再会
目を開けると、そこは雪国……じゃなかった。そりゃそうだ。トンネル抜けてないし。
満天の星空だった。
というか宇宙空間だった。
ここが天国か。
思ったより殺風景だ。
閻魔も三途の川も灼熱も楽園もありゃしない。
ここには、ただ「広さ」と星だけがある。
「それと僕らも。だ。忘れるな。」
後ろから大学生くらいの男の声が聞こえる。
どうでも良さげで、斜にかまえていて、嘘をつくことにしか能の無いような男……
「少年君。か。」
「ええ、そうです。僕は「少年」でした。いや、年齢的にはね、青年なんですよ?でも、少年時代から科学者と一緒に育ってきたので……ね?」
彼は、分かるでしょ?という視線を向ける。
その直後に、まぁどうでもいいんだけど。と真顔に戻る。
やっぱり変わっていなかった。
死んでいる時点で変化など期待できないんだけど。
……って!
ええ!!
「君……さ、僕のこと見えるの?」
僕は、訊いた。生前、誰にも――ただ一人を除いて――だれにも認識されなかった僕が。見えるのか?と。
「あー死んだら能力って没収されるみたいですよ。この前「魅了男」にも会いましたけど、ただのチャラ男だったし。」
……!!
こんなに。こんなにも。嬉しいことがあるだなんてっ!!
生きててよかったぁぁぁぁ!!
「いや、死んでるから。」
突っ込まれた。
「あの!あの!!私を忘れないで!!忘れないで下さいよ!!」
ふと下を向くと、少女ちゃんがいた。
「ゴメン忘れてたわ。不死身ちゃんだよね?」
正直に忘れていた……というか、見えていなかったことを告白する。
「ひ、酷いです!!」
憤慨する少女ちゃん。おこなの?
「ごめんごめん。あまりにもちっちゃくって見えなかったんだよ。」
嘘つきはいけないので、正直に謝る。
嘘は泥棒のはじまりですよ。
「……うぅ、身長、気にしてるのに~」
少女の目に涙が溜まり始めた。あらら。
「忍君、をこなの?というか、をこなり。」
少年に愚か者扱いされた。しかも、断定だった。
「……ちっちゃくって可愛いと思うよ。」
精一杯フォローを試みる。
関係ないけど、試みるって心を視られているようで恐ろしいよね。……どうでもよかった。
って、少年が呟いていた。
かわらねぇな、あの子も。
僕も。
「ちっちゃいって言うなぁぁぁぁ!!!」
怒った。
激おこだった。
察するに天国ではヒールとか売っていないようだ。
っていうか、天国って売店あんの?
少年は「ヒールって癒しなの?あ、背の低い女性の、心のオアシスだからヒールって言うのか。……違うだろ。」
とか一人三文芝居を打っていた。いつもか。
「あ、そういえば此処って天国じゃないらしいっすよ。」
正気に戻った少年が、僕に教えてくれた。
「え?そうなの?じゃあここは何?」
「ここは「星の広間」。どうやら、「人間の集合的無意識」を背負った者が辿り着く場所みたいです。」
説明乙。
で、誰から聞いたの?星から?
「いえ、あの馬鹿学者から。」
「え?」
少年が顎でクイッと指し示した場所には。
白衣の、ニヤケ面で、中二病の……科学者が立っていた。
「よぉ忍。久しぶりだな。私はもう天才でも何でもないが……まだ愛してくれるか?」
ぶふぉっ!
吹き出さざるを得なかった。
いやいや、久し振りに出会って、最初の一言が「愛してくれるか?」って。
「どこまでもドストレートですね。」
「まぁな。変化球など邪道だ。王とは正道を突き進むもの!!」
今度はなんのラノベでしょうか……
「っていうか!愛してますかってどういうことなのですか!?お二人はソーユー関係なんですか!?」
不死身が喰いついてきやがった。面倒くさい。
「ふっふっふ。羨ましいか?小娘。私はなぁ、この狗が死ぬときに、熱烈な愛の告白を貰ったんだぞ……」
思い出に浸り始める。
「でも科学者さんも聞きましたよね?少年君の慟哭。私だって最後の最後、最期の最期には、ものすっごく愛して貰ったんですよ!!」
少年はそっぽを向いている。うん、これは恥ずかしい。
「お互いに良いパートナーを見つけたな?」
「そうみたいですね!」
なんだか向こうで意気投合していやがるので、僕は少年と仲良くしよう。
「なぁ少年。」
「なんでしょうか……」
暗い。
「いま僕は恥ずかしくて死にそうなんです。放って置いて下さい。」
いや、もう死んでるから。
「あー、少年君。君の最期はどうだったんだい?」
「……僕か。僕は発狂して、というか八つ当たりしたくなったところで、あの馬鹿学者に打ち抜かれてひしゃげて死にましたよ。あなたは?」
ブツブツと「何だよ強制指向って時代先取りしすぎだろ。ローレンツ力とかチート。つーか刺斬花だって金属で作る必要なかったんじゃねぇの?」とか呟いている。
しかも目が死んでる。可哀想に。
「そ、そうか。僕は烏みたいな少年の操るゾンビに喰われて死んだ。」
割とどうでも良い。って視線を送られた。酷い。
あれ?
科学者ここにいるってことは……死んだの?
「ああ。死んだぞ。」
!!
背後を取られた。あと、思考を読まれた。
もしかして、あの後烏介にやられたのかっ!?
「いや、普通に白滝畑を喉に詰まらせた。」
「って、なにゼリーで窒息死してるんですか!!?」
「丁度口に入れた瞬間に電話が掛かってきたんだ。驚いてしまってな。」
しまってな。じゃねーよ。
俺の犠牲返せよ。
「いやいや、あの後も何人か殺せたぞ?」
「救った命の死因がゼリーってのは納得がいかない。」
「白滝畑だぞ?仕方ないじゃん。ご老人も何人か亡くなってらっしゃるようだし。」
不謹慎だ。あと、胸を張るな。張る胸ないだろうが。
「いってぇ!なにすんだ!」
すねを蹴られた。
死んでも痛覚は残るらしい。新発見。
「なんか失礼な想像してたろ。」
エスパーかよ。
「天才だからな。」
「もう能力とか関係ないじゃん……」
呆れた僕が視線を移すと、不死身と怠惰がいちゃいちゃしていた。けしからん。
「おい!いつまで乳繰りあってんな!」
科学者が怒鳴っている。しかし、顔が心なしか赤いところが可愛い。
「乳繰り合うって……コイツ繰り会うような乳ないよ?」
少年が僕と同じ地雷を踏む。馬鹿だ。
「あー!ソーユー事言っちゃうんだー。でも私まだまだ成長期だしー?大っきくなってボン・キュッ・ボンになっても、知らないよーだ!!」
不死身が怒った。
まぁでも確かに、科学者がスレンダーであるなら、不死身はただのロリ体型だ。
伸びしろという点では不死身の方に分配ぐわっ!!
「いってぇぇ!!」
腹パン喰らった。
「お前、いまものすごく失礼なこと考えてたろ。」
怖い、怖いよ。目が据わってるもん。
痛くて返事できないけど。
「いや、成長期って……お前大体、300歳位だったよな?」
「その間、ずーーーっと成長期なんです!ちょっとずつ、でも確かに、成長してるんです!」
いや、俺たちもう、死んでるから。
「あ。」
このオチ、もう何回目だよ。
「私なんて、私なんて……貧乳で300歳で、存在価値なんて無いんですよー」
いじけてしまった。
この場(星の広間)に「端」は存在しないので、少女は僕らから少し離れたところで体育座りでしゃがみ込む。
「私だってむ、胸は小さいが、それ以外は大っきいぞ!」
科学者が励ましに掛かる。
確かにデカいよ、態度とか。
……睨まれた。あのエスパー機能は能力じゃなかったのかよ。
「私は背もちっちゃいですー!」
余計なお世話、というか逆効果だった。
「気にしたらダメよ。女の武器は胸だけじゃないの。」
どこからともなく、女の声が……これは。
姿を顕したのは烏のような少年と、人を超えた美しさの少女だった。
「僕はシイハと呼ばれている。こいつはチスイだ。」
安直なネーミング……いや、“忍”の僕が言えることではないか。
「久し振り……だね。」
僕は、意を決して話しかける。
「ああ、久し振り。あの時の行動には怒りを覚える。が、一度死んだ仲だ。過去は全て清算しようじゃないか。」
そう言われた。中二の癖に生意気だ、とは思うがごもっともなので異論はない。
「ふざけんな!私は、忍を殺されたんだぞ!」
科学者はお怒りである。やっぱ子供だわ。
「いや、俺はお前に殺されたし、チスイはそこのに殺された。恨み言を言いたいのはコッチの方だ。」
あくまで冷たく、論理的に言い返される。
これにはさすがの科学者も閉口する他なかった。
「あ。君たち4人は知らない者同士だよね。」
不死身と欠陥投影。
支配と吸血姫。
このペアは初対面のはずだ。
「初めまして。僕は……そうだね「カケル」とでも呼んでくれ。生前は、殺し屋をやっていた。」
「欠」陥投影ってか。
「私は、「ふじ子」です!よろしくです!えーっと、不死身だけど死んじゃいました!」
可愛い。
でも、「ふじ子」って……その名前は自虐でしかない気がするんだよなぁ。バストサイズ的に。
「シイハだ。世界征服をそこの白衣に阻止された。」
「チスイでーす。お姫様になろうと思ったんだけどー死んじゃったー」
あっけらかんと言う。
「死んじゃったけど、シイハ君いるから別にオッケーだし」
清々しいまでにラブラブだった。むかつく。
「やめろよ、照れるだろ。」
「シイハさん、無表情ですよ-!彼女さんが可哀想です!!」
300歳の乙女がぶーぶー文句を垂れている。
……あんだけ棒読みで言われたらそれも仕方ないとは思うが。
「シイハ君はクールだからね。」
「うちの忍だってクールだぞ。なんせ、誰にも話しかけて貰えなかった位なんだから!」
科学者ぁ……。
自慢風に傷を抉るんじゃねぇよ……。
少年も苦笑している。
「いぬ?ああ、あの影薄い男か。」
シイハが僕にとどめを刺しやがった。
「もう僕のHPはゼロです……」
引き籠もろう。いつもみたいに。
「今度はこの人がいじけちゃったねー」
「忍さん。正直どうでも良いんですけど、科学者の機嫌が悪いと僕の生命に関わる……あ、僕死んでたわ。やっぱ何でもないです。」
現金な奴だった。
「忍、面をあげろ。下僕がそんな態度じゃ、私の沽券に関わるだろう。」
「忍さーん!大丈夫ですよ!少なくとも、私より背高いんですから!」
この二人は馬鹿だ。
「じゃあ、あなたより背も高くて胸も大きい私って、最強じゃない?」
……前言撤回。というより、訂正。
三人とも馬鹿だった。
「禁忌。」とシイハは呟き。
「胸の大きさとか、本当にどうでも良いんだけど。もしかしたら、僕の徒言よりもどうでも良いかもしれないんだけど。」と少年はうんざりしていた。
あ、こいつロリコンか。
「今の発言、私達を敵に回しましたよ!」
「小娘、調子に乗ってるとぶっ殺すぞ。」
科学者が本気すぎる。
もうなんていうか、不憫だ。
「そしたらシイハくんが守ってくれるのー」
能天気だった。
「まぁまぁ、喧嘩はやめましょう。此処(星の広場)の存在意義を失ってはいけませんよ。」
少年が仲裁に入った。珍しい。
「そうだな。ここは、生前に「人間の集合的無意識」を背負って生きた私達への対価。謂わばボーナスステージ。ここで楽しまねば、いつ楽しむか。」
「そうよ!シイハ君と星空をみながらランデブー!」
「……お前キャラ変わりすぎだろ。」
「「吸血姫」がなくなったら、お姫様っぽい性格じゃなくなったの!」
「そういえば、僕も前ほどネガティブじゃない気が。」
「私は……変わってない!」
「私という一個体は永遠不変だ。証明終了。」
……お前らみんな。変わったようで、変わってねぇよ。
生きていようが死んでいようが、僕は僕だ。
その自意識こそが存在証明にして、「存在定義」なのかもな。
だから、こんなハッピーエンドだって、十分ありだろう。
――“名も無き”シリーズⅢ「再会」 終わり