ACT.3『問題のない二人』
ACT.3『問題のない二人』
何も言うことなんてない。
―――嘘だけど。
今、目の前にいる透は焼きプリンを食べている。ちょっと不機嫌そうに。テーブルの上には、さっきコンビニで買ってきた差し入れが並んでいる。
俺はカフェオレを一口飲むとテーブルの上に置いた。
「なあー、まだ機嫌直んないの?」
「…焼きプリンぐらいじゃ直らないんですけど」「んな怒んなって。そんな大した体じゃ―――」
「はあ!!?」
凄い目で透がこっちを睨む。
こえー。
「うそです。うそ!冗談です」
ほんと嘘。
すげえキレイだったし。細かったなぁ。
よく我慢したよな俺も。偉い。
なんだかんだ文句言いながらも旨そうに食ってるし。
子どもの頃からプリン好きだよな。
……食べてる時はあんましゃべんないし。
俺は側にいるだけ。
何気なく部屋を見渡す。久しぶりに来たけど、さっきまで着てた俺の黒いジャケットがハンガーで壁にかかってるだけで、あとは特に変わったとこなんかは無くて。
なんか安心した。
他の女の家にいても気が休まることはないから。絶対。
「さっき由香子からメールきたよ」
コンビニでもらったスプーンをかみながら透は言った。
急に由香子の名前が出たのは以外だった。
ああ、聞いたのかな。
俺から言うつもりだったんだけど…。
まあ、いい。
俺は適当に返事をする。
「へえ」
「“へえ”じゃないよ。なんか言うことないのー」
「ん?ああー…」
透はじっと俺を見る。
思わず目をそらす。
透が本気で怒ってないことぐらい分かる。
ああ、やっぱりさ――…
「つきあうよ」
「知ってるぅ〜」
笑いながら茶化すように透は言った。
「なら言わすなっ。めんどくせーな」
「由香子は本気だから。大切にしてよ?」
やっぱり俺は―――…
お前にとって男じゃないんだよな。
「本気で言ってんのかよ?」
座ってたソファにぐったりと体をあずける。
「言ってない」
「おい」
「最大限の私の希望ではあるけどね」
「知るかよ」
低い声でつぶやいた。
「由香子には散々言ったんだけどね。慶は本気で女の子とはつきあわないって」
「さすが透。よく分かってんじゃん」
わかってないんだけどね。お前は。
「今も何人か女いるよ、って。でも、由香子はそれでもいいって。慶がいいって」
そう言って透はまた一口プリンを食べる。
「俺にベタ惚れだな」
「その顔に騙されるんじゃない、みんな」
「ああ、かっこいいからね」
「自分で言ってるし…」
「…じゃあ問題ないな」
「なにが?」
「あっちもそれでいいって納得してんならさ」
興味ない。
お前以外、どうでもいい。
「まあ〜確かに…二人とも。…問題ないか」
食べ終ったのか、透が側まで来てソファに座った。
いきなり、バシッと太ももを叩かれた。
「痛っ!ばっ…なんだよっ」
「由香子は友達なんだから」
「…だからなに。今までと変わんないよ?」
透は呆れた様に俺を見る。
ぽんと透の頭に手を乗せる。
透が俺を見る。
そのふてくされた顔がおかしくて、思わず笑ってしまった。
「人の顔見て笑わないでよ!」
なんでもない会話。
穏やかな時間。
お前がいるだけで―――それでいい。
だけど…やっぱり上手くいかないって、この後思い知らされる。
「あのさ、慶」
「ん?」
透は微笑する。
今まで見たことがない…透の“作った笑顔”。
なんなんだよ―――…。
目が離せなかった。
「もう、ここに来ないで」
ほんの少し動揺していた俺の心に、透の言葉がめり込む。
心臓が大きく高鳴る。
「…なんだよそれ」
それだけ言うのに精一杯。
俺、今どんな顔してんだろ―――…。
何かが動き出した。
それが始まり――――…。