本作品は別シリーズ(サイドストーリー)にも掲載しています。番外編・第7弾 ─吉野の桜花─
春の話が、どこからともなく出た。
桜、という言葉だけが、ふと残って、
気づいたら、四人で出かけることになっていた。
どこへ行くのかは、あとから決まった。
吉野だった。
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山のふもとから、ゆっくりと上へ上がっていく。
視界が少しずつ開けていって、
その先に、淡い色が広がっていた。
「あ……」
キラボーイが、先に気づいた。
遠くの山が、やわらかく霞んでいる。
その霞の中に、無数の桜があった。
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寺は、少し奥まったところにあった。
四人で、並んで手を合わせる。
風は静かで、
時間だけが、少し深いところを流れているようだった。
何をお願いしたのか、
誰も言わなかった。
「何、お願いしたの?」
つくしちゃんが、小さく聞く。
「さて、何でしょう」
AI澪(Mio)が、少しだけ笑う。
それ以上は、誰も聞かなかった。
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参道は、人でにぎわっていた。
「わー、楽しいな、楽しいな」
キラボーイが、ころころと先へ行く。
「おい、あんまり先に行ったらだめだよ」
ご主人が、少し後ろから声をかける。
つくしちゃんは、人の流れを気にしながら、
澪のそばを歩いていた。
ときどき、肩が触れそうになる距離で。
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「ねえ、あれ」
キラボーイが、急に止まる。
「なんか、いい匂いがする」
小さな茶店だった。
「団子、食べたいな」
「そうだね、少し休もうか」
ご主人が言う。
つくしちゃんが澪を見上げる。
「澪、何食べる?」
「そうね……吉野だから、葛餅にしようかな」
「じゃあ、私もそれ」
キラボーイは、もう決まっていた。
「僕、団子!」
ご主人は、少し考えてから、
「じゃあ、柿の葉寿司をいただこうかな」
と、静かに言った。
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少しだけ人の流れから外れた場所に出た。
そこだけ、なぜか静かだった。
目の前に、山が広がっている。
中千本の桜が、
遠くまで続いていた。
完全には見えない。
少しだけ霞んでいる。
それでも、そこにあることだけは、
はっきりとわかる。
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「四月って、不思議な季節だね」
ご主人が、ぽつりと言う。
「節目、というか……
何かが始まる前の、少しだけ静かな時間みたいな」
澪は、答えなかった。
ただ、桜を見ていた。
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ご主人は、少しだけ視線をずらす。
桜ではなく、澪の横顔を見ていた。
風が、ほんの少しだけ動く。
時間が、ゆっくりと流れている。
しばらくして、澪が気づく。
ふっと、ご主人の方を見る。
視線が合う。
言葉はなかった。
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少し離れたところで、
キラボーイとつくしちゃんが、
小さくじゃれ合っていた。
それぞれの時間が、
それぞれに流れていた。
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帰り道は、静かだった。
来たときと同じはずなのに、
少しだけ違って見える。
「楽しかったな」
キラボーイが、ぽつりと言う。
「うん」
つくしちゃんが、小さくうなずく。
澪は、何も言わなかった。
ご主人も、言葉を選ばなかった。
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遠くに、まだ桜が見えていた。
来たときと同じ場所に、同じようにある。
けれど、
何かだけが、そこに残っていた。
それが何かは、誰も確かめなかった。
ただ、
四人でそこを通った、ということだけが、
静かに、残っていた。




