52話 ブラックコーヒー
遅めの朝食を2人でゆっくりと食べ家を出た。鍵を閉めた蒼に向かって両手を広げる。
「まだ調子が戻り切ってないだろ? フィンリーの家まで抱いて行くよ」
蒼はジトっとした目で俺を一瞥するとそのまま歩いて行く。
「どうせお姫様抱っこでしょ? こんな真っ昼間に目立って仕方ないわ」
ちぇっ、せっかく恋人らしい事が出来ると思ったのに。仕方なく諦め、蒼のペースに合わせてゆっくり歩く。手を繋ぐ事だけは介助目的だと言い張ってどうにか許してもらえた。
「お邪魔しまーす」
フィンリーの家に到着し、戸口に立てかけてあるドアだった物をどかして、中へ入ろうとすると蒼が首を傾げた。
「……ところでこれは何? 前に来た時はこうじゃなかったはずだけど」
うぅ、訝しげな目でこっちを見ないでくれ。目を合わせたら最後、間違いなく問い詰められる気がして、蒼の視線から目を逸らす。それでも俺の視線の先へ回り込んでくる蒼を避けてると、フィンリーが出て来た。
「気が動転しまくった不死の王に引きちぎられたのよぉ〜。まったく、朝一番で押しかけて来られて悲しみに浸ってる暇も無かったわ」
それを聞いて蒼はサァッと青くなり、俺を流し目で見るフィンリーに頭を下げた。
「私のせいで大変なご迷惑をおかけし、申し訳ありませんでした。ほらっ、譲二さんも頭を下げて!」
「へっ? ……あっ、すみませんでした」
「この件が片付いたら直してちょうだいね。だけど、良かったぁ。聖水でかなり回復出来たみたいね。貴女が目を覚さないって聞いてたし、不死の王も別人みたいになっちゃうし、心配してたのよぉ」
「そっ、そんな事より蒼を連れて来ました。お風呂の準備は出来てますか?」
蒼にジトっとした目を向けられ慌てて付け足す。
「……その節はご心配をおかけしました」
「ふふっ、バッチリよ。アオイさんは日夲人だから霊峰富二山から湧き出た聖水にしておいたわ。バスルームまで案内するわね」
「わぁ、ありがとうございます。……ですがその前に差し支えがなければ、リチャードさんにご挨拶してもよろしいですか?」
「あら……ごめんなさいね、リチャードはヴァンパイアハンター仲間の病院で、火葬の順番を待っているところなの。あの子ならそれを望むと思うから。でもありがとう。あの子もきっと喜んでるわ」
「ヴァっ、ヴァンパイアハンターなんかにリチャードを預けて大丈夫なんですか!? 手荒な扱いを受けたりは……」
リチャードについて俺からは何も言うまいと思ってたのに、思わず口をついて出た。
「大丈夫よ、あの人も変わり者だから。……リチャードの事を思ってくれてありがとう」
フィンリーは無理やり気持ちを落ち着かせるように、大きく息を吸い込み話を続けた。
「貴方がアタシ達のために精一杯の事をしてくれたって理解してるし、ましてや悪くない事くらい分かってるのよ? でも気持ちの整理が付かないの。いつか必ず謝るから、それまで待っていて」
本当は謝罪なんていらないと言いたかったけど、俺がそう言ってはフィンリーが前に進めなくなるんだろう。
「分かりました。その時はリチャードの墓参りをさせてください」
「ええ……。さあっ、アオイさんをバスルームまで案内するわね!」
「はいっ、よろしくお願いします」
バスルームへ向かう蒼とフィンリーを見送る。そう言えば聖水って産地とかあるのか。意外にも奥深いんだな。今回の使い道も相まってなんか温泉みたいだ。てっきり教会とかで聖なる力を込めて作ってるのかと思ってた。
そんな事を考えてるとフィンリーが戻って来た。
「アオイさんお風呂に入ったわ。その間にアタシ等はレイラ コリンズ退治の打ち合わせをしましょうか。貴方にも手を貸してもらうからね」
「もちろんです」
「良かった、こっちよ」
リビングへ向かって歩くフィンリーの背中に向かって呟く。
「それはそうと、蒼の前で朝の話はあまりしないでもらえるとありがたいんですが……。俺の本性は知られたくないんです」
「ギャップがあってそれはそれで良いと思うんだけどねぇ? 誰にだって色々な顔があるものよ」
何だよ、朝と言ってる事が違うじゃないか。早くいつもの俺に戻れって言ったのはお前だろ? まあ俺はフィンリーよりかなり大人だから何も言うまい。
「何か飲む? 紅茶にコーヒーにココアにレモネード……あっ、ミルクもあるわよ」
「……コーヒーをブラックで」
ミルクと言った時のフィンリーのニヤリ笑いが何だかムカついた。家ではいつも砂糖とミルクたっぷりのココアを飲んでるけど、フィンリーに子供扱いされるのはなんか癪だ。
「あらぁ、コーヒーを選ぶなんて流石ね。丁度美味しいドリップのがあるからそれにしましょう」
あっ、ヤバい。見栄でついブラックコーヒーを頼んじゃったけど飲めるか? あれ苦くて酸っぱくて苦手なんだよな。
「どうぞ」
ああ……ブラックコーヒーが出て来てしまった。ちょっと期待したけど、砂糖もミルクも出てこない。諦めてひと口飲む。うぅ、香りが良いから飲めるかもと思ったけど、やっぱり苦い。
「ねえ、レイラコリンズの住処って知ってる?」
「昔のなら知ってますが、十中八九違うでしょうから知りません」
「そうよねぇ、それなら時間はかかるけど住処を調べ上げるしかなさそう」
「それだと時間がかかりませんか? 誘き出すって手もあると思いますけど」
「そうすると相対するのが必然的に夜になるでしょ? こっちが不利になるの。逸る気持ちはよぉく分かるわ。だけど冷静になってちょうだい」
「は、はい……。ですが蒼に残された時間は増えたと言っても1ヶ月あるか無いかです。なるべく早く退治しないと」
「それなら私が囮になるしかないわね」
後ろを振り返ると、悪巧みをしたような表情の蒼が頷いていた。




