最終話 決戦2
光源が全く無い地下室は俺達、夜目が効く吸血鬼でも見え辛い。レイラがゆらりと立ち上がる気配だけを感じた。まずい! 近くには何も見えてないであろうフィンリーがいるぞ。
「フィンリーさん、レイラが! 逃げてください!!」
暗闇に目が慣れるのにレイラより少し時間がかかったせいで、行動が遅れた。人間と同じ暮らしをしていたからかもしれない。
俺が動けないでいるうちに、レイラはフィンリーを手刀で落とし、斜め後ろにいたデボンを鎖で拘束する。そして部屋の隅へ物凄い速度で走って行った。
「──ッ! 蒼、逃げろぉーーーッ!!」
しかし蒼が鉄製のドアを動かして逃げられる訳も無い。レイラが立て掛けておいたドアを放り投げると、蒼も気配を察知したのか負けじと聖水入りの霧吹きを構えた。だがレイラに払い落とされ、そのまま壁に押さえ付けながら首を絞められてしまった。
蒼の喉の辺りから変な音が聞こえる。まるで心臓を鷲掴みにされたような、絶望感に呑まれながら懇願した。
「や、やめろ……やめてくれ! 締めるなら俺の首でも良いだろ?」
「近付くでない。泥棒猫に相応の罰を与えてやるのだ。苦しみながら、我が婚約者殿にせいぜい汚い姿を見せつけてやると良い。ククク何だ? おおそうか、人間とは首を絞められただけで喋ることすら出来なくなるのだったな?」
口をパクパクさせ喉元を掻きむしる蒼を見て、レイラは楽しそうに笑う。その顔を殴り付けたい、声を聞かずに済むように喉を潰したい。ドス黒い衝動に駆られながら一歩踏み出すと、レイラが振り返った。
「近付くでないと言っておろう。うっかり力加減を間違いこの女の首を折ってしまっても良いのか? お主の行動にこの女の命はかかっておるのだからな?」
力を失い垂れ下がってゆく蒼の手を見て、どうにか立ち止まる。
「……俺に何をしろと言うんだ?」
レイラは奥歯を噛み締める俺を楽しげな表情で見つめる。
「手始めとして、そこにいる女ヴァンパイアハンターを連れて来い。なかなかに見どころがある、私の手下にしてやろう。逃げたらどうなるか分かっておるな? それからその言葉遣いはどうにかならんのか?」
「…………分かりました。俺が逃げないよう、その目で見張っていてください」
気を失ったフィンリーの襟首を掴み、雑に引き摺りながらレイラの下へ連れて行き、床に放り捨てる。目を覚ましたフィンリーは、一瞬呻き声をあげたが、直ぐに周りを見回し何も見えない事を思い出したのか警戒した様子を見せた。レイラは優越感に浸った表情で頷く。
「ジョージよ、お主は跪いて控えておれ。これからその女ヴァンパイアハンターを我等の仲間に加えるぞ。最初の獲物はアオイだ。お主の好いた女が無惨にも血を吸われ食い殺されてゆくさまを……。先ほどから何だ?」
蒼が震える手でレイラの肩を叩いていた。レイラが振り返った瞬間、蒼はポケットから取り出したスマホを向け、懐中電灯をつける。
「ギ、ギャァッーーー!!! 目がぁ!!」
超至近距離で懐中電灯の目潰しをくらったレイラは、反射的に両手で目を押さえた。すかさずフィンリーが蒼のスマホと銀の短剣を手に飛び掛かる。
「蒼っ!」
解放されてその場にへたり込み、ゼーハーと荒い呼吸と咳をする蒼に駆け寄り、背中をさすった。
「どこかおかしい所とか無いか? 大丈夫か? ……大丈夫じゃないな。俺が放っておいたせいで、辛い思いをさせてすまなかった」
「いっ……いいえ、確かに苦しかったけど……譲っ二さんなら気付いて……助けてくれると信じていたから」
蒼は息を整えながら掠れた声でそう返す。首元の痣が見てて痛々しい。
「だけどもっと早く目潰しする事だって出来ただろ?」
「あれ……が最高のタイミングだったでしょ? レイラがちょうど良くフィンリーさんを……連れて来いって言うから。渡りに船だと思って」
「もっ、もしもの事があったらどうするんだ! 無理しないでくれよ」
「……分かったわ」
その表情、俺がどれだけ心配したか分かってないだろ? 蒼に向かって手を伸ばしかけた時、横からフィンリーとレイラの呻き声が聞こえた。
「さっ、刺さらないっ!」
「クッ……人間ごときの力で私を殺せる訳がなかろう」
フィンリーが仰向けになったレイラの上に馬乗りになり、右胸に銀の短剣を突き立てようとしている。しかしレイラが手に大火傷を負いながらも短剣を止めていた。両者の力は拮抗しているように見える。
「フィンリーさん、手を貸しましょう」
銀の短剣の柄を握るフィンリーの手を上から押さえる。レイラはゆっくりと刺さって行く銀の短剣と俺の顔を交互に見ながら苦笑いした。
「こ、婚約者だろう、助けてはくれぬのか? 何でもするぞ?」
「何を今更。お前が蒼に手を出さなければ助けたかもしれないな」
レイラは口の端から血を垂らしながら俺を疑念の目で見る。
「……お主は本当にあのジョージなのか? 愛を知ったと言わんばかりに1人の女へ固執し、まるで人間のよう──」
「そうだ、俺はお前が知っているジョージではない」
それに気付けなかった事がお前が今、こうなっている原因だろう。フィンリーの手の上から短剣の柄に力を込め一気に押し下げた。レイラが耳をつんざかんばかりの断末魔の叫びをあげる。
短剣の切先がレイラの体を突き抜け、床に当たる感触が手に伝わると同時に、それまでモゾモゾと動いていたレイラの動きが鈍くなり始めた。
そして徐々に生気がなくなってゆく。肌がくすみ、張りが無くなり皺が寄り、眼窩や頬が落ち窪む。呻き声もしわがれ、髪の色が褪せて行き、あっという間に干からび、息絶えていた。
フィンリーも驚いてると言う事は普通はこうはならないのだろう。恐らく蒼にかけた呪いが、術者であるレイラが死ぬ事で倍になって戻ったんだ。もしくは、体内に残っていた銀成分が原因かもしれない。
デボンを鎖から解放しに行こうと立ち上がると、レイラの虚に見開かれた目と目が合った。もう何も写さなくなった目を手でそっと閉じる。
デボンは鎖を解くとレイラの亡骸へ駆け寄った。だがあまりの変わりように膝を突き、茫然とした様子だ。レイラの体から降りたフィンリーが短剣に再び手を伸ばす。
「もう抜いてしまって大丈夫なんですよね? 復活したりしませんか?」
「ええ、確実に生命活動が止まってれば問題無いわ。それにこの短剣はあの子のお墓に備えてあげたいの。その時は一緒に来てくれるかしら?」
「はい。リチャードも見てますかね?」
「どうかしら? 今頃はレイラ コリンズを指さして笑うので忙しいかもしれないわよ?」
蒼がスマホを見てそろりと手を挙げた。
「あのー、もうすぐ人が起きだす時間になります。誰かに見られる前に帰りましょう?」
確かに。この時期は日の出が遅いから暗いうちから動きだす人も多い。俺達のボロボロな格好は人目につかない方が良さそうだ。
「ええ、協会に見つかる前に逃げた方が良いわね」
「ですがレイラの亡骸は放っておいて大丈夫なんですか? それにあいつは?」
「協会が対処するわ。彼はそっとしておきましょう。この先レイラ コリンズが目覚める事は無いんだから」
倉庫の出口でフィンリーと別れ、俺と蒼は手を繋ぎ家へ帰った。




