料理の、レッスン!!
SHR
月曜の用事を言われ、挨拶を済ませると、部活にいくものや帰る人たちはそれぞれがクラスを出て行った。
いつもならオレは帰る人たちの仲間なのだが、拓人は部活に行ってしまった。
そもそもその原因は、この女にある。 かばんを持ってクラスを出ようとした瞬間に腕をつかまれ、
耳元で『これ以上、足を踏まれたくなかったら、黙ってついてきなさい』
これで体育館裏に呼び出されて告白ならまだしも、調理室で料理を教えるというのはどういうことだろうか?
この先の展開に何にも期待できない。そもそも、していないが。
『料理を教えなさい』とは言われたものの、学校の調理室でそれをやることはないと思う。
『ハンバーグ作るわよ!!』 「いや、材料がないだろ!!」
すかさず突っ込んだオレをよそに彼女は調理室の冷蔵庫を開けた。 見事に材料がそろっている。
『ほら』
自慢げに言われるのがなんだかむかつく。
「許可はもらっているのか?」 『もちろん、私の手にかかれば簡単よ』 「料理ができてから言え」 『ばか』
バカで悪かったな。
「とりあえず、家の飯も作んなくちゃいけないから、ここで作ったのは、晩飯にもらうぞ」 『えぇ、いいわよ』
意外と素直に譲りやがった。日頃からそれならいいのに。
「髪が邪魔になるだろ、」 『それぐらいわかっているわよ』
さすがにそれぐらいはわかっていてくれないとこちらが困る。彼女は長い髪の毛をポニーテールのように結んで、三角巾をつけた。
「さて、材料は」
ん? なにこれ? 神戸牛、紀州清水豚、高級卵「輝」?
「おい、なんだよ、この高級感のオンパレードは!!」 『なにって材料だけど?』
それはもちろん材料ですけど、こんな高級なものを調理するなんて初めてだ。失敗したらという恐怖がわきあがる。
そもそも、調理室にある安物の調味料なんかで調理していいのだろうか?どちらにしろ、高級品を無駄にしそうで、怖い。
「じゃあまずはたまねぎだな」 『みじん切りね』
まさかとは思うが、みじん切りはできるのだろうか?
「ストーップ、いきなり違う、こうだよ」
出だしからこれでは、かなり心配だ。
『うーん、目が・・・、代わって』 「いや、おまえがやらなきゃ意味ないだろ」 『ちょっとメガネもって』
たまねぎにやられそうな目を必死にこすっている。彼女のチャームポイント(?)といえばその赤いメガネだろうか?
『ちょっと、人の顔じっと見てないで、メガネ返して』
「あ、わりぃ」 『つぎは?』 「次はたまねぎとコショウと卵とあれとこれをいれて・・・」 『こねるのよね』
「あぁ、そうだ、あと卵はおまえが入れろよ、オレはその卵に触りたくない」
高級卵を台無しにしたくない。
コンコンッ、パカッ、
お見事だ。そんな悲しい顔でオレを見るな。失敗は成功の元だ。
『どうしよう』
「あー、大丈夫だよ、取り出せば問題ないし、食べるのは自分たちだしな」
オレは彼女がこねている間にフライパンに火をつけた。
『これでどう?』
「あぁ、よくできていると思うぜ、
あとは小判みたいな形にして、こんな感じに真ん中をへ込ませて焼けば終わりだ」
最後はこいつに任せたくはないが、こいつが学びたがっているのだから、やらせてやろうと思う。
『できたぁ』
この笑顔は素直なものだと思う。これがウソだったら、相当な悪女だと思う。
ぱくっ、
「ん!」 『うん!』 「うまいじゃんかよ」
材料が材料というのもあるが、何よりも彼女ががんばったのだ、美味しいに決まっている。
「じゃあ、あとはうちの母さんに食わせるか」 『うん、もっていく』 「あ?」
『私が作ったんだから私が持っていくの、そんなことわからないの? ばか?』
そこまでいう必要あるのだろうか?
大体教えたのはオレだぞ? まぁいいか。家庭科の先生にお礼を言ってから学校をあとにした。
『ちょっと、近いんだけど、離れなさいよ』「うるせーな、電車が込んでいるんだから仕方ないだろ」
大体こんな時間に電車に乗るのはあんたのせいだ。文句を言われてもどうしようもない。
「で、頼みはこれですんだのか?」 『ん? いつ終わったっていったの? 幻聴でも聞こえたの?』
オレはそこまで耳は悪くない。大体こんなのがまだ続くのかよ、勘弁して欲しい。
「ただいま」 『お帰りなさい、遅かったね~』
怒っている様子がないのが、母らしいといったところだろうか? 腹がすいているのか少しぐったりしている。
『お邪魔します』 『あら、いらっしゃい、料理の修業はできたかしら?』
『はい、だから、今日は昨日のお返しにハンバーグ作ってきました』
ハンバーグは母の大好物だ。なんともタイミングがいい。
『そうなのぉ、うれしいわ、今日も一緒にご飯食べていかない?』 『ありがとうございます』
「それじゃあ、足りないだろうから、もう一品作るよ」 『よろしく』 『お願いね~』
おまえは何様だ、そして俺の立場は? オレ、執事にでもなれるかな?
それ以前にシェフになりたいオレの夢は適うのだろうか? できることなら、料理関係に進学したいと思っている。
『ねぇ、まだ?』 「あー、今できるよ、少しぐらい我慢しろよ」 『レディを待たせちゃダメよー』
あんたはお腹が空いているだけだろう? こうして今日も食卓は三人になった。 いつもより母さんがうれしそうにしているのは正直にうれしい。
『今日はありがとう』 「あぁ、」 『どうして料理ができること隠しているの? 別に恥ずかしがることじゃないじゃないの?』
「母さんが料理できないのを遠まわしに言っているようなもんだろ?」 『ふ~ん、あなたもしかしてマザコン?』
「ふざけんな、マザコンじゃない、だいたいおまえの親が見てみてーよ」 『そうね、じゃあそろそろ帰るから』 「あ、おう」
何かまずいことを言った気がする、彼女の家庭のことなんてまったく知らない。 そういう話はあまりしないほうがいいかもしれない。
しばらく、彼女を見ていたのだが、ケータイ越しに電話をしている。 迎えでも呼んでいるのだろうか? 大丈夫そうなので家に戻った。
『ね~、竜輝~、次のことちゃんのお料理教室は何かしら?』 「ん? 母さんの好きなハンバーグだよ」
『そうなの!? じゃあ、またハンバーグ作って~、ことみちゃんと一緒に~』
ハンバーグなんていつでも作ってあげるが、あいつと一緒に作るのは気がひける。
そもそも、あんな高級食材を使ったあとの、普通のハンバーグなんて劣ってしまうだろう。
『それにしても今日のハンバーグは高級だったね~、お父さんとの外食を思い出すわ~』
最近気がついたのだが、この人は食べたものの食材を当てるのが得意なのかもしれない。
料理学校に通っていただけはある。今は食べ物に関係のない銀行員さん。オレが料理をできる理由は父がシェフだからだ。
子供のころから料理を教えてもらっていて、それのおかげで料理が好きなのだ。
今ではその腕を買われ、海外のレストランで活躍していると聞く。オレもそんな風になりたいと常日頃から思っている。母さんと父さんが出会ったのは料理学校だ。
母さんはまったく料理ができなくて、要するにオチこぼれだったというわけだ。対して、父さんはエリート中のエリートで数々の賞を取っていたというわけだ。
そんな料理が苦手な母さんが、父さんに料理を教えて欲しいといったのが始まりだ。それから二人は気が合い、お互いに惹かれていったらしい。
小さいころに父さんから聞いた話だが、オレもそんな恋愛がしてみたい。