表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悔恨のユウシャ。  作者: 充電6%
1話 後悔の音。
5/11

1.3 誰ノセイ。


 王城を出た瞬間、街の空気は一変した。


 凱旋の旗。

 花束。

 勇者の帰還を祝う歌声。


 リンカの足は、自然とそちらを避けるように進んでいた。

 石畳の賑やかな通りから外れ、人気の少ない路地へと向かう。影に身を滑り込ませるように。


 ――行かなきゃ。


 分かっている。

 でも足が前に出ない。


 リンカは立ち止まり、拳を握った。

 手袋越しでも分かるほど、手のひらが冷たい。

 隣を歩いていたアリシアが、静かに声をかける。


「……大丈夫ですか」


 その声音は、祈りのように柔らかかった。

 だから余計に、リンカは目を逸らした。


「……大丈夫なわけ、ないでしょ」

 吐き出すように言う。


「行けば、分かるんだよ。

 私が、誰の人生を終わらせたのか」


 アリシアは、すぐには答えなかった。

 歩調を合わせたまま、リンカの半歩後ろに立つ。


「それでも……行くと、決めたのですよね」

「……決めたよ」

 声が、掠れる。


「王様の前ではさ。

 勇者として、ちゃんと答えた」


 ちゃんと。

 正しく。

 間違いのない選択。


 リンカは、乾いた笑みを浮かべた。


「でも今は……

 逃げたいな」


 アリシアは、何も言わなかった。

 否定もしない。

 肯定もしない。


 ただ、リンカが再び歩き出すまで、そこにいた。


 足取りは重く、時間が引き延ばされていく。

 街外れへ向かうほど、祝祭の音は遠ざかり、代わりに生活の音が増えていく。


 鍋をかき混ぜる音。

 洗濯物を叩く音。

 子どもの笑い声。


 ――この中に、もう笑えない家がある。

 そう思った瞬間、胃の奥が締めつけられた。


 最初の家の前に立ったとき、リンカは完全に動けなくなった。

 木製の扉。

 小さな花壇。

 窓辺に干された、子どもの服。


 ――帰る場所が、ここだった。


「……リンカ様」

「分かってる」


 言葉は強くても、声は弱かった。

「分かってるよ……私は、勇者なんだから……」


 ノックをする。

 一度。

 二度。


 返事はすぐだった。

「はい」


 扉を開けた女性は、リンカを見るなり息を呑んだ。

 期待と恐怖が、同時に浮かぶ顔。

「……勇者様、ですよね」

 

 リンカは、深く頭を下げた。

「ご報告があります」

 その一言で、全てが終わる。


 家の中は、暖かかった。

 食事の匂いが残り、食卓には未開封の手紙。

 クラウンからのものだ。


「……夫は……?」

 妻は、立ったまま尋ねた。

 座ることすらできずに。


 リンカは、用意された言葉を口にする。


「勇者を守り、魔族の攻撃を受け……

 名誉ある戦死を遂げました」


 崩れ落ちる音。


 妻は、声を上げなかった。

 ただ、床に膝をつき、顔を覆う。

 声を殺して、啜り泣く。


 奥から、子どもが出てきた。

 クラウンの息子だろう、まだ幼い。


 「お父さん?」と口にするでもなく、

 リンカを見上げた。


 泣かない。

 叫ばない。


 ただ、じっと。


 リンカは、遺品の剣を差し出す。


「……これを」


 子どもは、剣を見なかった。

 リンカの顔だけを、焼き付けるように見ていた。


 その沈黙が、何よりも重かった。


 次の家は、門構えが違った。


 石造りの立派な屋敷。

 賢者の家。

 両親は、リンカを丁重に迎えた。


「あの子は……やり遂げたの、ですね」

 母は微笑み、そう言った。


 その微笑が、リンカを切り裂いた。


「最後まで、仲間を支え続けました」

 嘘ではない。

 でも、真実でもない。


 父は、手紙を握っていた。

「帰ったら、静かな場所で研究をしたいと……」


 声が震える。


「孫の顔も、いつかは見せたいと」

 リンカは、俯くしかなかった。


 その夢を、奪ったのは誰だ。


 最後の家では、騎士団の仲間と婚約者が待っていた。

「団長らしい最期だ」

 誰かが言う。

「勇者様を守ったんだ、誇らしいよ」


 婚約者は、涙を流しながら、頷いた。


「……彼は、幸せでしたか?」

 その問いに、リンカは答えられなかった。

 彼が幸せだったかなんて、分からなかったから。

 ただ、いつも笑っていたな⸻それだけ。

 


アリシアを宿に帰し、事後処理を終えた頃、夜になっていた。

 空腹を感じる自分に、吐き気がした。


 ――生きている。

 宿舎の扉を開けると、アリシアが立っていた。


「お帰りなさいませ」

 リンカは、一歩進み、力を失った。


 床に崩れる直前、

 細い腕が、確かに支えた。


 逃げ場は、もうなかった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ