イチカライフ
1章 『 出会い 』
都心から少しばかり離れると、そこは穏やかな風景が広がるちょっとした田舎だった。
派手な歓楽街から一変し、家もポツリポツリとしかない。都心とは大違いのこの田舎に、一人の少年がポツンと立っていた。
「ここ……だよな」
高校生ほどの年齢で、男子にしては少々長めの黒髪に、綺麗な顔立ち。女子達が黄色い歓声を浴びせそうな顔立ちではあるものの、どこか頼りなさそうな表情をしている。
左手に大きなトランクを持っている。
少年の名前は、五月谷サスケ。
五月に谷と書いて、「メイタニ」と読ますこの名字が珍しいからか、いち早くクラスで名前を覚えられる。
彼は今、高校入学を機に祖父が経営している小さな和装アパート「五月谷荘」で一人暮らしをするため、向かおうとしているのだが。
「ここであってんのかねー」
どうしても方向音痴で、自分の判断に自信が持てなかった。
目の前にドーンと構えてある、いかにも和風といった屋敷。サスケの想像とまったく違う外装に戸惑っていた。
とりあえず、インターホンを押してみようと思い、手を伸ばす。
すると。
「そこでキミは何をしているんだね」
いきなり声をかけられ、ビクリと体が震える。大きな門を覗いてみると、敷地内に一人の少女がいた。
真っ白な少女だった。
腰まで伸びたストレートな髪も、日焼け一つしていない肌も、今時誰もきていないようなワンピースも、すべて。年齢は小学生の高学年といったところかもしれない。
「えっと……、五月谷サスケっていうんだけど。ここって、五月谷荘?」
「五月谷サスケ………キミ、五月谷与一のお孫さんかい」
「ジイさんを知ってんのか」
与一というのは、サスケの祖父だ。厳格な人で、幼い時に会ってはいたものの、遊んでもらった記憶などない。
「知ってるもなにも、今キミが言ったとおり、ここが五月谷荘だ。私は影踏イチカという」
カゲフミ
影踏イチカと名乗った少女は門を開け、サスケの手を引こうと手を伸ばした。慌ててサスケが手を引っ込める。
「どうした?」
「いや、なんでもない。それより、えーと、イチカちゃんは僕を案内しようとしてくれてるのかな」
子ども用に作った笑顔と言葉で話す。
しかし、イチカにとってはそれがかえって不満なようで、
「私を子供扱いしないでくれ。あと名前に『ちゃん』をつけないでくれよ」
「あー悪かったなー」
「棒読みの謝罪はいらないな。さっきのキミの質問だが、与一からキミを案内してくれと頼まれた。部屋も決まっている。行くぞ、サスケ」
とても年上に対しての態度とは思えない。
最近の若者は目上の人を尊敬すべき心が欠如しているのではないかと、サスケは思う。
「お前なあ、年上をかってに名前で呼ぶなよ」
「ふん。なら『お兄さま』とでも呼んでやろうか?」
「結構です!!」
どこからそんな知識が入ってきたのか知らないが、こんな小さな少女に振り回される自分も自分だ。
気を取り直し、改めて五月谷荘を見てみる。
内装も和風を意識しており、古くからある良き日本文化と評価したいほどだ。木の匂いがして、落ち着く。
「最初に言っておくが、部屋に鍵がないんだ。まあ襖だから当たり前だけどね。ここの住人は物盗りはいないから、安心してくれ」
「───なんか、民宿みたいだな。アパートって感じじゃねえ」
「ああ、私もそう思う。だから、気に入っている」
イチカに案内されたのは、布団と机だけがある15畳の部屋だった。
想像していたより広いが、想像していたより殺風景だった。
「テレビとかはどうすんだ?」
「全部届いてる。まだ運んでいないだけだ。───さて」
イチカはサスケの部屋にも関わらず、ズカズカと入りこむ。
許可も無く椅子に座り、えらく真面目な顔でサスケを見据える。
「なんだよ」
「まあ、これから大切な事を話す。よく聞いてくれ」
イチカはそう前置きし、サラリと言った。
「私の命を守ってくれないか?」