47話 吸血鬼化
「リチャード!?」
ピクピクと痙攣するリチャードにフィンリーが駆け寄る。どれだけ揺さぶっても、声をかけてもリチャードの反応は無い。
「ねえ、リチャード、リチャードってば! 突然どうしたのよ!?」
フィンリーが呼びかける間もリチャードは痙攣を続け、歯をガチガチと鳴らし始めた。もしかして痙攣してるんじゃなくて震えてるんじゃないか?
リチャードの頬に触れてみる。……やっぱり冷たい。ん? リチャードから微かにレイラ血の匂いがする。俺の服にレイラの血がかかってるから、今まで気付かなかったけど。
じ、じゃあ唐突に倒れて震え始めるこの状態って、まさか──。
「やっぱり首筋に噛み跡がある……。リチャードは吸血鬼化してるんだ! 俺が催眠術で止めるので、フィンリーさんはどうにかしてリチャードを拘束してください!」
俺がそう言ってる間にも、リチャードの顔色はどんどん悪くなり犬歯が伸びていく。
「イヤッ! 嘘よ、嘘……」
フィンリーは涙を浮かべながら首を横に振るばかりだ。吸血鬼化した人間が元に戻れないのを知ってるのだろう。突然身内がこんな事になって狼狽える気持ちは分かる。けど今は時間が無いんだ。
「このままだとリチャードが血を求めて暴れる事になりますよ! 催眠術は相手に意識がある状態で目を見ないとかけられないんです。俺が片手間に押さえると、力加減を間違ってリチャードを苦しめてしまうかもしれない。早くしてください!」
フィンリーは黙って頷くとリチャードを座らせ、後ろから自身の手足を回し拘束する。その直後、リチャードは意識を取り戻した。
予想通り錯乱状態のようだ。声にならない唸り声を上げ、血走った目で周りを見回す。フィンリーはその様子を見て手足に一層力を込めた。
さっきまで憎まれ口を叩いてたリチャードの変貌ぶりは、見てるこっちが苦しくなるくらいだ。俺なんかよりフィンリーの方が何倍も辛いはずだよな。
リチャードの前にしゃがみ、顔を手で押さえて目を覗き込みながら催眠術を掛ける。……あれ、効いてない? そうか、元から催眠術が掛けてあったから、このタイミングで吸血鬼化したんだ。いかにもレイラがやりそうな事だ。
強めの催眠術を上掛けして……。レイラの催眠術を弱める事が出来たらしく、正気に戻ったリチャードは俺を見て身じろぎした。
「うわぁっ、きゅ、吸血鬼っ! ……あれ、不死の王サンじゃん。なーんだ脅かすなよ。そんな目をして、何があったわけ?」
リチャードはフィンリーに拘束されてる事に気付き、訳が分からないといった表情をした。
「は? 叔母さんまでどうし──そうだった。俺は吸血鬼に……」
フィンリーはリチャードの拘束を解き、肩をガシッと掴んだ。
「ねえ何で!? 何があったのよ?」
リチャードはバツが悪そうな表情をしながら、人差し指で頬をぽりぽり掻く。
「俺、失敗したんだ。夕暮れ頃、叔母さんが仮装コンテストの手伝いに行くからって一旦別れただろ? その直後にレイラ コリンズを見つけてさ、ラッキーって思って後を追ったんだ」
もしかして蒼との待ち合わせ場所へ向かってる最中にすれ違った時か? きっとそうだ。俺に気付いてない様子だったし。
「でも俺の尾行はバレてた。建物の角を曲がった所で待ち伏せされててさ、うっかり催眠術を食らっちゃったわけ。そしたら体が思うように動かなくなって無理矢理血を飲まされて……」
「もう! 何でアタシに連絡しなかったのよ!?」
「だって、そんな大物を俺1人で捕まえたら大手柄だ。そしたら俺を弟子にして育てた叔母さんは、人を見る目があるって事になるだろ? 今、叔母さんが仲間内で立場が微妙なの知ってたからさ……」
リチャードがちらっと俺を見た。まさか俺のせいで……? 間違い無い、俺を見逃してる事でフィンリーの立場が悪くなるなんて、簡単に予想出来るじゃないか。どうしようも無い事ではあるけど……。
「もしかしなくても、俺のせいですよね? 知らなかったとは言え申し訳ありません」
2人の重い沈黙が何よりの肯定なのだろう。そうか、目の前の光景は俺がいたから……。
「グッ……お、叔母さん、俺を殺してくれ。『私と会った事は忘れ、花火を合図にヴァンパイアハンターを殺せ』ってあの女の命令がまだ生きてるんだ。強い吸血鬼に逆らえないって、話で聞いた通りなんだな。……俺が俺じゃなくなってくみたいで怖いよ」
フィンリーはリチャードをぎゅっと抱きしめる。
「ダメっ、そんな弱気な事を言ってはいけないわ。普通に会話出来てるじゃない。元に戻る方法があるかもしれないのよ」
「叔母さんだってそんなの無理って知ってるだろ! 不死の王サンのおかげでどうにか話せてるだけだ」
リチャードがフィンリーを突き離す。大きく吹っ飛ばされたフィンリーを見て、リチャードは自分の力に狼狽えてるようだった。だがフィンリーが手を擦りむいて血が出てても立ち上がり、恐れる事なく近付いて来る姿を見て、後退りながら大きく首を振る。
「あっ、ああっ……こ、来ないでくれ! 今だって叔母さんから美味しそうな匂いがしてたまらない。命令にもどうにか背いてるけど、ちょっとでも気を抜くと心の中の吸血鬼に、意識を乗っ取られそうなんだよ」
「でも殺すなんて……。不死の王、貴方なら──」
フィンリーが俺の方を向いた瞬間、リチャードはフィンリーの腰から銀の短剣を引き抜き、自身の胸に突き立てた。
「リチャードッ!! ああっ、イヤよっ。どうしてこんな……」
フィンリーはリチャードの胸に刺さった銀の短剣を引き抜こうと力を込める。だがどんなに引っ張っても抜ける事は無く、むしろズブズブと深く食い込んで行ってるくらいだった。
「抜くなよ、こうするしか無いんだ。ああ、だいぶ楽になった。でもこれで即死しないなんて……ゴフッ…………本当に俺は人間じゃなくなっちゃったのか……。なぁ叔母さん、最後に頼みがあるんだ」
「何でも聞くわ。だから最後なんて言わないで……」
口から血を吐くリチャードを、フィンリーが抱き上げる。リチャードはフィンリーの腕の中で悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「泣くなよ叔母さん。化粧が落ちる……ぞ。俺の代わりに……レッ、レイラ コリンズを退治して欲しいんだけど…………そんなんで大丈夫……かよ?」
「もちろん直ぐにレイラ コリンズはあの世に送り込むわ!」
フィンリーが涙をポロポロと溢しながら、ガクガクと頷く間にも、リチャードの力が無くなって行くのが目に見えて分かる。
「そしたらあの世の入り口でさ……あの女を待ち伏せしっ…………して……ザマァ見ろー、あんなに威張ってたくせに、俺達に負けたなぁー……って指差して笑ってやるんだ」
掠れながらもどこか力強く感じるリチャードの声を、フィンリーは一言も聞き逃さないように聞いている。
「なぁ……心の中の吸血鬼ッ……ゲホッ…………に最後まで負け……なかったんだから笑って……くれよ」
フィンリーは涙を拭き、ぎこちない笑みを浮かべ、リチャードの頬にキスした。
「ええ、ええっ、貴方は凄い子よ! 吸血鬼に打ち勝ったわ! それにあの女は貴方と同じ場所になんて絶対に行けない。だからお願いよ……」
「へへ……最後ま……で駄目な甥っ子で……ご……めん…………な」
「いいえ! 貴方はアタシの自慢の甥っ子で、立派なヴァンパイアハンターよ」
それからしばらくフィンリーは動かなくなったリチャードを抱きしめていた。泣き腫らしたフィンリーの顔は見てて痛々しい。だがその腕の間から覗くリチャードの顔は、得意気に笑ってるように見えた。
「……あのー、結局何のお力にもなれなくて、本当にすみませんでした。ですがここは冷えます。リチャードのためにも場所を移しませんか? ね……?」
そっとフィンリーの肩に手を置く。
「触らないで! ……どうして誰も彼も謝るの? 吸血鬼の顔なんて見たくない! 金輪際アタシの前に現れないで。さっさと消えてちょうだい。……消えなさいよッ!!」




