序
1
物語。
それは始まる物だ。
それは終わる物だ。
朝が来て昼が訪れ夜になるように。
起承転結。序破急。
しかし、僕のそれはいつになっても始まらない。
始まらない物語が始まる。
終わりのある物語は、始まりが無い。
何処までも平凡で、何時までも日常。
予兆も予告も予定も無い。
朝は憂鬱だ。
今日一日、僕はまた誰にも気付かれずに終わるのだろう。
あの人……いや、人以外の中にしか僕は存在できない。
名前が存在を定義し、確固たる物とするものならば。
僕は名に縛られ生きるのだろう。
耐え忍ぶ。
それが僕の生き方なのか……
そうこう思案していると。
「おい忍。グダグダしてないで起きろ。」
ドアが開いて、凛々しい声が飛び込んできた。
玄関から僕が寝ているリビングまでは一直線。
わざわざ確認するまでもないが、一縷の望みと共に薄く目を開ける。
僕を覚えていてくれた人がいたのか。と。
「!!!」
目が合った。
目が在った。
眼が在った。
「近い、近いです。超近いです。どいてください。」
鼻と鼻とが接触しそうな距離に、科学者は立っていた。
いや、僕はベッドでなく布団で寝ているので正確には座って、屈んでいたのだが。
そんな些細なことはどうでもいいだろう。
概要が伝わればいいのだ。
「ようやく起きたか。遅い。」
「今日はでも、仕事ないでしょう。」
「本職は教授兼研究員だぞ。毎日が仕事だ。」
「……いや僕の話。」
「戸籍無いくせに調子に乗るな。仕事しろ。」
「戸籍が無いなら、国民じゃない訳で、勤労義務が無いのでは?」
「そんなこと関係ない。私が仕事しろと言っているんだ。仕事しろ。」
「いつもどおり横暴ですね。」
「いつもどおり従順だな。」
既に立ち上がって、布団をたたみ、仕舞っている僕は従順なのだろうか?
聞くまでもない。
「早くしろよ、私は先に行っている。」
「理解。」
扉が閉まる音がして、科学者は去っていった。
二度寝する気力も失せる。
仕方なく、スーツにお着替え。
別に、パジャマでも見えないから良いのだけど……一応、身だしなみとしてね。
お腹が空いたな……朝食、作るか。
うん。
一昨日買ったクロワッサンとインスタントコーヒー。
なんともフランスチックな朝食だ。
フランスチック……
なんとなくプラスチックに似ているな。
そういえばこの前。少年……人未満君が亡くなる前の講義でやっていたな。
おっと、急がないと殺されちまう。
なんといっても、横暴で我儘で、かつ万能の科学者なのだから。
人を殺すことなど造作もない。
今日はどんな兵器を製造するのだろう。
ま。僕には関係の無い話か。
なんやかんやで研究所に到着した。
コンビニで買ったクロワッサンが消化されるように、歩いていきたかったが、時間がないので自転車で行った。
研究室にはいると……いや。入ろうとすると、復活していた。
死重奏。
早い。
本当にこの人は、仕事が早い。
あの事件からまだ2週間も経っていないというのに。
そんな感傷になど浸ってられないとでも言うように。
そんな感情など何処にもないとでも言うように。
仕事を続ける。
それが、天才が天才である理由なのか。
僕には全く理解できないが。
それでも、凄さだけは、賞賛に値すると。そう思う。
さて、”異端狩り”の科学者は今日、どんな兵器の開発をするのだろうか?
なんて思いつつ、隠し扉から入る。
「2分16秒遅刻だ。」
一言目から、苦言だった。
「出勤しただけ有難いと思って欲しいですね。」
「ふん。来なかったら殺すだけだ、お前は駒なのだから。」
僕は肩を竦めてしまった。
「忘れてなどいませんよ。」
相変わらず人使いの荒い人だ。いや、人以外か。
「ふん、まぁいいだろう。とりあえず、そこの金属球を持って来い。」
「了解。これでいいんですよね。」
こういうところが従順って呼ばれるのかな?
んー。気の所為か。
「あ。あと、その球落とすとお前、死ぬよ。」
え!?
「遅い!忠告が遅いです!」
「その程度、見てわかれ。」
「大体この前『強制指向』を作ったばかりじゃ……」
「この武器は『強制指向』の応用だ。」
「!?」
「もっと能動的に防御しないといけないからな。受動的な防御装置の『強制指向』は試作だ。」
「……そうですか。」
「ああ。『女王の騎兵隊』という名前を付けようと思っている。」
「また痛い名前を……」
どうしてこの人はこんなにライトノベルが好きなんだろう。
不思議だ。
純文学と学術書しか読まなそうなのに。
「痛っ!」
辞書で叩かれた。
「今何か無礼なことを考えたろう。」
「……い、いや、気のせいだと思いますよ。僕はあなたの狗ですから。」
くくく。
と笑うと、徐に金属球を溶かし始めた。
狗であり駒である……僕は犬なのか?馬なのか?
いや、人間なのだけど。
「超高磁性金属。」
科学者は呟く。
「Nb・Fe・Niの合金なんだが、やはりアモルファスにしたところが成功だったのだろうな。」
液体になった金属を冷却器に入れ、急速に冷やす。
「完成だ。」
科学者は口の端に笑みを浮かべ、命じる。
「忍、社長のところに行って来い。準備は完了した。」
「了解。」
忍が出ていき、扉が閉まる音を後ろ手に聞きながら、科学者は思う。
狩りに必要なのは、準備だ。
武器は完成に近い。
敵の情報も、社長から調達するし。
あとは、罠を張るだけか。
アレの名は……。
忘れたがまぁいい。
そんな些末なことは。
とりあえず、忍の帰り待つことにしよう。
一方、忍は廃ビルを通り過ぎ、倒れた電柱を横目に見、住宅街を通り。
ビルに着いていた。
所用時間は12分くらいか。
流石だな、改造自転車は。
――自動障害排除機構搭載二輪装甲車『神風』――
風圧で障害物を弾き、風を先行させ、生まれた隙間に割り込むことによって、減速無しに進む自転車。推進装置付き。
僕が乗れば、最速間違いなしの自転車だ。
唯一の欠点は、自転車であることには変わりがないので、基本的に自力で漕がなければいけないところか。
ま、着いたし良いか。
ロビーに入る。
公言してはいないがこの会社は「殺人仲介・下請け会社」だ。
「お嬢さん、どうも。『白衣の狩人』が来た。って社長に伝えてくれるかい?」
この挨拶も僕専用の儀式みたいなものなんだけどな。
――どうせ。
「白衣の狩人さま、どうぞエレベーターで6階へお上がり下さい。」
――この子ももう、僕のことは忘れてるんだろうから。
エレベーターに乗り込む。
一人きりのエレベーターは静かで、モーターの駆動音だけが只々響いていた。
もう10回は確実に会っているだろうに、それでも覚えてもらえない。
僕を知るのは科学者一人だ。
僕は独りだ。
ちーん。
日常の平穏さを具現したかのような音が鳴る。
僕は世界を取戻し、焦点を外界へ向けて、歩き出す。
とは言っても、目の前――ほんの3m程先――には木製の大きな観音開きの扉があるのだが。
ノック。
開ける。
入る。
黒い絨毯を踏みしめ進む。
柔らかいなぁ。
衝撃すべてを吸収してくれるかの様な感覚を覚えるほどに上等だ。
部屋の隅、僕の足の向かう先には黒い社長椅子――と呼ぶのだろうか?回転する、革製の豪奢な椅子――が置いてあり。
そこに社長が座っていた。
「こんにちは、初めまして。科学者の代理で参りました。忍。と申します。」
初めてではないですがね。
「やぁ。忍君。初めまして。」
予想通りに期待はずれ。
「仕事の内容だけれども、把握はしているね。」
「十全ですわ。」
!!
科学者に借りた本の影響が!!!
「……な。なら良いんだ。で、これが今回の対象。君たちの用語でいう『人類の集合的無意識』の顕現した者だ。」
1枚の写真と、3枚の紙
「この程度の資料しか集められなかった。科学者に悪かった。と伝えておいてくれ。」
「わかりました。でも、気に病む必要は皆無です。」
なぜなら、僕が居るから。
「それに2週間も準備期間がありましたし。」
「そう……か。」
不思議顔をした社長を置いて、外に出る僕。
扉はやはり重かった。
僕はエレベーターに乗る。
時を遡ってみる。
とは言っても、未来の世界からやってきたネコ型ロボットの所持している道具のように過去に飛ぶわけではない。
僕の海馬から過去体験した出来事についての電気信号を取出し、再生するだけ。
つまり思い出すだけだ。
1ヶ月ほど前だ。
事件が起こった。
それは、”空中を物体が浮遊している”という通報から始まった。
1件や2件で無く、10、20単位で、だ。
事実。それは浮いていた。
飛んでいた。
英語で言えばUFO。
いや、その物体自身はよく知られているものだから”未確認”ではないのかもしれないな。
端的に言えば人だった。
人が飛んでいた。
まるで何かに引き寄せられるかのように。
ある者は驚愕に目を見開き。
ある者は眠ったまま。
ある者は泣きながら。
ある者は絶句して。
ある者は腰を抜かし。
ある者は喚きながら。
ある者は食事をしていた。
一日に3~5人が飛んでいく。
方向はまちまちで、でも自分の意志とは関係なく。
飛んでいた。
老若男女問わず、だが人間――動物界脊椎動物門哺乳綱霊長目ヒト科ヒト属ヒト――だけが空を飛ぶ。
何かに惹きつけられるかのように。
魅了されたかのように。
(結果としてそれは間違っていたわけだが)
今もまだ続いているその現象を、解決するよう社長に依頼されたのが、2週間前。
科学者はそれをこう仮定した。
「そう。だれかが人間を操作、もしくは誘導しているのではないか。とね。」
!!!
急に声を掛けられて驚いた。
「忍。自転車は気を付けて運転しないと事故を起こすぞ。統計によれば……」
「わかりました。で、これが資料です。」
いつの間にか、研究所まで帰ってきていたようだ。
回想って恐ろしいね。
2
これは、僕の物語。
美しい女の子に食い散らかされる物語。
夜に始まり、昼に終わる。
赤が流れ、赤を流す物語。
真夜中。
僕は歩いていた。
路地裏を。
昨日の”実験”の成果を確かめるために。
結果は大成功。
無残なまでにバラバラになった死体の肢体に蛆が湧いていた。
うえぇ。
しかし、本当にイメージ通りでおぞましい限りだ。
……自分の力が。
そんなことをつらつらと、考えていた。
今思えば、迂闊だった。
もっと注意していれば、その後の展開は別のものになっていただろうに。
いや、注意していなければ。か。
さて、続きを話そうか。
飛んできた。
女の子が。
空から降ってきた。
僕を喰うために。
”空””から”僕を”喰う”為に降ってきた。
とか言って。ね。
あの時は本気で喰われるかと思った。
結果として僕は喰われなかった――そうでないと僕は誰だ。って話になるし――訳だが。
僕は日頃の成果を発揮し、とっさに女の子("女の子"表記も面倒だし、これから”チスイ”と呼ぶことにする。)を支配した。
2秒間。
たったの2秒間、それで十分……ではなかったが。
死にはしなかった。
僥倖、僥倖。
代わりにチスイは顔面からアスファルトに突っ込んだ。
ぐしゃっ。っと、それはそれは無惨な音が響いて「あら死んじゃったかな?」なんて思ったが、正直どうでもよかった。
当然の帰結として僕は、再び歩き出した。
そして僕は過ちを犯した。
気付いたのだ。
潰れたはずのチスイから、血が流れていないことに。
暗闇の中で何故わかったかって?
知らない。
でも、何かしらの違和感を覚えたんだ。
きっと。
だから、確認のためにもう一度支配してみた。
”支配”は死体には効果がないから。
結果として、チスイは動いたんだ。
それはつまり生きてるってこと。
僕は怖くなって、女の子に駆け寄った。
『それは美しい女の子だった。』
そんなオチを期待していたのに、暗くて顔なんか見えやしなかった。
とりあえず家に持って帰ろうと思う。
意識は無いみたいだから、立たせて歩かせて、僕の家に持って帰った。
これがチスイと僕――チスイからは”シイハ”と呼ばれるのだが――との出会いだった。
親には「学校の友達で家出中なんだ(笑)」って説明する。
放任主義のわが親は何も言わない。
正直、説明の必要すら感じなかった。
余分な部屋が空いていたので(元姉の部屋)に連れ込んで、寝かす。
意識を失っているので、「寝かす」というより「置く」って感じだった。
そこで初めて顔を覗き込む。
可愛かった。
色が白くて、目が大きい。
何より八重歯が特徴的だった。
うん。
歳は僕と同い年位か……。
そういえば、顔面からアスファルトに落下したのに、傷一つついてないな。。。
と、そこまで思って明日学校があったことに気付く。
「あー、やばいな。うん。」
僕は自分の部屋に戻り、寝た。
睡眠時間を取らないと起きれない性分でね。
一晩おいて、昨日の巫山戯た事件が嘘なんじゃないかと疑ったが、彼女は確かにそこにいた。
面倒なので全部飛ばす。
学校行く、授業受ける、学校終わる、帰ってくる、玄関開ける、親の死体が転がってる、八重歯から血を滴らせる昨日の女の子。
うん。驚いた。
だって親が喰われているんだよ?
それは驚くよね。
で、僕を食べようとするから支配して。動きを止める。
「ステイ、ステイ。」
「grrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr」
唸っている。
蛍光灯の光が血の滴る八重歯な反射する。
そして、僕はこの瞬間からこの女の子を”チスイ”と呼ぶことにしたのだった。
チスイは即ち”血吸い”
回想終わり
「そうだろう?チスイ。」
「ええ、そうね。」
だから何?とでも言いたげな視線。
うん。
ま、そうなんだけど。
ここはとあるド田舎。
ちょっとした丘の上に建った、ちょっとした建物。
そこに僕らは潜伏していた。
「コイツは割と美味しいわね。年齢と関係あるのかしら?」
抱きかかえた5,6歳の男の子を乾涸びるまで、血を体液を組織液を血漿を、吸い尽くす。
あーあ。僕が2時間かけて連れてきたのに……。
「もっと貢ぎなさい。」
暴君すぎた。
「まぁ、今日はもうお腹もいっぱいだし、赦したげる。」
良かった。
「で、その後はどうなったんだっけ、シイハ?」
えーと……
液体成分がなくなった人間は、粉末状に消えた。
かくかくしかじか、あーだこーだでチスイをなだめ(具体的にはトマトジュースを飲ませた。嘘だ。)
2時間くらい固定しておいたら正気に戻ってた。
「……ここは、何処?」
「ん?僕の家。」
宿題を終わらせ、リビングに置いてある食卓で一人(+死体×2+固まる女の子)で寂しく(メンバー的には中々ユーモラスだが)夕食を摂っている最中、チスイが話しかけてきた。
「あなたは誰?」
ん?
僕か……。
通報されるわけにもいかないし、ここは一つ偽名でも。
「僕はシイハって言うんだ。宜しく。」
支配→シハイ→シイハ
なんと安直な。
「へぇ。シイハさんですか。宜しくです。」
会話は成立した。驚き。
「君、幾つ?」
「高校2年生です。」
あら。
「奇遇だね、僕もだよ。」
「そうなんですか。」
「そうなんだよ。」
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「えっと……この拘束解いてくれる?」
おっとデス・マス調が失せた。
デスマス調?
death―math蝶?
death―math―butterfly?
死数学蝶?
死数学蝶「喰らえ。『中点連結定理』!!」
なんちゃって。
因みに僕。数学は赤点レベルである。
文系だから仕方ないね。
「き……聞こえてる?」
「あぁ、だめだ。僕はまだ死にたくない。」
「もしかして、殺っちゃた?」
自覚症状なしかよ。
「僕の親。」
二つを指さす。
「あ。本当だ……。」
尋常じゃない罪悪感の無さ。
ちょっとは謝ったらどうだ。
僕が悲しむかもしれないじゃないか。
なんて言いたくなった。
だから言ってみた。
「……私は、吸血鬼。生態系の頂点に立つ。全ては私に喰われ、吸われ、呑まれるの。」
そうか。
「でも僕は支配者だ。全ては僕に囚われ、従い、尽くすんだよ。」
だから君の拘束は解かない。
君が僕に従うまで。
「じゃあ、あなたがこの拘束をとくことは永遠にないわ。私は孤高の姫。服従なんてありえない。」
そうか。
じゃ、そのままでいい。
丁度食べ終わったので食器を片付けがてら、死体を処理する。
庭で焼こう。
冷蔵庫の前に、焼くのに御誂え向きに芋が三本置いてあったので、ついでに焼くことにした。
カモフラージュ。
熱エネルギーの利用。
月夜と支配者と吸血鬼と血抜きされて燃える肉塊と焼き芋。
浪漫なんて何処にも無かった。
上手い具合に芋も焼け、(元)両親も盲腸まで灰になった所でバケツに汲んだ水をひっくり返して消火した。
因みに芋は僕によって消化される。なんちゃって。
縁側に寝そべって、想いを馳せる。芋を齧りながら。
僕は人間を超える。
支配者だ。
――熱い!
……あ、今のは芋の話ね。
僕の力は人を支配する。
意志も意思も意識も関係なく、そこにはただ僕の能力が働くだけ。
この能力を遣い、僕は何をすべきか。
その時、半分程が隠れていた月が雲間から姿を現した。
――とても綺麗な満月だ――
そう思ったと同時に、
『ミシッミシッミシッミシッ』
と架空の音が鳴った。
!?
イメージが、乱れている!?
拘束が解けてしまう。
拘束が。
目覚めてしまう。
月夜に。
満月。
そうか、だから。
吸血鬼。
ならば、僕は。
イメージしろ。
速く。
固く。
「ぐああああぐううううぐああうぐっぐうううううううっぐううああがががっがあ「がががぐっぐうっがっがああ「がっががあぐううががああがっららがららっぐrrr「rrgrgrrg『っがあああggr「「『『『「あああああああああああああああggggggggggggggggggggggggggっがrrrrrrrrrrrrrrrrrrrgggrgrがああg――――
目覚めてしまった。
夜の王が。
吸血鬼が。
来た。
満月の夜にその力は極大となる。
闇に溶け、血に映える魔性。
僕の拘束を解くとはな。
恐れ入ったよ。
久しぶりに取り乱してしまったじゃないか。
「grrrrrrrrrrるあああああああああああああああああああ」
距離はおよそ4m
シイハはまだ、寝転んだまま。
3m
微動だにしない
2m
顔をチスイに向ける
1.5m
チスイと目が合う
1m
もう手が届く
30cm
シイハは微笑んで。
「僕の勝利だ。」
その時丁度、雲が月を隠し。
シイハがチスイの動きを止めた。
「暴れないでよね。面倒だから。」
メキ。
バキ。
チスイの両膝が曲げられた音がした。
「滑稽、滑稽。フラミンゴみたいだ。」
通常関節が曲がる方向とは逆に、曲げられた音。
勿論、シイハはチスイに触れていない。
ただ一瞬、目を瞑っただけ。
「また今度話し合おうか。次の満月まで28日あるしね。」
と僕は芋を食べながら、一人呟いた。
という訳で、同棲三日目。
本日は日曜日。
凶とでるか凶とでるか。
恐とでるか叫とでるか。
狂とでるか饗とでるか。
響とでるか今日とでるか。
京都出るか?
ここはド田舎だ、京都なんて夢のまた夢。
ま、住めば都ともいう通り。
これだけ人間が少ないと、能力を隠すのが実に便利だ。
人目のつかないところで練習できるから。
そこまで想いを馳せてから起きる。
頭の体操をしないと起きられないのでね。
ベッドでなく布団派なので、のそのそ起き上り、布団を畳んで仕舞う。
時計の表示は「10:00」だった。
ちょっと遅いかな?
……
……
……
あ。チスイを起こさないと。
姉の部屋に行く。
僕の部屋の隣だ。
家の扉に鍵なんて設置されているわけないので、開ける。
ベッドで寝ていた。
セーフ。
いや、これもし居なかったら本気で危ないよな。
そういう意味です。
「おいチスイ、起きろ。」
「n……んにゃ。。。もう、ちょt……zzZZZ」
こいつ、僕より朝弱いな。
「今日から特訓だぞ。」
「ふぇ?とっくんてなんぬ?」
”なんぬ”って何語だよ。
「能力。二人で世界を獲らないか?」
「どーでもいい、ねむいの。ねかせて……」
「支配者ひとりと吸血鬼ひとり。手を組めば最強意外になり得ないだろう?」
「わかった……わかったからねかせてよぅ。」
「よし、そうと決まったr……」
ピィィィィーーーーンポオオオオオオオン!!
あー。
郵便物かな?
「……受け取りに行ってくる。」
「いってにゃっしゃー。」
ピンポーン。ピィィィンポピィィィィィィンポォピィンポピィィィィィンポォォォンンンンンンンンンンンンンンンン。
騒音被害発生中。
早急にドアを開けて、郵便物を受け取ろうとする。
「あのちょっと五月蠅いから、もう少し静かにしt……」
「あぁぁぁぁぁ!ほうら来た!コイツ昨日学校で言った奴だよ!!」
ドアを開けると、そこには頭の悪い学生が三人居た。
ネットスラングでDQNと呼ばれる類の人種だろうか?
そんなことを考えていると。
「おいお前、女一人連れ込んだんだってなぁぁぁぁ??」と僕から見て左手の男D(仮名)が言った。
「お前一人で独占するだなんて、、、あれ?何臭いんだっけ?」と真ん中のQ(仮(以下略))が言う。
「きなこ臭いじゃねぇ?」と右手側のN((以下略))。
それは”きな臭い”です。
「ばーか。汗臭いだろww」とD。
きっと”青くさい”と言いたかったのでしょう。いや、知らないけど。
「思い出した!味噌臭いだ!!」とはQの叫び。
「さすが兄貴!」とは……もう誰でもいい。
「リーダーは違いますぜ!!」(以下略)
あ、因みに正解は”水臭い”な。多分。
気を良くしたのかリーダー格の男はこう言い放った。
「おい、お前。俺に女を紹介しろよ!」
うわあ。。。
絶対取り違えてるよね。
絶対。
”人間顔じゃない”って言うのに。
まして人間以外なんだから……さ。
考えようよ。
「黙りこくってどぉぉぉしたんだよ?チキンか?チキンちゃんなのかぁぁぁぁい?」
下卑た笑いをあげる阿呆共。
「考え事。」
「とりあえず、家に入れろよ。未だ居んだろ?あの女。」
「お引き取り願います。」
断っておいた。邪魔なので。
「俺に逆らうとは、馬鹿がっ!」
馬鹿呼ばわりされ……。
真ん中の男。
つまり真ん中のma……、なんでもない。がポケットから折り畳み式のナイフをとりだした。
ふむ。
「さぁ、紹介しろよ。」
どうするかな、殺すと処理が面倒だし……あ、でも、貢ぎ物としては悪くないか。
「いいだろう。ただし。」
初めてだなぁ。
こういうシチュエイションは。
「一人だけ。な。」
突如、ナイフを握ったQの右腕が宙を薙ぐ。
その腕は正確にQの右側――シイハから見て左――に立っていたDの喉を切る。
が、致命傷には至らなかった。
「浅いな、補正が必要か。」
寝起きは調子が悪い。
「あ、兄貴!一体どうしたんすか!?」
狼狽えるN。
「勝手に体が……」
言いながら、喉を押さえて蹲るDに接近したQはナイフを逆手に持ち替えて、振り下ろした。
Dが上を見上げたタイミングと、ピタリ合致したそれは的確に気管と食道を貫く。
じゅぼぉ。
引き抜いた刃には、ぬらぬらと光る粘液と赤黒い血が付いていた。
そのままDは朱色に濡れた泡を傷口から溢しながら悶える。
QもNもそれを見ている。
呼吸すらも忘れて、目を見開き、Dが痛みを伝えようと必死に叫ぼうとするが声帯を切り裂かれて叫べないその様を、見ている。
「おいおい。まさか凶器を持って来てるのに人を殺す覚悟がなかったなんてほざかないよな?」
この言葉を聞いて、我に返ったのか、Nがシイハ宅の敷地外へ逃げようとする。
「赦される訳ないだろ。」
シイハがNに視線を向けると。
メキャ。
快音が響く。
「あ゛あ゛あ゛あ゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛!!!」
Nの両足首が90度、横向きに捩じれたのだ。
勿論Nは立てるような状況にない。
Nの挙動を目で追っていたQも、だ。
膝に力が入らず、座りこんでいる。
しかし。
視線を向けただけで関節を捻じ曲げる能力を持つシイハにQを立たせることなど、容易。
「あと一人だ。容易いだろう?」
Qは立ち上がり、速足でNへと近づく。
そして、苦悶の声を上げるNの喉元にナイフを突き立て……られなかった。
別にQの意志が強かったわけではない。
「なんだ。もう刃毀れしたのか、そんな安物で僕を脅そうと思ったのか。」
ははっ。
これだから馬鹿は嫌いなんだ。
「仕方がない、絞殺だな。」
殺さない。なんて選択肢が有るはずが無い。
……これは人間が首を絞められて何分持つかの良い実験になりそうだ。
「あ゛。あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
くぐもった呻き声が響く。
首を絞められているNの声だ。
「どうじ……て……あ゛にぎ……。」
しかし、Qは何も答えない。
答えられない。
声帯も、舌も、固定されているから。
声の出しようがない。
そんな事は露程も知らないNは涙目で訴え……死んだ。
死んだね。
死にましたね。
鬱血して青くなった顔のまま。
「おめでとう。無事に君は姫に謁見できる権利を獲得した。」
その心意気に拍手。
パチパチパチー。
という訳で支配を解いてあげた。
「な……なにが無事なものか!!」
「何って、君だろ。」
「どこがだ!?」
「君は何処かに傷を負ったのか?僕が支援したから怪我一つ無かっただろう?」
「俺の子分共が……。どうして……どうしてだ!!」
「え?邪魔だったから。」
僕の家そんなに広くないし、アイツ小食だと思うし。
「お前は、そんな、理由で……人を。殺したのか!?」
「実際手を下したのは君だけど。」
「ふざけるな!!」
?
至って本気だが。
まあいいや。
「チスイのところに連れて行ってあげるよ。」
君の望んだ、服従を手渡しに。
「おm――」
「ちょっと黙っていろ。」
うるさいので強制的に黙らせ……あーやばい顔が青くなってきた。
やっぱり気管を絞めるのは良くなかったか。
……ところで吸血鬼って死体も食べるのか?
ま、いいや、鮮度は大事だもんね。
という訳で、Qを引き連れて家に入る。
後で、死体二つを燃やしておかないとな。
「チスイー。お土産持ってきたよ―。」
……
……
……
……
反応がない。
あいつ、寝たな。
せっかく餌を拾ってきてやったって言うのに。
「チスイー、ご飯だよー。」
元姉の部屋に入る。
あ、ノック忘れた。
「私は……犬じゃなーい。。」枕に顔を埋めたチスイがいう。
それもそうだ。
「ほい。」
チスイが起きそうもないので、Qをベッドに飛び込ませた。
「ヒギャッ!何コレ!?」
訳の解らん擬音を発し、ベッドから飛び落ちるチスイ。
「何コレって、ご飯だよご飯。」
「え?私、朝はあんま食べないんだけど。」
「でも生の血だよ?つまり生き血だよ?」
なかなかの高級食材ですよ奥さん。
「……うーん。冷凍しといてくれる?」
じゃあ。
「その代わり、僕と手を組んでよ。」
「えーそれはちょっとー……。」
「僕と契約して……契約して……契約して、なんだ?何になって貰おうか……?」
いや、ネタですし?
深くは考えてなかったというか……、はい。
すみません。
「いやさ、僕に服従するんじゃなくて、僕と同盟を組まないか?ってこと。」
そうすれば。
「君と僕は共に支配者で頂点だ。」
チスイの返事は……?
僕はドキドキして待った。
初めて人を殺した時のような。
「とりあえず、寝させて。」
そんな出発点もありかなと思った。