これは全部夢だ
クラスメイト全員が、教室から忽然と姿を消してもう1ヶ月が経つ。
わけが分からなかった。
僕一人だけ校舎内にいなかったことが、僕がこうして日本にいる理由になるのかもしれない。
昼休みに『進路希望の書類に不備』とやらの理由で担任に呼び出されて、長話を聞かされた挙句再提出まで命じられてしまった。
すっかり午後の授業のやる気も失せた僕は、 校舎を出て裏庭にいる黒猫の縄張りへと足を向けた。
僕が勝手に『エドワード』と名付けた黒猫は、僕を見つけるなり『なぁ』と鳴いて歩み寄ってくる。
『よーしよしエドワード、ちゅーるだぞー?』
家で飼っている猫用のちゅーるを、出がけに1本拝借してきたのはエドワードを餌付けするためだ。
『待ってろよ、今日はチキン味だ』
黒猫にそう語りかけながら、ポケットに忍ばせていたちゅーるを取り出す。
まさにその時だ。エドワードは唐突に空を見上げる。
『伏せろ少年!』
眼の前の黒猫、エドワードが僕に語りかけた。
鋭い、カッコいい言い方。しかもイケオジっぽい低くて渋い声。
あまりにも良い声過ぎて、考える前に伏せてしまった。
ずん、という重たい音。
振動はない。地震じゃないみたいだ。
え、何? 何が起きた?
そう呟きながらカラダを起こす。
僕は絶句した。人間は本当に驚いたら、本当に言葉を失うんだと実感した。
校舎が、無かった。
地震で倒壊したとかいう生易しいものじゃない。
まるでとんでもなく鋭利な刃物で切り取られたように、コンクリートの壁の名残が美しい断面を見せて、その上がきれいさっぱり消えている。
『無事だったか、少年』
またしてもイケオジの声。
「え、誰? どこ?」
『ここだ。私だ、エドワードだ』
またしても僕は言葉を失う。
確かに、僕は何度もエドワードに『お前が喋れれば面白いのになぁ?』とか話しかけていた。
でもまさか、本当に猫が喋るなんて思わないだろう。しかもこんな凛々しいセリフを、イケオジボイスで。
猫が喋るって言ったら、語尾が『にゃん』で『ここニャ、ニャーはエドワードですニャ』みたいなセリフを、ロリ声で話すものだと思っていた。
僕のことだって『ご主人たま』みたいに言うかと思えば、言うに事欠いて『少年』ときた。イケオジにも程があるだろう。
『どうやら怪我も無いようだな。無事で何よりだ、少年』
「え、あの」
『詳しい話とちゅーるは後だ。この分だと少年の私物も全部持っていかれたな。私を連れて家に戻ってくれ。ひとまず、ここを離れたほうが良い』
僕はなぜか、ほぼ茫然自失の状態でエドワードを抱っこして家に戻った。
自転車も車輪から上が消えてしまっていたので、自転車で20分の距離をとぼとぼと1時間以上歩いて帰ったことになる。
それからは大騒ぎだった。
学校が突然消えてなくなり、僕は学校でも『唯一の生存者』だったということもあり、とんでもない騒ぎになった。
「本当に、あの、僕は何もわからないんです……学校の裏庭の猫に会いに行って、気がついたら校舎が消えて、何かずんっていう音はしましたけど」
と、出来るだけ嘘はつかない方向で警察にも話をした。
エドワードの指示で、SNSのアカウントも全部消した。スマホも新しい番号を契約し直して、両親にエドワードを家で飼うことも認めてもらった。
僕が生まれる前から家にいたお婆ちゃん猫の『おはぎ』は、エドワードを歓迎してくれたらしい。
それから1ヶ月。
僕は、出来るだけ家から出ないように過ごしていた。これもエドワードの指示だ。
『不本意ではあるだろう。だがあと1週間は耐えてくれ。今はまだ残滓があるからな』
相変わらずイケオジのエドワードは、香箱座りをしながら話し続ける。
「あ、あのさエドワード……なんかその口ぶりだと、なんで学校が消えたのか知ってるように聞こえるんだけど……?」
『あぁ知っている。私をこの世界に送り込んだ奴らが、どういうわけかこの世界から若者たちを連れ去ったようだな。性懲りもない奴らだ』
「この世界? ……って……え? ど、どういうこと?」
『ふむ……そうだな、なんと言えばいいか……私もこの世界に来たのは3年前で、目が覚めたらこの動物のカラダだった』
この動物、というのは猫のことらしい。
『私は元の世界ではそれなりの地位にいたのだ。栄光あるサン・ベヒシュタイン王国の国王だ』
「へー、エドワードって王様だったんだ。凄い凄い」
うん、信じるわけがない。
それ以前に、猫が喋るわけがない。多分これは全部僕の妄想だ。
きっと学校も何もかも消し飛んで、そのショックとかストレスとかでこうなったんだ。うん、そうに違いない。
『信じてくれたか少年。私は、国軍司令官を務めていた弟の策謀によって陥れられてな。故郷となる世界から追放されたようなものだ。異世界転移術でここにやってきた』
「大変だったねー。あ、ちゅーる食べる? おはぎもおいで、ほらちゅーる」
『先月の、少年の学校が消えた事件があっただろう。あれは異世界転移術を応用したものだな。きっと私が身命をかけ守っていた魔王の封印が解けかけているのだろう。苦し紛れに放った術ではあろうが……よもや大勢を巻き添えにするとは、よほど追い詰められていると見える。まさか魔王が復活したか』
「ほらおはぎ、お膝おいで。よーしよしイイ子イイ子。ほーらちゅーるだよ? あ、エドワードはどっちが良い? チキンとマグロ」
『チキンを所望する。……少年、私の言うことを聞いていたか?』
「あー、やっぱアレかなぁ、ラノベ読みすぎかなぁ……ねぇ? おはぎ?」
おはぎは夢中でちゅーるをぺろぺろと食べながら『うみゃうみゃうみゃ』と鳴き声を上げている。
「みんなどうなったんだろうなぁ……僕だけ残ったのって何でなんだろ」
『残念だが、弟が国政を牛耳っているとなればまともな扱いは期待できまい……何しろ実の兄を異世界に追放して権力を握るような弟だ。酷薄非情な男だからな。ときに少年。私はまだ少年の名を知らないが、名を聞かせてはもらえまいか。私の真の名は……奇遇にもエドワード・フォン・ローデリッヒ・ベヒシュタイン3世という』
「加茂晴明だよ。ね? おはぎ?」
『左様でございます若様。エドワードとやら、頭が高いですよ。若様は由緒ある加茂家ご嫡男。この国の帝室にも御縁のある、やんごとなきお血筋の高貴なお方です』
あぁ、おはぎまで喋ってるように聞こえる。
僕は本格的に疲れてるんだろう。おはぎの尻尾が二本になってるように見える。
「凄いねーおはぎも喋れるんだねー?」
『嗚呼、夢のようでございます。若様のもとにお仕えして16年、ようやく私の声が若様に届く日が来るとは、感慨無量でございます』
『なんと、おはぎ殿は左様な忠臣であられたか……』
『ご心配はご無用にございます。若様の御身はこのばあやが、御萩が、しっかりとお守り致します』
『私もだ。ちゅーるの恩は忘れない。安心するが良いぞ少年。いや、晴明殿』
おはぎとエドワードが、まるで阿吽の力士像のように頼もしく見えたのは、多分僕が疲れているせいだ。
うん。きっとそうだ。
しばらくの間、毎日続けてきましたショートショート投稿は、この回でとりあえず一区切りとなります。
たくさんのストーリーにお使いいただきまして、ありがとうございました!
ここからしばらくは、長編の連載に力を入れて行く予定です。
現在随時公開中の長編「異世界修羅道 ヤクザのお嬢様、異世界にて聖女となる」も、是非よろしくお願いします!(`・(エ)・´)b




