分抑えましたよ? それに彼女はやはり堪えていないではないですか。そこまで神経質にならずとも平気でしょう。今から慣れておかねば城に上がれません。予行練習ですよ」

「サツキは……サツキは女性なのだと忘れてはいけないんだ。女性が強いと言っても彼女は違う界から来たのだから、そこをもっとよく考えろと言っているんだ。わかるだろう、君なら」


 どこか焦りすら滲ませるレオの姿に何かあるのかとは浮かぶが、それが自分の言葉で変わることなのかはわからない。普段であれば彼の意見を聞くのは吝かではないが、彼女のことについてはどうしても従いたくない。それは皐月が女性であるからだ、とフォルナートは思う。それも落ちものの女性。

 フォルナートの中で、女性は確かに慈しむべき存在であるし、実際近しい女性であれば甘い言葉も囁く。優しくもする。が、彼女はこの界の女性ではないのだ。そんな対象に入れたくない。全てフォルナートの独断であると自覚はある。神殿近衛兵として失格だとも。だが己の心に従うことが、彼の性分なのだ。


「そこまでの存在に彼女は本当になるのですか? 他と同じ落ちものなのでしょう?」

「なる、はずなんだ。あの託宣が真実なのだとしたら、だけれどね」

「託宣が真実であるかはこの際関係ありません。彼女が他と違う理由をあなたは知っていると言うことですか? 我々は聞いていませんが……王から隠すようにでも言われたのですか?」

「いや、違う。王も知らないはずだ」


 歯切れ悪く呟き、首を振るレオはそっと窓の外にいる皐月を見た。

 陽光の反射する湖畔にしゃがみ込む小さく丸い背中。チラチラと彼女を窺うジョルジェットの横顔が普段よりも表情が浮かんでいるように見えた。珍しいことだ。

 ただの子供のような少女にそんな価値があるのか。確かに落ちものが絡むと子供は落ちものの性別に偏る。皐月は女性だ。従って彼女が産む子供も女子である確率が高い。それくらいしか価値はないはずだが、とレオを見る。フォルナートは彼の顔に浮かぶ感情に首を傾げた。


「レオ? 王も知らないとは? 通例通りに女子が生まれる確率が高くなるだけではないのですか?」

「詳しくは知らないよ。ただ彼女のことが……一つ目の月と三つ目の月が出た時の落ちものが、この国に、この界にとって特別になる可能性があるとだけ、古書にあったんだ。アルバロが昔見つけた、誰にも見られたことのない古書がね」


 アルバロは、その頭脳もそうだが古文書の解読にかけても国一番だ。彼が読み解いたのならば、それは事実であろう。だが何がどう特別なのか。国に関わることなど今この場ですぐには浮かばない。

 知らず考え込むように無言になる二人へと、あっさりとした声がかかる。


「フォルナートもレオも考えすぎだ。彼女は特別かもしれないが、違うかもしれない。レオが言い渋るのだ、確証はないのだろう? ならば俺たちができることは一つだけだ」

「彼女を守ること、だね。きっと僕らが彼女を守る盾になるよう命じられるだろう。二人ともそれを承知しておいてくれ」


 それだけを言い置いて、レオは小屋を出る。それ以上はもう聞くな、そう背中で告げながら。

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