ACT.8『姫の憂鬱2』
「雄平…?」
掴まれた腕がじんじん痛む。
信号はとっくに赤に変わってしまい、車が行き交っている。
雄平の突然の行動に、内心ものすごく戸惑っていた。
一言も声が出ない。
そんな私をじっと見ている。
が、呆れた様に溜め息をつくと、私の腕から手を離した。
「…マジ説教な」
「は?」
なに、よく分からない。
雄平が何を言いたいのか。
「お前は慶の彼女だろ?」
「…なに突然」
「違うの?」
“違わない”そう言いたいのに、なぜかその一言が喉につっかえて出てこない。
雄平と目を合わせてられなくて、俯いた。
理由なんてとっくに分かってる。
「じゃあ俺が代わりに言ってやる」
さっきよりも優しい声が頭に響いた。
「お前は慶の彼女だよ」
情けなかった、自分が。
ものすごく。
「だから、もっとわがままになれ。わがままって言っても、お前の場合、彼女が普通にしてもいい事我慢してるからね、わがままって言えるか分かんないけど」
だけど、それと同じくらい温かいものがぐっと込み上げてきて、胸が苦しかった。
「…てか、聞いてる?」
雄平のその言葉で慌てて顔を上げた。
「ご、ごめん。聞いてるよ」
雄平は“あ、涙目”と、私の顔を指差して笑った。
いつもなら絶対言い返すのに、そんな気になれなくて、口から出た言葉は、
「ありがとう雄平」
このタイミングかよ、と、雄平はまた笑った。
そう、理由なんてとっくに分かってる。
『彼女』という名ばかりの、形だけの存在。
実際は、つきあう前とほとんど何も変わっていない。
会いたいって言えない。
好きって言えない。
身体の繋がりも、心の繋がりも、なにもない。
こわかった。
慶にどう思われるのか。
やっと側にいれる理由を手にした幸せが、私を臆病にしていた。
でも、もうそれは終わりにしないと。
姫の憂鬱は、もう終わり。