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不死身のチキン 〜ミイラだった最強の吸血鬼は現代社会でささやかな幸せを手に入れたい〜  作者: 甲野 莉絵
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49話 黒い薔薇

『アオイ サトウ殿へ。私の物に手を出した礼として、お主に3日で死に至る呪いを贈ろう。私の血で拵えた特別製だ、感謝して受け取るがいい。ただし律儀なお主が、我が婚約者殿を礼として私に返すならば、寛大な私からもそれ相応の見返りを用意しよう。アオイ サトウ殿へ明るい未来が訪れる事を祈って、レイラ コリンズより。追伸、花束は我が婚約者殿と共に楽しんでくれ』


 ──蒼があと3日で死ぬ?


 頭では理解できても心が拒絶する。俺があの時レイラを逃したせいか? いや待て、俺の自由と引き換えで蒼の命は助かる? それなら何を迷う事がある。腰を上げると、蒼は俺の腕に縋り付いた。


「行かないで! だから見られたくなかったのに」


「俺がレイラの所へ行けば蒼は助かるんだぞ。だから離してくれ」


「いいえ! 譲二さんは、黒い薔薇の花言葉を知ってる? “あなたはあくまで私のもの”、レイラはそう思っているのよ? 約束を反故にする可能性だって充分にあるでしょ?」


「でも助けてもらえる可能性だってあるだろ? 呪いは基本、その通りの効果を及ぼすし、掛けた本人以外解けないんだ」


「それはこのカードを開いて呪いを受けた瞬間、直感的に悟ったわ。でもお願い、行かないで。私は譲二さんの事が好きなの」


 俺の事が──好き? ……いやいや、変な期待で無駄な時間を使っちゃダメだ。蒼は俺を行かせないため方便を使ってるに違いない。今の『好き』は、ドライフルーツへの好意と同じジャンルってところだ。


「あのねぇ……貴方鈍そうだから言っておくけど、愛しているって意味よ。間違えないでよね」


 蒼がため息を吐きながら再び俺の肩にもたれかかって来た。


「へっ? 俺の事が──好き? ドライフルーツと同じじゃなくて?」


「……ドライフルーツ? それはよく分からないけど。気付いたら貴方の事が好きになっていたの。もちろん貴方が雲の上の存在だと分かっていたし、種族も違うから諦めようと思ったわ。だけどこの気持ちは全然消えてくれないの。それどころか一緒に居るうちに、どんどん好きになって行く始末──」


「俺もだよ!」


 恥ずかしそうに語る蒼のいじらしい表情を見てるうちに耐えられなくなり、思わず蒼の言葉を遮り両手で肩を掴んだ。


「えっ? …………本当に? 慰めなら要らないわ。レイラと随分仲良さそうにしていたように見えたけど。抱き合ってキスしているのを見た時の私の気持ちなんて、想像出来ないでしょう?」


 傷付いた表情で愛想笑いを浮かべる蒼の手を握る。


「嘘なんかじゃない! 俺も前からずっと蒼の事が好きなんだ。あれはレイラの嫌がらせで、俺の本意じゃなかった」


「ふぅん」


 不貞腐れた様なその姿が愛おしくてクスッと笑うと、蒼はますますむくれてそっぽを向いた。


「ごめん、ごめん。蒼の好きなところならいくらでも言えるぞ。まず優しいところだろ? それからツンデレで照れ屋なところは可愛いし──」


「わっ、私だって!」


 目をぎゅっと瞑った蒼が俺の声を遮り、両手を大きく振りながら叫ぶ。


「のほほんとした雰囲気は一緒にいて落ち着くし、それに……ああっ!! やっぱりダメね、最後くらい素直になろうと思ったのに、これでは全然伝わらないわ」


 蒼が精一杯気持ちを伝えようとしてくれてる事は、充分伝わってきて凄く嬉しい。だがそれと同時に心がずんと重く沈み、涙が溢れた。照れ屋な蒼が胸に秘めてた想いを必死に伝えてるって事は、それだけ自分に迫った死期を感じ取ってるって事だろう。


 その証拠に蒼は肩で息をして、座ってるのもやっとな雰囲気なのに無理して笑ってるのが分かる。頬の赤みが無く顔は青ざめてるし、額には大粒の汗が浮いていて、確実に蒼の体は呪いに蝕まれているのを実感させられた。


 ああダメだ、涙が全然止まらないな……。鼻を垂らし、涙でぐしゃぐしゃなカッコ悪い顔を見られたくなくて、顔を背ける。


「あっ、嘘じゃないのよ! 恥ずかし過ぎて頭で思った通りの言葉が出てこないの。譲二さんの好きな所は、これでもかと言うほど思い浮かぶんだけど……」


 バツが悪そうな表情の蒼がゆっくりと俺の顔を覗き込んできた。袖口で涙を拭いて大きく鼻をすすり頷く。


「分かってる、充分伝わってるよ。でも……最後とか言うな」


 蒼が両手でそっと俺の顔を包む。その手はひんやりと冷え切っていた。


「もう、泣かないで。私まで泣けてくるじゃない……。しょうがないの、実際に貴方をレイラから奪っているんだから。最後の思い出に抱きしめるくらいしてくれても良いんじゃないの?」


「うぅ…………嫌だぁ。レイラの所へ行くからそんな事言わないでくれ……」


 ここで素直に抱きしめたら、蒼が本当に手が届かない所へ行ってしまいそうな気がする。首を横に振ってると、蒼が俺の背中に腕を回しながら呟いた。


「ええー、私の事を好きだと言ったその口でレイラの事は言わないで。私はね、残された時間を譲二さんといつも通り笑って過ごしたいの。さもないと貴方がレイラの側に付いたって、フィンリーさんに連絡しちゃうわよ?」


「それでいい、それでいいからぁ……」


「もう……情けない人ね。私が居なくても大丈夫。貴方は他者を思いやる心があるし、やる時はやるのにちょっと可愛らしい所もあって、おまけにとびっきりのイケメンなのよ?」


 蒼が言おうとしてる事は嫌でも予想がつく。首をブンブン横に振ると、蒼があやすように俺の背中を優しくポンポンと叩いた。


「自由でさえいれば貴方を心から愛してくれる人が絶対に見つかるから。まあ、貴方が見かけによらずこんなに立派な体をしていると、他の誰かに知られるのは癪だけど」


「蒼以外そんな人は現れないよっ!」


 線が細く柔らかな蒼の体に、ほとんど反射的に腕を回した。好きな子と抱き合うと一体感と言うか、心安らいで幸せに包まれた感覚になる。だが落ち着くシャンプーの匂いはしても、心地良いあの体温が感じられない。


 ああ……せっかく蒼と思いが通じ合ったのに、こんなのあんまりだ。掠れる声で嬉しそうに笑う蒼は、ほとんど体に力が入ってない。


「ふふ、こうして貴方を独り占めしながら逝けるんだったら悪くないわね。ただ人工血液の研究を完成させられない事は心残りだわ」


「じゃあ! じゃあ、俺がレイラの所へ行くから、蒼は研究を続けてくれよぉ……」


「ふふ、私だって譲二さんを守りたいの。私のほんの数十年の命のために、貴方が途方もない時間レイラに飼い殺しにされるなんて、想像するだけで耐えられない。そうやって生き永らえても、私はちっとも幸せになれないわ」


「分かった……レイラの所へは行かない。でも俺は蒼がいなくなった世界に耐えられないよ。レイラに復讐したら、蒼の後を追う」


「そんな事言わないの。優しい譲二さんに復讐なんて言葉は似合わないわ。貴方の好ましい部分がレイラのせいで無くなってしまうみたいで嫌。それに貴方は死にたくなくて、大学から逃げてここに来たんでしょ? 私が生かしたようなところもあるわ。簡単に死ぬなんて言わないで」


「うぅぅ〜そんなのずるいぞ。俺の生きる意味は蒼と一緒に幸せに暮らす事だ。蒼がいてくれないと意味が無いのに……」


「ふふ、貴方に貴方らしく生きてもらうためなら、私はいくらでも狡くなるわ。光栄な事にレイラにとって私は姑息な手を使っても排除したい存在よ。そんな私が譲二さんの心の中で生きて居座り続けるんだから最高の仕返しにな……るで……しょ」


「──蒼っ!? 嘘だっ……蒼ぃ!!」


 どんなに呼びかけても蒼が返事をしない。背中から蒼の腕が、力無くずり落ちていく感覚を感じた。

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