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不死身のチキン 〜ミイラだった最強の吸血鬼は現代社会でささやかな幸せを手に入れたい〜  作者: 甲野 莉絵
婚約者との戦い

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53話 ココア

「いやいやいや、囮って! 何を馬鹿な事言ってるんだ!? 蒼にそんな事させられる訳ないだろ!!」


 反射的に叫ぶとフィンリーはため息を付き、立ち上がった。


「ああ〜長くなりそう。アオイさん何か飲む?」


「ええと、ココアはありますか?」


「ええ」


「では、それでお願いします」


 フィンリーが席を外したのを見計らい蒼の手を握る。もしもこの心地良い体温が失われる事になったら……。


「分かってくれ、俺は蒼の身が心配なんだ」


「間違い無く私達は監視されているはずよ。そんな中、送り付けた呪いで死んだと思っていた相手が普通に街中を歩いていたら、絶対気になるでしょ?」


「た、確かにそうだけど、危ないと分かってるのに蒼を囮にするなんて出来ないよ!」


「いいえ、貴方も言っていたけど、私には時間が無いの。この方法ならレイラ自身は無理だったとしても手下くらいは誘き出せるはずよ。そうすれば住処を見つける事も出来るんじゃないの? 虱潰しに探すよりは手っ取り早いと思うけど?」


「でも……」


 するとフィンリーが蒼の前にココアを置きながら俺をじっと見つめた。


「本っ当どうしようもないヘタレねぇ〜。それでも純血の吸血鬼なの? アオイさんの気持ちも尊重してあげてよ。いざと言う時は貴方が守ればいいだけでしょ!」


 横で蒼がうんうんと頷きながら、ココアをひと口飲む。


「でも、でも……俺は守れなかった。だから蒼がこんな目に逢ってるんです」


「あのー、すいません。体が糖分を欲しているらしくて、もう少し砂糖をいただけますか? ついでにミルクもいただけると嬉しいです」


「分かったわ。甘いものはアタシ達女子の味方だものね〜」


 蒼はフィンリーが後ろを向いた隙に、ココアとブラックコーヒーと入れ替え、小さく頷きながら呟いた。


「自分が許せないのね。でもこうなっているのは私のミス。少し考えれば、貴方が黒い薔薇の花束なんて贈って来なさそうだと分かったのに、つい罪滅ぼしだと勘違いして……」


「へっ? 勘違いって……ああ! やきもち焼いてくれたのか?」


「ち、違うの! ……そんな事言うならそれは返してもらうわ」


 蒼がココアに手を伸ばす。俺は慌ててココアを飲み干したが、バランスを崩した蒼に押され、2人一緒に椅子から転げ落ちた。咄嗟に蒼を抱き抱え、背中から床にぶつかる。


 気付いたら息がかかる距離に蒼の顔があってドキッとした。それは蒼も同じだったようで、慌てて起き上がってしまう。


 くそー、もう少しで事故キスが出来たかもしれないのに実に惜しい。ツンデレは蒼を語る上で大事なポイントだけど、それが邪魔して現状ではなかなか許してくれそうにないからな。


「ごめんなさい、大丈夫?」


「うん、蒼こそ大丈夫か?」


「ええ」


 2人で見つめ合ってると、砂糖とミルクを持ったフィンリーが頬をひくつかせた。


「まったくアオイさんまで何をしてるのかしらぁ? イチャイチャするのは勝手だけど、もう少し控えめにしてくれなぁい?」


 蒼は腰が抜けたのか俺の上に座り込んだまま、真っ赤な顔を両手で覆い、首をブンブンと横に振った。


「ち、違うんですっ! そう言えば譲二さんは今朝から急に積極的になっているけど、今はそれどころじゃないでしょ? 私は出来るだけ早く済ませて日常に戻りたいの!」


「ええ〜行って来ますと、ただいまのハグも無しか?」


「無しっ!! どさくさに紛れてそれ以上の事をされそうな予感がするわ。……もう、ココアを飲んだでしょ? それで我慢して!」


 ちぇっ、我慢の対価がココアって、そりゃないよ。……ん? まさか間接キスって言いたいのか? そんな馬鹿な。今までも料理の味見とかで散々やって来ただろ。


 いや、それだけ蒼が俺を意識してくれるようになったって事か。うんうん、喜ばしい限りだ。でも間接キスって言うなら——。


 立ちあがろうとする蒼の手を、上半身を起こし掴む。反対の人差し指で柔らかな蒼の唇から口紅を少し取り、自分の唇に軽く塗った。


「へへ、これで少しは我慢できそうだ」


 蒼は涙目になり、口をパクパクさせながら何とか立ち上がった。恋愛に関して500年以上のブランクがある俺に、ここまでやられるなんて、ピュアで本当に可愛いなぁ〜。トーマス、今だけは感謝しよう。蒼と本気で付き合わないでくれてありがとう。


「——イテッ!」


 その時、頭の天辺に鈍い痛みを感じ、盛り上がってた気分がガクッと下がった。後ろに立ってるフィンリーを睨む。


「……フィンリーさん、何するんですか」


 フィンリーは手刀をヒラヒラさせながら俺を見下ろし、睨み返した。


「それはこっちのセリフよ。アオイさんの命はまだ期限付きなのに随分と余裕ねぇ? 確かに散々煽ったアタシにも責任があるかもしれないけど、話が全然進まないじゃないの! ……ちょっと、目を潤ませていつまでも床に座り込んでないで、椅子に座ってくれるかしらぁ?」


 返す言葉も無い。俺は何を調子に乗ってたんだ。慌てて立ち上がり、俺達が椅子から落ちた拍子に溢れたブラックコーヒーを拭く。


「申し訳ありませんでした……」


「あぁぁっ、本っ当に面倒くさい男ねぇ! 有頂天だったと思ったらしゅんとして。毎日これの相手をしてるアオイさんを尊敬するわ……。それで、飲み物は2人共同じので良いの?」


「で、出来たら俺はココアが欲しいです……」


「私は紅茶をいただけたら……」


「分かったわ! 今度は大人しく座っててちょうだいよ!!」


「「はいっ!」」


 シャキッと背筋を正し返事をする。横で蒼も全く同じようにしていた。お互いその事に気付き、2人で顔を見合わせて思わずクスッと笑う。


「……それで蒼は本当に囮役を引き受けるのか?」


「ええ、そのつもりよ。貴方やフィンリーさんにだけ任せて、家でぬくぬく待っているなんて出来ないわ。レイラにひと泡吹かせてやらないと気が済まない!」


 鼻息も荒くそう言い切った蒼を見て、小さくため息を吐く。俺からすれば家でぬくぬくと待ってて欲しいんだけど……。


「……分かった。ただし俺も一緒に行くからな。3日後、蒼が呪いを受けて4日目の夕方にしよう。その日なら仕事が入ってないから丁度良い」


「あら、話が進んでるようね。アタシにも聞かせてくれる?」


 フィンリーからココアを受け取り、3人で作戦会議を再開させた。

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