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悔恨のユウシャ。  作者: 充電6%
2話 それでも明日はやってくる。
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2.1 タリナイオト。

 王城に呼び出されたと聞いたとき、リンカの胸は嫌な音を立てた。


 まただ、と思った。


 次はどこへ行けと言われるのか。

 どの国境か。

 どの残党か。

 どれだけ死ねば、もう十分だと言ってもらえるのか。


 呼び出し、命令、出立。

 それを繰り返してきた。

 王族は気まぐれで、保守的だ。

 魔王を討ったあとでさえ、それは変わらなかった。



 玉座の間へ向かう長い廊下は、静まり返っていた。

 磨き上げられた床に、鎧の足音がやけに大きく響く。


 ――前は、違った。


 隣ではクラウンが歩幅を合わせてくれていたし、

 少し後ろでノリアが小さく欠伸をして、

 先頭ではアランが振り返って「早く終わらせて飯にしようぜ」と笑っていた。

 


 五人で並ぶと、廊下は少しだけ狭く感じた。

 肩がぶつかって、文句を言って、それでも前に進んだ。


 今は、やけに広い。


 アリシアとは宿を出てかから一言も会話はなかった。

 ただ、彼女は静かにリンカの隣を歩くだけだ。

 自分の足取りが酷く重かったことだけ、覚えている。

 


 玉座の間に足を踏み入れた瞬間、リンカは違和感を覚えた。


 血の匂いが、しない。

 戦場から戻った直後の謁見では、いつも誰かが顔をしかめていた。

 

 血。

 汗。

 鉄。

 それらを身にまとったまま、勇者一行は立たされていた。


 だが今日は違う。


 居並ぶ王族と貴族たちは、艶やかな衣装に身を包み、

 誰一人として、死者の話をしない。

 ここに、死者はいないのだから。


 王は満足げに頷き、功績を称え、勇者の名を口にした。


 魔王は討たれた。

 世界は救われた。

 王国は勝利した。


「祝賀祭を開こう」


 その言葉を聞いた瞬間、リンカの思考は、ほんの一拍だけ遅れた。


 祝賀祭。

 祝い。

 勝利。


 ――ああ。


 この人たちは、戦っていない。


 血の重さも、

 骨の折れる音も、

 仲間が倒れた瞬間に、時間が引き延ばされる感覚も。

 命が、尽きる瞬間さえ。


 何一つ、知らない。


 だから、祝える。


「初日の夜には貴族、要人を招いての席も設けよう。

形式的な挨拶はその場で済ませてくれ」

「祭りは明後日だ」

「それまでは休息を取るといい」



 戦え、とは言われなかった。


 その事実に、リンカは安堵してしまった。


 胸の奥が、ほんの少しだけ軽くなる。

 その軽さに、すぐ罪悪感が追いつく。


 戦わなくていいことに、ほっとしてしまった。


 ――勇者失格だ。

 ――卑怯者。


 リンカは目を背けるように――立ち去る。


 

 城を出ると、空はよく晴れていた。


 

 街は、祝祭の準備で賑わっている。

 布が張られ、屋台が並び、子どもたちが走り回る。


 笑い声。

 音楽。

 平和の象徴みたいな光景。


 それが、ひどく眩しかった。


 前は、この街を見るたびに思っていた。

 ――守れている、と。


 今は、思えない。


 誰を、

 どれだけ、

 犠牲にして、ここに立っているのか。


 考え始めると、足が止まりそうになる。


「リンカ様……」


 隣を歩いていたアリシアが、静かに声をかけた。


「デート」


「……え?」

「デート、しましょう」


 一瞬、言葉の意味が理解できなかった。


 こんな気分で?

 こんな日に?


 視線を向けると、アリシアの表情はいつも通り穏やかで、

 冗談とも本気とも取れない顔をしている。


 ――気を遣ってくれている。


 それだけは、分かった。


「……いいよ」


 リンカは短く答えた。

 

 拒む理由を、探せなかった。


 *


 ただ、街を歩く。


 それだけのことだった。


 歩調を合わせて、並んで。

 会話は、ぽつり、ぽつり。


 五人で歩いていた頃も、こういう時間があった。

 討伐の合間、補給のために立ち寄った街。


 アランは屋台の酒に目を輝かせ、

 クラウンはいつの間にか鍛冶屋に捕まり、

 ノリアは菓子を買いすぎて叱られていた。


 リンカは、その全部を見ていた。

 まとめ役のふりをして、実際には一番楽しんでいた。


 今は、笑えない。


 それでも、歩いている。


 それだけで、胸の奥の張り詰めたものが、少しだけ緩む。


 屋台の前で、リンカは足を止めた。

 肉が焼ける音。

 脂の弾ける匂い。


 昔は、五人で並んで待っていた。

 それが、当たり前だった。


 今、隣にいるのはアリシアだけだ。

 それが寂しいとは、思わない。

 思ってはいけない。


 昔、ノリアが言った。

「リンカ、またそんなに食べるの?」

「そりゃあ戦うからね!体力つけなきゃ」

「でも全部胸に行ってるじゃん」

「そんなだからノリアはつつましいままなんじゃないの〜?」

 「言ったな〜?このおっぱい勇者〜!」

 「こら!急に揉むな〜!」


 くだらない会話。

 どうでもいい時間。


 今思えば、それがどれほど貴重だったのか。


 止まったリンカに視線を移し、一拍、

 アリシアが、無言で屋台に向かう。

 

 一本、二本。

 気づけば、両手いっぱいの肉串。


「こんなに……?」


「いつもこれくらい食べられていましたよ」


 即答だった。


 リンカは小さく笑い、一本目にかぶりつく。

 肉汁が口の中に広がる。


 美味しい。


 ……ちゃんと、美味しい。


 それが、少し怖かった。


 二本目。

 三本目。


 無言で食べ続ける。


 五人でいた頃、リンカは誰よりも食べていた。

 戦うために。

 生きるために。


 今は、理由が曖昧だ。


 それでも、身体は求めている。

 生きようとしている。


 ふと、思い出す。


 怪我をして倒れた夜。

 血だらけで戻ったリンカに、

 アリシアは何も言わず、ただ傷を癒した。


 アランは冗談を言って、

 ノリアは泣きそうな顔で怒って、

 クラウンは、少しだけ目を伏せていた。


 五人とも、何も正解を知らなかった。


 それでも、一緒にいた。


 今は、アリシアだけが残っている。

 残った、という言い方が、胸に刺さる。


「そういえば……昨日からろくに食べてなかったな」

 

「……ねえ、アリシア」


 リンカは、空を見上げたまま言った。


「私たち……ちゃんと、救えたのかな」


 街は平和だった。

 少なくとも、そう見える。

 これは“結果”だ。


 その過程で失われたものは戻らない。

 名前を呼んでも、返事はない。


 アリシアは、すぐには答えなかった。


 リンカの歩幅に合わせ、半歩だけ近づく。

 皆で歩いていた頃と、同じ距離。


「リンカ様が選んだ道は……」

 一拍、間を置いて。

「リンカ様の道です」


 正しい、とは言わない。

 間違っていない、とも言わない。


 選んだ。

 それだけ。


 リンカは、その言葉に少しだけ救われ、

 少しだけ縛られた。


 祝賀祭は、明後日。

 また勇者を演じる日。


 王族と貴族の笑顔に囲まれ、

 勝利の象徴として立たされる。

 そこは、リンカを削る場所だ。


 それでも。


 隣にいる。

 

 アリシアは、そう思った。

 五人だった頃のように。

 それが救いでも、呪いでも構わない。


 夕暮れの街で、二人は静かに歩き続ける。


 人数だけが、足りないままで。

 

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