ACT.6『カクテルの途中で』
更新かなり遅くなりました。すいません!ι
ACT.6『カクテルの途中で』
その冷たい目は、なにも教えてくれないけれど。
太陽が姿を隠して街が夜に包まれた頃、店も人が入りだしてきた。
ほんのり薄暗い店内は、暖色系の照明と混ざり合っていい感じ。
木造でできている店の壁や棚には、店長が海外で買ってきた雑貨が飾ってある。
店の奥に唯一ある白いソファーに囲まれたボックス席が、木造作りのこの店にはミスマッチなんだけど、それがまたいい味出してたりして。
イタリアン・ダイニングバー『arrown』。
バイトをはじめて半年。そこそこ人気がある店だから週末なんかは忙しくて大変だけど、そこに目をつぶれば、なかなか快適な店だ。
“今日も何事もなく終わりますように”
いつも私が思うこと。
ちょっと癖になってる。
だけど、そんな私の願いは、今日は神様に届かなかったらしい――――。
「ドリンクオーダー。パッシモオレンジ、カンパリソーダ。以上、よろしくぅ」
「はーい」
バーカウンターの中の私にマリサがオーダー表を渡す。
「ねえ、透」
そう言いながら、カウンターに両腕をついて身をのりだしてくる。
肩までのゆるいウェーブヘアが揺れる。
そのキラキラ輝いたマリサの顔を見て、何を言い出すのかなんとなく見当がついた。
「めちゃくちゃカッコイイ人がボックス席にいるんだけど!?」
……やっぱり。
「ほんとに、まじカッコイイの!背も高くって、こう、なんて言うの?
雰囲気があるし、なんかキレイ!…って聞いてんの透?!」
「聞いてるけど。マリサの“カッコイイ”って当てにならないからねー、うん」
マリサのテンションの高さとは反対に冷静に答えると、オーダー通りにカクテルを作りはじめる私。
「いや、あれはヤバいよー」
「ヤバいって…そんないい男なら番号でも渡したら?」
「それがさ…彼女持ちっぽくて…」
うらめしそうにボックス席を見つめるマリサにつられて、私の視線も自然とそちらへ向かう。
賑わってるフロアを通り抜け、ボックス席にいる三人組の客に目が止まった。
「ねー。あのいい男の横に座ってるの彼女っぽいでしょー?」
「…うん、彼女だよ」
「え?」
「え?…あ、いや、別にっ。うん、あれはきっと彼女だねー」
意識はボックス席の方にやりながらも慌てて言葉を濁す。
「だよね。あー!いい男は全部誰かのものってか!?」
そう言って両手で顔を覆って泣き真似をしだす。
「はいはい、そんなもんですよー」
マリサの嘆きを適当に聞き流し、出来たカクテルをカウンターに置いた。
マリサは何かまだぶつぶつ言っていたけれど、渋々それを持ってフロアに戻って行く。
さて。
「来るなら来るって言えばいいのに…」
私の独り言が聞こえたかの様に、ボックス席に座る見慣れたキレイな顔がこちらを向いた。
今回だけだと思うけど、マリサの見る目はあったよ。
悲しいかな、外見だけならね?
あとは―――――屈折してますあの男。
目が合うと、慶は持っていたグラスをテーブルに置いて立ち上がった。
こっちに向かって歩いてくる。
そんな慶を見て横にいた由香子が私に気づいた。
嬉しそうに笑顔で手を振ってくる。
私もそれに笑顔で答え、手を振った。
雄平はさっきから由香子の横で集中して何か食べていたけれど、私に気づいて片手を上げた。
私も真似をして手を上げる。
慶は目立つ。
今日は黒いニットを被っているけど、180近い身長に加え…あのルックス。
店内を歩くだけで自然と人の目を引いた。
本人は全く我関せず。
みなさん、この男には騙されないで下さい。
バーカウンターに腕をのせて、慶は片方の口角だけ上げて笑った。
「久しぶり。カシスグレープな」
「また随分と女の子っぽいものを…」
思わず眉をひそめる。
「ばか。俺がそんなん飲むかよ。由香子のだし」
「あ、なるほどね。はいはーい」
由香子の為に動いてる慶を見るのがなんか嬉しくて、作りながら自然と顔がにやけてくる。
「…何笑ってんのお前。気持ち悪いよ?」
「ぶっとばすよ?」
笑顔で返してやった。
そこでやっと気づいた。
「なにその傷。どうしたの?」
カクテル作りの手を止めて、慶の口元にできたうっすら残る痣と傷を指差した。
「ん、ああーちょっとやりあって」
「えぇ!?」
「んな大したことじゃねえし。…殴り殴られ?みたいな」
苦笑いで口元を触る慶。
視界の端に見えるボックス席の二人。
食べすぎでむせてる雄平の背中を、由香子がさすってるところだった。
「いつ?!」
「いつって…一週間ちょっと前くらいかな」
「…へぇ」
慶と最後に会ったのは、ちょうどその頃だった様に思う。
『もう、ここには来ないで』
あの後、冷たい目をして部屋を出ていった慶が脳裏をよぎる。
テーブルに置いてあった合鍵に気づいたのは、その後のこと。
だって、由香子だよ?
今までとはわけが違う。
いくら幼なじみとはいえ、女の子の部屋に合鍵で入って来ちゃいかん。
「なに、そんな心配?」
黙りこくってた私の顔を覗き込む様に見てくる。「いや、全く」
「うわ、ひでー」
「だって絶対に慶が勝つもん。どうせ相手の方が重傷なんじゃないのー」
「……さあ?」
慶はすっとぼけた顔で首をかしげる。
「…やっぱり。由香子にあんま心配かけちゃだめだよ」
「あいつには言ってないよ。面倒だし」
でたよ、慶の悪い癖。
「面倒って…。そんな怪我見たら由香子だって気づいたでしょ?」
苛立ちそうになるのをぐっと我慢する。
「転んだって言った」
「…そんなんで納得するわけない」
「納得してたよ。別にさ…それでいいんじゃない?」
表情を変えず淡々と話す慶の顔から目が離せなかった。
なんでこの人は、たった一人の人を大切にできないんだろ。
今更だけど、二十年間幼なじみをやってきた私の疑問。
なに言っても同じなのかもしれない。
再びカクテルを作りはじめる。
あんたに言わなきゃいけない言葉が見つからないわ―――――慶。
なにも言わず、またカクテルを作りはじめた私を見て慶は言った。
「何も変わんないんだよ」
「え?」
また、手が止まる。
「今までとはわけが違う。お前も雄平も、そう思ってんだろ?」
慶の目は、遠くにいる由香子を少し映すと、すぐに私に戻ってきた。
「無理だから」
そう言った慶の顔は笑っていた。
けど、目が少しも笑ってなくて。
目を合わせていられなくて、私はカクテルグラスに入ってる氷をじっと見ていた。
先に口を開いたのは、また慶だった。
「今日行っていい?」
思わず顔を上げてしまった。
「どこに?」
「どこって、お前んち。他にどこがあんだよ」
あれ、この前のやり取り忘れてるよこの男。
「他にどこが、って?!由香子のとこ行けばいいでしょっ」
うん、これは正論のはず。
「あいつんち実家だし」
「だからなに?」
「俺ね、最近寝不足なんだわ」
話しかみあってませんけど?
「だからよろしく。あ、カクテルありがとなー」
そう言いながら、出来上がっていたカクテルを私の手から取りあげると、背を向けて歩いていく。
さっきとは比べ物にならないくらいの笑顔で。
そういえば滅多に見ない。あんな笑顔。
我に返ると慶の姿は小さくなっていて、テーブルに戻っているところだった。
慶が由香子にカクテルを渡す。
照れながらもより輝く由香子の笑顔は、ほんとに、ほんとに凄く嬉しそうで、こっちまで笑顔になる。
さて。
いろんな矛盾と、胸にわきあがる不安。
なにが正しいんだろ。
何も言わずに、あの輝く笑顔を失わない様にしようか。
いや、私がどうこう考えることじゃないのかな。
「透!」
名前を呼ばれて、目の前のカウンター越しにいるマリサに気がついた。
マリサの顔を見て、何が言いたいのか…やっぱり分かった。
ああ、めんどくさい。
「あの人と知り合いなの〜!?」
やっぱり。
「まあね」
聞こえない様に小さくため息をつくと、腕をぐっと上に伸ばしのびをする。
マリサに慶のことを適当に説明しておく事と、今夜絶対に慶を部屋に入れないことを誓って、私はゆっくりと腕を下ろした。
更新遅くてすいません(>_<;)!
次は慶の目線です。
そろそろ由香子も書かなくては。