プロローグ。
物語の全体像が見えてきたため、1話を後からプロローグに差し替えました。
赤は、音を立てずに広がっていた。
石の上を伝い、溝に溜まり、足元で静止する。
それが血だと理解するまでに、少し時間がかかった。
剣を握る指が言うことをきかない。
冷えているのに、熱を持っている。
自分の手なのに、どこか他人のもののようだった。
振り下ろした。
確かに、振り下ろしたはずだった。
それでも終わらなかった。
足元に首はない。
あるのは、赤だけだ。
濃く、重く、逃げ場のない現実だけが、そこに残されている。
逃げることはできた。
剣を落とし、目を閉じ、何も見なかったことにすることも。
けれど彼女は立っていた。
選んだのは自分だと。
そう思わなければ、立っていられなかった。
ざわめきが遠くで波のように揺れている。
声がある。
意味は、もう分からない。
涙が込み上げる。
それをこらえる理由も、はっきりしていた。
――ここで崩れたら、すべてが嘘になる。
肩に布が落とされた。
視界が暗くなり、赤が隠される。
触れた手は静かで、迷いがなかった。
優しさはときどき残酷だ。
拒むことも、逃げることも許さない。
彼女は何も言えずに歩き出した。
背後に残したのは血溜まりと、選ばれなかった可能性だけ。
――人ではない。
そう思ったのが誰の声だったのか、もう分からない。
ただひとつだけ確かなことがある。
この瞬間から、
彼女は戻れない場所に立っていた。




