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“名も無き”シリーズ  作者: 鳥兜附子
存在定義
6/7

破を飛ばして急

 俺はこれから何処へ行かされんだ?

さっき彼女は。

チスイと呼ばれていた、俺が一目惚れした可愛い彼女は、「冷凍しておいて。」っつってた。

つーことはつまり…………。

 その間にも俺は真っ直ぐ、冷蔵庫に向かっている。

足が勝手に動くのだ。

背後では、憎きシイハが喋ってる声が聞こえる。

うぜぇ。

あのクズ、人を殺して、殺して、ころs……。

 走馬燈、と言うのだろうか、子分二人が殺される時の光景が蘇る。

うううぅぅぅぅぅぅううwすううあわあわああああああああああああがががががっががががあうsつfておっcvqえrvbにおqえcんうぃえうっっっっっっっっcwlsdんcjんzjvdswのさkqおうぃぁうぃhどいえwb

吐きそう吐きそうだ。

でも体が許さない。

全く、動かない体。

でも足だけは進む。

なんなんだこれは!

訳が解らない!!

助けて助けてくれ。

何が悪いんだ僕が何をした。

ただ一目会いに来ただけだってのにいい!

 そして到着してしまった。

冷蔵庫前に。

俺は、まったく淀みのない動作で扉を開けた。

一番上段の扉。

開けるとそこからは冷気が漂ってきた。

すべてを拒絶する冷気。

そこに俺は手を掛け、体を持ち上げ、胴体を入れて、足を入れた。

背中に製氷機が当たって痛い。

というか寒い。そして冷たい。寒い。寒い。

寒い。寒い寒い寒い寒い寒い寒い。

凍えちまう。

末端の、手足の血管が縮むようだ痛い。

全身の皮膚がヒリヒリと痛い。

痛い。

寒い。

痛い。

寒い。

そして俺は腕を伸ばして、震えもしない、腕を伸ばして、爪を欠きながら、扉を、閉めた。

 暗い。そして寒い。

寒い寒い。

冷気が溜まる寒い。

痛い寒い痛い寒い痛い寒い痛い寒い痛い寒い痛い寒い痛い寒い痛い寒い痛い寒い痛い寒い痛い寒い痛い寒い痛い寒い痛い寒い痛い寒い痛い寒い痛い寒い痛い寒い痛い寒い痛い寒い痛い寒い痛い寒い痛い寒い痛い寒い痛い寒い痛い寒い痛い寒い痛い寒い痛い寒い痛い寒い痛い寒い痛い寒い痛い寒い痛い寒い痛い寒い痛い寒い痛い寒い痛い寒い痛い寒い痛い寒い。

助けて下さい誰か助けて下さい助けて誰かたすけてだれかたすけてだれかたスケテダレカタスケテダレカタス…………

徐々に薄れ行く意識の中、彼女は微笑んd。。。。。。。


「なぁチスイ。」

僕はQが自ら一階、キッチンにある冷凍庫に入っていくのを見届けてから、姉の部屋に戻って話しかけた。

庫内の人間が自ずから、戸を閉めるのは地味に面白かった。

危ない危ない。

僕はあくまで、健全かつ正常かつ一般的で普通にして月並みで常識的で人並み外れたところのない学生なのだからね。

「なぁに?」

「チスイの能力の上限ってどのくらい?」

「んーとね。

眷属は一度に5人まで。

蝙蝠化は1~500体

でも、あんまり制御できないの。」

「……特訓、しようか。」

「特訓?ヤダー。」

ベッドの上で両手足をばたばたさせるチスイ。可愛い。

「僕の能力も強化しないといけないからねー。」

それに、ある考えがある。

世界を獲ろうとするならば、必殺技が必要だからね。

「だからまずは、朝ご飯食べようか。」

 朝ご飯を作ってみた。

器に盛って、食卓に出す。

キッチンは一階にあるのでチスイを文字通り引きずって、席に着かせた。

「さぁ心置きなく召し上がれ。」

チスイはとてもとても心底嫌そうな顔をしてこう仰った。

「これは?」

決まっているじゃないか。

「白米。」

「馬鹿が!こんなんが朝食になるかあ!」

怒られた。

でも可愛い。

でも性格が論外。

間違えた、人外。

「白米は日本人の心だろ。」

「吸血姫は日本の妖怪じゃありません。」

「郷に入っては郷に従え。」

「ヤダ。」

 仕方がないのでプロの料理人のような手捌きで袋を破り、残像が溢れ出るかのような素早さでお湯を沸かして、袋の中身を俊敏且つ丁寧に取り出し、お湯を降り注ぐ慈愛のような優しさを持ってかけて、簡易式味噌汁をメイクしてやった。

みんなの味方、インスタント。

「これでどうだ。」

「説明がくどい。」

格好つけたい年頃なんです。

「まぁいいわ。食べてあげる。貢ぎ物も貰ったことだし、協力してあげるわ。」

僥倖、僥倖。

では食べながら説明するとしよう。

僕は椅子に座り直し、姿勢を正し、疲れたので猫背になり、両肘をテーブルに付き頭を支えた。

「まずは、人間を集める。」

「どうやって?」

「僕と君の能力でだ。僕は人間を支配できるし、君は蝙蝠化で人間を運べる。

そこで、君は眷属を作り、僕はそれを殺す。

君は血液の摂取で、僕は訓練でそれぞれ強化できるじゃないか。」

「まぁ、そうだね。」

「という訳で早速、今日から開始だ。」

「おー。」

 時刻は午後6時。近所の林にやって来ました。

とりあえず、ターゲットを探そう。うん。

「チスイ、蝙蝠で探して。」

「あいあいさー。」

指先、左手の先を小さな小さな蝙蝠にしてとばすチスイ。

「小さくね?」

翼長2cm位しかないんですけど……。

「仕方ないじゃん。」

頬を膨らませちゃって可愛い。

指先がないのもまた素敵。

40匹程度放出したところでこちらに向き直り。

 「男の子、3歳位の。」

「ソレで行こうか。」


 と、ここで、またもや回想終了。

強制終了。

今の僕は、あの日。1ヶ月前の、あの最初の狩りの日に見たのと同じ景色を見ている。

あの林の中。

 但し、違う点は。

絶体絶命のピンチって事だ。

若しくは、一世一代のチャンス。

いま、僕の目の前には白衣を着た科学者らしき人間が立っている。

 僕は、いや僕達はここで勝たなきゃいけない。

すべての犠牲者に形だけの黙祷を。

僕らの糧に成る為だけに生まれてきた下等種族に、ささやかな追悼を。

「さぁ、そこの異常。私に狩られろ。」

「這いつくばれ。」



 決戦の火ぶたは恐らく、切って落とされた。




 住宅街近くの林の中に僕らは立っている。

科学者は準備を終えたらしいが……。

僕は何の用意もしてないんだが?

つうか、武器ぐらい寄越せ。

 そんな僕の、正確には科学者の、目の前には男の子がいる。

科学者曰く「今回の敵。」らしい。

にしても、ガキだろうこの年齢。

まぁ科学者は精神年齢的にガキなので、容赦はしないだろうが。

とりあえず、過去を振り返ろうと思う。

過程の無い解は零点にされてしまうから。

僕が社長の所から、情報を持ち帰ったところから、どうぞ。


 僕は『神風』から降りて、大学の敷地内にある駐輪場に向かいながら、科学者に尋ねた

「誰かが操作するって、どうやってですか?」

科学者は馬鹿にしたように。

「どうやってもこうやっても無い。」と断言しやがった。

わかるか、んなもん。

「私達は『人間の集合的無意識』が顕現した人外だぞ。そこに欲望があれば、願望があれば、何だって生まれる。そうだろう?」

「確かにそうですね。」

僕だって犠牲者の一人だ。

「私は勝利者だがな!」

高笑いしやがる科学者は、性格的に敗北者なので全力で問題なし。

「今、何か無礼なことを考えたろ。」

睨まれた。

「ま……まぁ、あれです。とりあえず、今回のターゲットはどんな奴ですか?」

必殺・話題チェンジ!

「高2の男らしい。」

高2!?

子供じゃないか……。

「手加減は?」

「無しだ。当然無し。」

ないんだね。

実に科学者らしいよ!

「存在自体が罪だ。毎日3~5人が消えてるんだぞ、この街から。

そいつが殺してるとしか考えられん。」

成る程。

しかし。

「どうしてそんなに沢山の人間を殺すのでしょうか?」

「人が人を殺すのに、理由が必要か?」

「うーん、お金が欲しいとか……憎いとか?」

色々考えられるんじゃないっすか?

「そんなものは全て建前だ。言い訳だ。

人間が何かを殺すとき、そこにはさしたる理由など無い。

なんとなく、気分的に。殺そうと思って殺すだけだ。

そこに許されるべき事などない。」

これが科学者の持論。

即ち、人殺しは死んで然るべし。

あの『少年』もこれに影響されたのかな?

それも僕には関係のないことだけど。

何せ僕は科学者としか関係でき無いのだから。

「で、準備は出来てるんですか?」

「当然だ。何の為にお前を社長の所に向かわせたと思っているんだ。

それに今回は新作の発表と洒落込もうと思っているしな。」

おお、妙なところで抜かりのない科学者だ。

「何感心した表情なんか浮かべてるんだ?

今朝、お前は遣いにやる前にいっただろう。能動式自立防御盾を作った、と。」

あー、そう言えば言ってたっけ……。

「何故忘れられる?阿呆か。」

「そりゃあ、あなたには分かりませんよ……。」

「ま、私は天才だからな。仕方ない。」

 そんな雑談をしている内に研究室に着いたので、資料の入った茶封筒を科学者に渡す。

「ほうほう。。。なかなか面白いな。」

なんかあったのか?

ニヤニヤしているが……嫌な予感しかしない。

「やはり私は天才だ!まるで天までもが私に味方しているようだな!!」

うわー。

若干引いた。

「忍、今日はもう帰って良いぞ。」

は?

「どうしました?」

「いや、どうもしていないが、最後の仕上げを一人でやろうと思ってな。」

ニヤケ顔で言われましても……。

「了解、です。」

勿論、休暇は嬉しいから帰るけどね!

「明日にはきっと良い物が出来上がってるだろうさ!」

なんて奇声をあげる科学者を尻目に、チャリで僕は帰りましたとさ。

 家に帰ったら、家庭用ゲーム機と、厚さ0の世界に住む可愛い可愛い女の子達が僕を慰めてくれるからね。なんて思いつつペダルを踏む。

……ああ、無情。


 さてと、忍も帰ったことだし、最後の詰めを行おうか……。

今回の目玉商品はもう完成段階に入っている。

あとは名前をもっと格好良くできないか検討するだけだ。

明日、忍に罠を張って貰えば準備万端。

明後日には狩猟できるだろう。

私はまた一人、この世から悪を屠り去るのだ。

マジカッケェ。私。


 ピコピコピコ~ン。

ピロピロピロ~ン。

テレデレッテンテ~ン。テレデレデ~ン。

「……暇だ。」

 なんだろう。

この余りにも暇過ぎて、鉄色をした、もよもよしてふにょふにょした可愛い塊を次々と屠り去っていく時の無常感。

どうしてこんな溶けた金属みたいな奴を剣で殺せるんだ?

それに、絶対たいした経験してないだろ。

テレデレッテンテ~ン。

またレベルが上がった。

 しかし、何故僕のは主人公だけレベル83で、残りのメンバーが40代なんだ?

わからん。

決戦は明日以降になるし、ラスボスにでも向かうかな?

戦は準備。

薬草を補充しに行こう。


「ふんふふんふふっふーん。」

私は上機嫌である。

名前は未だ無い。

 私はこの瞬間がとても好きだ。

待望の武器。私に勝利を確約してくれる絶対の力。

それが、出来上がる直前の瞬間。

 包丁を研ぐ料理人。

銃の手入れをする軍人。

竿を調整する漁師。

PCを分解清掃するエンジニア。

もこんな気分を味わっているのだろうか?

一度他の職業にも就いてみたいものだな。

 きっと私のことだ、最高の結果を生み出せるだろうから!

そう、私は天才だから!!

なぜなら私は……っと。

「チーン。」

出来上がったようだ。

ここに忍が居たら「なんでそんなとこだけ普通なんですか、中二病の癖に。」とか言いそうだな。

まぁ、初期設定のままなだけなんだよな。

アニソン入れとくかな。


「ラスボス倒しちゃったー。」

……暇だ。

することが無くなった。

科学者に怒られちゃうかもしれないけど……。

ちょっと、偵察に行ってこようかな!


 私のこの武器、はー下準備がー、ひっつようなのでー、早速セットしに行くぜー!

いえー!

ふぬ、なかなか盛り上がらないなー。

やっぱり忍、呼び出すかなー。

「もしもし、忍。今暇?暇じゃなくても来い。30秒な?遅れたら缶コーヒー。以上。」

よしオッケー。

 今日、社長から貰った情報には、「敵」の拠点らしき林の話が合ったから、そこに設置しようと思う。

「ゆけぇい!走れ!我が騎兵隊!!その右腕でぇ!息の根をー止めるのだぁぁぁ!!」

構内を叫びながら歩いていると、多くの教授、学生と目が合う。

流石、天才の私は人気者だ。

気分が良いので童貞臭のする眼鏡学生にウィンクしてやった。

あ、逃げんな!!


 ……酷い。

いやまぁ。いつもの事だけど。

人のことくらい考えて電話して欲しい。

いやまぁ実際、暇なんだけどさ。

 というわけで急いで大学に戻るけど、このチャリがあるから急がなくても最速で着いちゃうんだよね。っと。

電話から26秒で着いた。ギリセーフ。

と思ったら科学者がいない。

いつものことだけど。

視線を泳がせていると、目の前の自販機に目がいった。

缶コーヒーでも買ってあげるか。


 待ち合わせ場所には、既に忍がいた。

何か腹立つ。

「なんでいる?」

「いや、待ち合わせてるからですよね?というか呼び出したの、あなたですよね?」

そういわれたらそうなんだが、許せない。

「何故私より早くいると聞いているんだ。」

「30秒以内っていったの誰ですか……」

「あれは……コーヒーを奢れという意味だろう!気付け!!」

「あ、それなら、はい。確かブラックでしたよね?」

 …………。

「今日は、微糖の気分なんだ。」

「じゃあ僕のと交換します?」

はい。

と勝手に換える忍。

気が利きすぎて腹が立つ。

「ふん。早く行くぞ!」


 気を遣ったつもりが、逆に怒らせてしまったらしい。

「科学者、その武器重いんですけど……何なんですか?」

後ろの科学者に話しかける。

「最新作。これさえあれば、世界征服も夢じゃない。」

「世界征服って何作ってんすか!」

そういうことを聞きたい訳じゃないんだが……。

 因みに、僕はいま『神風』を漕いでいて、科学者は後ろに乗っている。

二人乗りって奴だ。

本来なら罰金モノなのだけど、僕の体質上”誰の目にも止まらなくて”助かる。

「そこを右だ。そしたら着くぞ。」

ドリフトターンを格好良く、喝采を受けずキメて曲がると、そこには小高い丘と林が広がっていた。

某猫型ロボットの街の森みたいな丘みたいなアレ。だなこれは。

この街に住んで10年は経つけど、今まで知らなかった。

ここの住人も気に留めてないみたいだし……。

と思って、ちょっと親近感が湧いた。


「よし。手伝え。」

何を?

目で訴えかける。

「睨むな、馬鹿者が。」

頭を叩かれた。

「痛い……。」

「うるさい。男だろうが。」

いや拳骨で殴りますか?普通。

「きゃーセクシュアルハラスメントー。」

「棒読みやめろうるさい働け死ね。」

「アナタこそやめて下さい。」

「……これを枯れ葉の下に埋めるんだ。」

ここは例の丘のような雑木林のような場所の、最も見晴らしのいい場所。

街を一望できる絶好のスポットだ。

昇るのにやたら疲れる点を除けば、家を建てたいくらいだ。

あ、夏は蚊が凄そうだ。

「りょーかいー……おっもっ!」

 科学者から手渡しされた、金属のプレートのようなモノを、重すぎて取り落とした。

枯れ葉が舞う。

なんじゃこりゃ。

「ちょっと筋力が足りないんじゃのかい?青年?」

「あなたこそどうして持てるんですか!?研究所に籠もりっきりのくせに。」

「ふっ。それはなぁ、これを着てるからだよ!」

科学者の白衣のボタンを外すと、下に金属の……帷子?

チェーンメイル?

「軽量型高強度三次元汎用動作補助機構『鎖帷子タイタン』だ。」

何そのドヤ顔。

「……つまり、その機械で擬似的に筋力を増強している。と?」

「正解だ!」

「正解だ!じゃあないんですよ、どうして僕のが無いんですか?」

「予算。」

ふざけるなっい!

「……この金属板、後何枚あるんですか?」

「130枚。」

……なんじゃそりゃ。

そうしてその後1時間かけて設置を終えたのだった。

 作業を終えて、枯れ葉の上に腰掛け、くつろいでいる僕と科学者。

日も落ちてきた。

橙に変わりつつある空と、活気の薄れてきた街。

訳もなく僕の|Sentimentalismeサンチマンタリスムを刺激するな……。

そう思っていると、

――「カサカサッ」

今なんか、音しなかった?

枯れ葉を踏みしめたような……

「忍、誰か来る。」

緊迫した声。

――「カサカサッカサカサッ」

木々の間から姿を現したのは、白く透けるような肌を持つ美しい少女と。

死んだカラスのような眼の少年だった。



 ……おいおいおい。

今、目の前にいるのは、『敵』じゃないか。

社長から、忍が貰ってきた資料の中に入ってた似顔絵そっくりだ。

圧倒的に、絶対的に、敵じゃないか。

なんという巡り合わせだ。

まったく、私は本当に、ツイている。


 ……おいおいおい。

今、僕が眼にしているのは、どう見たって敵だろう。

いや、理由はないが、まったくないが、それでもこの白衣は『敵』だ。

僕らを潰しに来たんだ。


 ……おいおいおい。

敵陣に乗り込んで鉢合わせするっつたら、もうこれは相手を『敵』だと見て良いよね?

どうしよう!

こんな状況じゃあ……

科学者の奴、燃えちまうよ!!

この辺一帯燃えてもおかしくないよ!?

どうしよう!!


 ……誰?……腹減った……。


 くっくっくっく……燃えてきたぁ!!

なんだこのシチュエイション!!

まるでライトノベルじゃないか!!

2年と4ヶ月前に読んだ奴の137ページ、8行目から150ページ4行目みたいなシーンだな!!

そこで、主人公の敵はこう叫んだのだ。

「さぁ、そこの異常。私に狩られろ。」

そしてそこで主人公の逢本林檎あいほん りんごは右手の包帯を解きながらこう言った!

「俺は世界を守る!この絶対暗黒零滅龍神の力でな!!完全解放!我が右手に宿りs……「這いつくばれ。」


 なんだこいつ。

頭おかしいのか?

大体町中で白衣着てる時点でそうとうなものだと思っていたが、まさか……三文芝居を始めるなんて。

何が『俺は世界を守る!この絶対暗黒零滅龍神の力でな!!』だ。

厨二病かよ。

ラノベの読み過ぎじゃないのか?

 と思ったので這いつくばらせてみた。

まぁ、折角妄想していたところを中断させて悪かったとは思っていない。

寧ろ自分を褒めてやりたいくらいだ。

よくやったぞシイハ。

お前はいま、自分の精神衛生を保ったんだ。


 !?

科学者が、地面に伏した!?

何が起こったんだ。

科学者が馬鹿になって、って元からか、あの男の子が「這いつくばれ。」と命令した瞬間に伏した……。

あの男の子は、人に命令する能力を持ってるのか?


 !?

なんか突然理科の先生っぽい人が土下座してきたんだけど!

どうしよう!

お腹空いてた所為でボーっとしてて何も聞いてなかったよ!

どうしようーーーー!


 なっ。

なんだこれ。

「動かん。」

かつてないピンチだな。

なんといっても、枯れ葉が口に入って不味い。

非常に不味い。

クソ餓鬼が。

あとでお説教してやる。


 コイツ、何者だ?

僕は戦慄を隠しきれなかった。

僕の支配下で、言葉を発せるだなんて。

完全に、縛っているはずなのに。

やはりこれは絶体絶命のピンチで、一世一代のチャンス。

「お前、誰だ。」


 コイツ、馬鹿なのか?

僕は戦慄した。

あの科学者に、「お前、誰だ?」なんて言ってのけるその根性に。

誰がどう見ても、敵に回して良い人間のはずじゃあないだろう。 


 あっ!!

もしかして、今って戦ってる途中!?

シイハ君の支配が使われてるの?

じゃあ、私も手伝わなきゃ!

……どうやって??


 「「お前、誰だ?」ねぇ……良いだろう。教えてやる。」

私は『立ち上がる』。

私は『伸びをする』。

私は『大きく息を吸い』。

私は『宣言する』。

「私は科学者だ。お前らを、狩りに来た。」

……ふっ、決まった


 何故、だ。

何故。

どうして立てる!

話せる、動ける!!

「何故!?お前は僕の支配をどうやって抜け出した!」

僕のイメージは欠片も乱れていない。

そんなことが起こって良いはずがない。

僕の能力は頂点に君臨し、命令を強制する絶対の力。

あんな中二病患者に負けて良い道理がない!!


 あーあ。

科学者の奴、今絶対「ふっ……決まった。」とか思って、心中でドヤ顔してるに違いない。

本当に性格の悪いy「っ!」

足踏まれた。

筋力増強装置を着用しているのを忘れないで欲しい。

 あの男の子も怒ってるなー。

まぁ、気持ちは良く分かる。本当に分かる。

ご愁傷様。

君はきっと、産まれた時点で負けが決まってたんだよ。

コレはそういう存在だ。

敵にしたらいけないんだよ。

負けなんだよ。


「どうして私が自由なのか教えて欲しいか?少年。」

死んだ烏みたいだった眼は、今や狂乱した烏賊みたいな眼になっている。

その眼をしっかりと見つめながら、白衣をはためかせ、私はこう言うのだ。

「それは、私がスーパー且つハイパーでクールビューティーな、お姉さんだからだゾ☆」


 「「「うぜえ。死ねばいいのに。」」」


 「おい、チスイ。あの白衣、敵だから。」

多分、この世界で最も強い、敵。

「わかってる。」

そうか……てっきり気付いてないかと思った。

「じゃあ蝙蝠化で少しずつ体を木の上に隠しておいてくれ。」

「あいあいさー。」

 僕の支配を抜け出した、あの白衣をどうにか捻じ切らないと。

もう一度、トライしてみるか。

僕は想起する。

あの白衣の右腕が捻れて、肘から先が力無く垂れ下がる様を。

しかし現実には、ほんの一瞬腕がヒクりと動いただけで、なんのダメージも与えられなかった。

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァーーーッ」

うぜぇ。

この白衣、凄く、うざい。

白衣の天使とか言う言葉作った奴に見せてやりたい……。

 そして、何故効かない?

僕の力を無効化する能力なのか?

「一体、何者だ?」


「だから言ったろう?忘れたのか?鳥頭。私は、お前らを、殺す。と、そう宣言したはずだが?」

科学者……性格悪すぎj「痛!!」

だから、強化装甲。強化装甲してるの忘れないで。

「……今回はどんな秘策を?」

「仕方がないなぁ、まったく。高貴で天才で美麗な私が、愚鈍で稚拙で敗者であるお前らに、直々に講釈を垂れてやろう。喜べ、そして私の靴を嘗め回すが良い!」

「黙れ科学s痛い痛い痛い痛い!!!何するんですか!!」

「お前が生意気な口利くからだろうが馬鹿者。」

「……酷すぎる。」

「なんか言ったか?」

「いえ、何も。」

「なら良し。」


 ……誰だ、アレ?

あんな男、居たか?

あの白衣と話している男は誰だ?

居なかった、あんな奴は最初から居なかった。

でもどうして、まるで最初から居たかのように、アレは其処にいるんだ?

白衣と親しげなところ見るに敵なので、腸を破裂させることにした。

今度こそ……僕が、練習した成果をみせてやる。

実際に人の内臓を破裂させたことによって僕のイメージは実物により近づいた。

さぁ、吹き飛べ!


「うっうぇぇぇぇ」

!?

なんだ!!?

「忍?どうした?」

「なんか内蔵がぐしゃぐしゃーってなった感じがして……気持ち悪いです……。」

「あーそれはアイツの所為だわー。」

科学者が指さす先には、あの烏眼少年が居た。

「おい……なんで……なんでだよ…………なんで死なねぇんだよ……。」

なんだかもう、発狂しそうですよあの子。

「だーかーら。種明かししてやるって。」

ふふふ。

と科学者は笑って。

 「まず、前提として私は天才だ。そして科学者でもある。お前のゴミみたいな力を妨げてるのはコレだ。」

科学者は右手をゆっくりと宙にあげながら言った。

「浮き上がれ『女王重奏クインテット』!!」

積もっていた枯れ葉が一斉に巻き上がり、視界が遮られる。

そしてその中には多くの、輝く板が……。

これは……さっき埋めた鉄板?

「純鉄製ではないから、正確には鉄板ではなく金属板と言うべきだろうな。」

細かいことは気にするな。

 枯れ葉が重力に従ってヒラリヒラリと舞い落ちるのと対比的に、金属板は浮いていた。

ホームベースのような、盾のような形をしたその板が、25枚。

浮いていた。

「五角形の金属板が5×5枚浮いている……『クインテット』の名に相応しいと思わないか?」

台詞がキマって恍惚としている科学者は言った。

「なんで浮いてるんですか……終に自然法則すら凌駕してしまったんですか?」

「馬鹿か?そんなこと出来る人間が何処にいる?これは只地球の電場に反発してるだけだ。」

は?

「……地球が大きな電磁石になっているのは知っているな?ならそこには電場が出来るのもわかるな?地面に埋めた他のクインテットで、それを増幅して、反発させている。という寸法さ。」

はぁ……でも何で、烏眼太郎の能力が?

「……支配について疑問があるような顔をしているな。彼の力は『支配』。そのまんま支配欲の無意識が顕現した能力だ。しかし勿論それは科学的な理論に則って作用する。この場合は脳波がキーだ。彼の想像で生まれた脳波――つまりは電波――が空間を伝って、対象の脳に届き、その想像通りに脳から電気信号が発せられる。人間の体は能からの電気信号で動いているから、フェイクの電気信号で他人を操る。という仕組みだな。だから、強力な電磁波を発生させることでその脳波の持っている情報に復元不能なノイズを乗せた。という訳だ。」

単純だろう?だなんて言ってのけるあなたは、やはり格好良い。

「その男は?その男はだれだ?」

烏EYEが僕を指さす。

嬉しいなー気付いてくれたんだーすぐ忘れるだろうけど。

「こいつは忍。『隠密』の忍だ。」

「その二つ名やめてくれませんかね?僕まで痛い人みたいじゃないですか。」

「黙れ。『没する暗躍者』とでも呼んで欲しいのか?」

「ごめんなさい……。」

流石科学者、傍若無人。

「こいつは『気付かれたくない』とか『穴があったら入りたい』とか『見られたくない』とかいう無意識が顕現した奴だ。だから、気付かれない。正確には、こいつを見ても、聴いても、触れても、会話しても、キスしても、殴られても、こいつの事を一瞬でも意識から外したら忘れてしまう。という能力だ。こいつの顔も姿も形も、こいつと話したことも、こいつの存在も、こいつの事を忘れたことすらも。だ。挨拶した次の瞬間にはその事象が、まるまるこの世界から抜け落ちてしまう。そういう存在だ。」

見える分だけ、不自然で無い分だけ、透明人間より質が悪い。

そういう能力だ。

これが僕の、先天的な性質。

『隠密』。

「ところで、この『女王重奏』って『死重奏』の進化形ですか?」

「いや。名前だけ貰っただけだ。実態としては『強制指向』の進化版だな。」

成る程。

そういえば、あれもローレンツ力で導体をはじき飛ばすものだったな。


 僕は……。

僕はどうすれば良いんだ?

こんな化け物。こんな化け物、どうやって倒せば……。

こんなの……こんな規格外……倒すとか倒さないとかそれ以前じゃないか……っ!

そんな中、一羽の小さな蝙蝠が僕の前を舞った。

そうか。

チスイ。君が居れば、どうにかなるかもしれない。

反撃、する……!


「どうした、ガキ?妙案でも浮かんだか?」

科学者は不敵な笑みで、烏眼小僧を睨め付ける。

「ああ。とっておきの秘策をな。見せてやろうと思って。」

ほう。コレに向かってそんな横柄な態度をとるとは、やっぱり馬鹿か?

この男。

「行け。」

彼が呟いたのが見えた。

すると、幾十もの羽音が、遠くから聞こえてきた。

昆虫よりも大きな、しかし、鳥よりも静かで周囲に溶け込むかのような羽音。

それは次第に数を増し、百に届くかと思われる蝙蝠が、至る所から現れた。

木の葉の裏に、幹の陰に、枯れ葉の下に、烏助の背後に、隠れていたらしい。

 飛び出してくる蝙蝠、それらは一直線に、或いは曲線を描いて、遠回りしながらそれでいて、最短距離を通り、一瞬で科学者に肉薄する。

「!?」

科学者は驚いている。

まるで、こんなことは資料に載っていなかった。とでも言うように。

女王重奏で叩き落としてはいるが、それも間に合わず、蝙蝠の群れは、科学者に襲いかかった。

否、正確には襲いかかろうとしたのだ。

しかしその思惑は阻まれた。

――僕に。

「っくあああっっっっ!」

痛い。

これは存外にいたい。

全身の血管という血管に小さな、しかし鋭い牙がささって抜けない。

着ていたスーツも、シャツも貫かれ、確実に僕の体から液体成分が抜かれてゆく。

血が、抜かれる。

虚脱感と貧血による目眩に襲われながら、僕は勝ち誇った。

「これでもう、この手は喰わない。」

なぜなら、科学者は天才だからだ。


 誰だあの男。

突然現れた、だと。

瞬間移動術の使い手か何かか??

誰だか知らないが、僕の顔を覚えられても困るし、死んで貰うか。

仕方ないよね。

コレが君の運命だったんだ。

 突然白衣の前に現れた男が膝を落とすと同時に、呆然と立ち尽くしていた白衣が顔を上げた。

僕は不覚にも射竦められてしまった。

その視線に。

その死線に。

「おい、ガキ。忍に手ぇ出して、生きて帰れると思ってんじゃねぇぞ?」

その背後に、揺らめく闘気が見えた気が、した。


「ぷっはー!!コイツ美味しい!」

朦朧とする視界に、謎の美少女。

というか、僕の腕を噛んでいるよ。美少女が。

色白で眼のクリッとした女の子に腕を噛まれて幸せだし、なんかボーッとするからもう死んでもいいやー。

 なんて思ってたら、金属板にフルスイングされて僕は吹き飛んだ。

女の子は僕と正反対の方向にぶっ飛んだようだ。

どんな魔法だ。いや、科学か。

「痛たたた……ちょっと科学者、それが怪我人にする行為ですか?ちょっとは気を付けて下さいよ。」

僕はあくまで軽薄に、科学者に憤慨する。

「死んだりしたら……赦さないから。」

「……解ってますよ。大体、今の一撃で傷が開いたじゃないですか。本末転倒ですよ。まったく。」

「それと、お前いま「美少女だ!美少女!いっやっほーーう」とか言ってたろ。死ぬか?」

鬼のような……鬼神のような表情で近づいてくる科学者。

くっ……。

「も、もう十分でしょう!?つーか敵は誰なんですか、敵は!!僕じゃないでしょう!?」

僕がそう言うと科学者は一言「ふん」と鼻で笑って、情けなくも蹲る僕の傍らでこう宣言した。

「愚か者は地に落ちるが良い。」

 バチン!

凄まじい衝撃と閃光。

状況を解説すると、”女王重奏”が25枚、白色系女子を取り囲んで、放電した。

空中放電。

それは、空気中の分子を電離させるほどの超高電圧で放たれ、辺り一帯を焼き尽くした。

「チ、チスイ!!」

烏丸は悲痛に叫んだ。

 しかしそんなことより。

「科学者、山火事はまずいよね?」

「ああ、大丈夫。消化器もってきたから。」

「??」

あれ?漢字が違う気が……

「ほら小腸」

科学者は無邪気っぽい笑みを浮かべて(勿論、邪気しか感じられないが)所々焦げて、内蔵が溢れている女の子を指さした。

「そっちの消化器かよ!」

「お前についてた虫を払ってやったんだ、有り難く思え。」

「蝙蝠は哺乳類ですけどね。」

あと人間も。


 赦さない。許さない。ゆるさない。

殺す。ころす。

千切る。捻る。潰す。刻む。毟る。割る。裂く。折る。破る。殴る。落とす。

殺す。

 これは決定事項だ。

王たるこの俺が。

全力を持って、殺す。


 いたたたた……

なんなのよ、あの板。

まぁ、吸血鬼、はこの程度の傷ならすぐ治っちゃうんだけどね!

でも、出血はちょっと痛いかもしれない。

血が足りないと、制御できなくなるかも知れないから。

でもまぁ、シイハ君がどうにかしてくれるよね。

きっと。


 殺す。

絶対だ。

今回は温存しておくつもりだったが、もう堪えきれない。

殲滅してやる。

「チスイ。準備はいいか?」煙る少女に声を放つ。

「おっけーだよ。」

少女は、その返事ともに肉体を蝙蝠と化し、樹上へと飛び上がった。

「おい、白衣。」

「なんだ若造。」

無礼に尋ねたら無礼に尋ね返された。

「お前、市民を虐殺できるか?」

「……さぁな。場合によるが、出来ないことはない。な。」

そうか。じゃあ、相手に不足はない。

後は、俺の想起がどれだけ現実に肉薄するか。というだけ。

「始めよう。『生者の行進(ダイイング・アライヴ)』!!」


 なんだ!?

なんだなんだ!!?

地震か?

でも、彼の能力『支配』は人間の脳にしか影響を与えられないんじゃ、なかったのか?

それに、科学者の『女王重奏』で脳波は妨害されていたはず。

と、地面が隆起した。

広範囲に渡って、地面がむっくりと立ち上がって、枯れ葉が宙を舞った。

「科学者、『女王重奏』を全部たちあげたのか?」

「いや、違う。」即答する科学者は珍しく焦っていた。

何本もの塔のように屹立したそれは、地面などではなく。

人間だった。

人間……なのか?

アレを人間と呼んで良いのか。

 死体を人と扱わないのだから、アレも人として扱ってはいけない気がする。

あれは当にその尊厳を剥奪された人形。

人を模した造り物でしかない……

「もしかして……この町の…………」

科学者は絶句している。


「そうだ。この町の人間だ。」

総勢150人の俺の部下。

全て、生きた人間だ。

「そんな目で見てやるな、コイツらはまだ生きている。いや、生かしている。」俺は更なる絶望を呼び込む。

「この一ヶ月で、俺とチスイが集めた人間だ。最初の内は俺の実験台になったり、チスイの餌

になったりで大分死んでしまったんだがな。俺は思ったわけだ。「チスイの『吸血姫』で眷属を作り、俺の『支配』でそいつらを統制したらどうだ。」ってな。するとどうだ、普通の人間なら、一体までしか対象に出来ない俺も、意思の弱い眷属なら遠く離れていても、百人単位で『支配』できるじゃないか!これが俺らコンビの最終兵器。ゾンビのような『動く死体(リビング・デッド)』じゃなく、死に続ける生命『生者の行進(ダイイング・アライヴ)』さ。」

戦慄しろ。

殲滅してやる。

俺は心で、命じた。

手足を動かし、襲いかからせた。


 その、人間とは思えないモノはコチラに向かって押し寄せてきた。

まるで波のように。飲み込むように。

「科学者!!」

科学者は呆然と立ち尽くしている。

これは、誤算があったときの顔だ。

きっとこのことを知らなかったに違いない。

「……『女王重奏』が半分もやられた。」

キッと唇を噛む。

と同時に、残った金属板が銀色に輝いて、放電した。

前列の20体が吹き飛ぶ。

しかし隊は衰えない。

そりゃそうだ。意思がないんだ、怖れなんてあるはずもない。

「くそっ。電磁結界を私達だけに張っておいたのが間違いだった。」

でも今は悔しがっている場合じゃない。

出力的に、『女王重奏』も長く展開はし続けられない。

どう、するか。

ここでこのまま死ぬのか。

 いや、違う。

そんなコトはさせない。

僕は走り出していた。

「おい、忍!何処に行く!!」

科学者から逃げるように。


 ?

なんだ突然。

あの白衣、虚空に向かって叫んだけど、ついに頭がイったか?

と思ったら、視線の先には一人男がいた。

黒スーツの男。

誰だ?

というか、あんな奴いたっけか?

まぁいい、死ね。

30人を分隊として男に向けた。

これで邪魔者は排除っと……!


ボトン。と鈍い音がした。

なにか、重い物が落ちた音。


え?


え?


え?


何故?


どう……して。


チスイが。


死んだ……の?



 ドサリ。と、地上に蝙蝠が落ちたとき、進軍は止まった。

やった……

忍!

お前、やったのか!

私は嬉しくて、嬉しくて、駆け出していた。

飼い犬が手柄を立てたら、褒めなきゃいけないから。

私は走った。

そして、忍に突き飛ばされたのだ。「危ない!」って。

そうしたら、目の前……で。

私の……目の前で。


 吸血姫に眷属化させられているなら、大元を殺せばいい。というのが僕の発想だった。

そうすればみんなは元に戻って、あの烏少年の支配も及ばなくなる。

だから僕は、手元にあった少年の形見を――『刺斬花さざんか』を使った。

勿論、僕には欠陥なんて見えない。投影も出来ない。でも、欠陥なんか知らなくても心臓を貫けば、ヒトは死ぬ。だから、地上から樹上に、細いワイヤーを蛇のように鋭く踊らせた。

大勝利だった。

こんな時のためにと思って、練習していて良かった。

主人の死によって意思を取り戻した市民は、弱い支配に抗えるようになったのだ。

 でも、僕は、多分死んだ。

ゾンビ……ではないと言っていたっけ。まぁあの元人間に喰われた。

そう、烏マンは一人なら、正常な人間でも操れる。それを失念していた。

最後の最後に、烏右衛門から反撃を食らった格好と成ってしまったわけだ。

烏であって郭公ではないけども。

手も、足も、胴も、腰も、肩も。

凄く痛いはずなのに、全然、全く、何も感じないのは、きっともう死ぬからなのだろう。

 まぁ、あの子はきっと科学者が処分してくれるはず。

とっくの昔に落ちた陽も、そろそろ昇ってくる頃だろう。

だというのに、僕の視界は暗くなる一方だった




 「おい。忍!忍!!起きろ!!!起きろよ!」

科学者が、いた。

「起きて……ますよ。もう、朝ですから……」

「忍、どうして……私の事を……」

庇ったりしたのか。

という文句は、嗚咽に遮られて出てきそうにもなかった。

「だって……あなたは、僕なんかより、ずっと優秀だ。だから……僕よりもあなたが、」

生きるべきだった。

は言わなくても伝わると思ったから言わなかった。

長年コンビを組んでいると、以心伝心が出来るようになるモノだ。

慣れって恐ろしい。

……!

科学者が僕を睨んでいる。どうやら理由に不満があるらしい。

拗ねるのは可愛くて良いんだが、どうにも顔に凄味があって恐ろしい。

死に際だし、洗いざらい全部ぶちまけてやることにした。

 「それに……僕はあなたが好きでした……から」

「なっ!お前……そういうのは、こんな時に言うもんじゃっ……」

照れてる。

可愛い。

「言うものですよ。こうでもならないと、言えないんです。これを逃すと、もう一生、言えないんですから……今、言うしか、無いんですよ。」

そう、ずっと好きだった。

僕の初恋は、出会ったあの日からずっと。

終わることなく、始まることなく、続いていた。

「あなたは美しくて、聡明で潔白……完璧、だった。だから僕は言い出せなかったんです……あなたに、嫌われたくなくて。この関係が崩れることが……たまらなく、怖くて。」

科学者は珍しく、黙って聞いている。

初めてかも知れない。

「そう、怖かった。だって……あなたしか、僕を、記憶できないから。あなたを失ってしまえば、また元の、僕に戻ってしまう……それが、それだけが。僕の恐怖だったから。」

僕の『隠密』は、記憶を残さない能力。

僕のことも、僕を見たことも、忘れさせる。

網膜に写っても、脳内に映らない。

「『永久記憶』の貴女に出会う前の、セカイと隔絶された……あまりにも独りな僕にだけは……戻りたく、なかったから。言えなかった……」

 滴が、僕の額に垂れる。

雨……じゃない。

太陽はもう、その姿を半分以上顕している。

それは、科学者の両目から湧き出ていた。

『永久記憶』。

即ち、忘れることのない。忘れることの出来ない、無意識の顕現。

僕の『隠密』を掻き消すほどの、絶対性を持つ、天才の脳。

「忍……お前は、こんな毒舌ばっかり吐いて、お前を馬鹿扱いして、人を平気で殺せるような私を、好きだと言ってくれるのか?」

「勿論……ですよ。ツンデレって……最高に萌えるじゃない……ですか……」

科学者は微笑んで、そうか。じゃあ、これが最後の質問だ。と言った。

「なぁ……なんでお前は。そんなに、笑っていられるんだ?」

笑っている?

僕が。

そんなの決まっている。

「あなたが、無事だからですよ。なに言ってるんですか。」

解っている。

あなたの聞きたい答えはこういう事じゃないってことを。

あなたは、死ぬのが怖いのか?って聞きたいんでしょう?

「……答えますよ。ちゃんと。」

大きく息を吸って、胸から血が流れて、大きく息を吐く。

「怖くはないです。だって、あなたが、僕を生かしてくれるから。あなたが、生きている限り、僕を忘れることは、あり得ないから。もし、僕だけが生き残ってしまったら、僕はまた何とも関係の持てない、いてもいなくても同じな幽霊に成り下がってしまう……でも、あなたが生きていてくれれば、僕がこのセカイにいた証になる。他でもない貴女のその、記憶が……。他者に観測されることでしか、生命は認知されない。このセカイでは相対的にしか生きていけないのなら……貴女が僕の、存在定義なんですから…………」

 僕が聞いた彼女の最後の言葉は。

「私に似て、変に理屈っぽくなってしまったのかしらね?」だった。

明るい声で、良かった。

僕は暗い、暗い、暗い、黒に覆われて、意識が、温もりと共に流れていって……………………



 そしてこの事件の顛末。

あの後、私は『女王重奏』を使って、町を灼いた。

文字通り、焼け野原にしてやった。

理由なんか特にない。

まぁ、簡単に言うと八つ当たりだ。

戦場になったあの山は、クソガキを始末する為に半分削ってしまったけど、忍の墓にするために造り直して、綺麗な墓標になった。我ながら素晴らしい仕事だと思う。

ああ、この町を『シノブタウン』とでも名付けて、忍の墓にしても良いかもな。

なんて思いつつ、私は今日も『人類の集合的無意識』の顕現したゴミを掃除している。

本当は、宇宙ごと心中したい気分だけど、私が忍の生きた証。なんて言われちゃ、死ぬに死ねないよ……。

本当に、狡賢い犬だったな。

狡賢くて、怠け者で、二次元好きで、冷たい所もあるけど、憎めなくて、可愛い、大好きな、私の……



私の、初恋の人。








”名も無き”シリーズⅡ 存在定義    終わり。

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