45話 居場所
「やめろッ! 離せッ!!」
「何だ、せっかく私と口づけ出来たと言うのに、お主は嬉しくないのか?」
「黙れ。蒼っ、違うんだ……」
パッと背中を向けた蒼に、俺の声が届かないだろう事は分かっているが、それでも弁明した。声が掠れてまともに出ない。
レイラを振り解こうと腕を掴み、顔を引っ掻き、足を蹴飛ばし、肩を突き飛ばす。女だからと加減していては、体に絡みついたような両腕は振り解けない。
おもむろに離れたレイラは頬から垂れた血をペロリと舐め取り、凄みのある表情で俺を睨み上げたが、知ったこっちゃない。
蒼の方へ手を伸ばしかけたその時、首筋に鋭い痛みを感じ、生臭い匂いが辺りに立ち込めた。レイラに噛まれた……?
「──ッ! 何をするっ!!」
血をだいぶ失ったらしく、頭がクラクラするうえ、手足の先が冷たく痺れる。まだどうにかなりそうだが、早いとこ蒼に人工血液をもらわなければ……。
レイラはニヤリと笑いながら血の付いた口元を舐めた。先ほど俺が付けた頬の傷がもう治っている。こんな往来のど真ん中で、しかも吸血鬼の血を吸うなんてこの女、正気か? いや、忠告を受けていたのに迂闊に近付いた俺にも落ち度がある。
「あの味気ない血を早く取りに行った方がいいのではないか? これであの血液提供者に私を紹介する口実が出来たなぁ?」
以前、蒼の研究室から人工血液が盗まれた事があったが、犯人はレイラだったのか。蒼をレイラと合わせるなど論外だ。とりあえずここから引き離し、目的を聞き出さないと。それに今は蒼の所へは行きづらい。レイラの手を取り、仮装コンテストの会場から離れるしかなかった。
「ほう逢引きとは、お主も中々大胆な事をする。だが、雰囲気がまるで無いうえに力み過ぎだ。私の指を握り潰すつもりか? あの女の手は随分と頑丈に出来ておるのだな?」
レイラはそう言いニヤリと笑いながら俺の指に指を絡める。
「ここは人通りが多い。私が良い場所へお主を案内しよう」
レイラの指を外そうともがくと、いっそう強く握られた。血を吸われたせいかレイラの力を強く感じる。
「こうしてみて初めて知ったが、一見細く見えるお主の指も存外ゴツゴツしておるし、手も大きいのだな。あの女も同じような事を日頃感じておるのかのう?」
この女、俺が蒼に片思いしていると分かったうえでやっているのか? クソッ!! ありったけの力でレイラの手を振り払う。
「突然どうした? お主から手を握って来たのだろう?」
「何故ここまで俺や蒼に固執する? お前の目的は人工血液なのか?」
「私の目的は我が婚約者殿、お主の血だ。あの女や、味気ない血など要らぬ。だがそうだな、あの女はお主の物、そしてお主とお主の物は全て私の物だ。お主が従わぬなら今後もあの女を突き回すとしよう」
「例えレイラでも蒼を傷つける事は許さない」
「おお怖い、怖い」
「だが、蒼に手を出さないと誓うなら俺の血を提供する。だから大人しく引いてくれないか? ヴァンパイアハンターに後をつけられている事くらい、お前も分かっているだろう?」
「ああ、ここで一戦交えるのも面白そうだなぁ? お主等は勝ったつもりでいるようだが、我等もお主等の事を把握しておるのだからな?」
この余裕を感じる反応は何だ? まさかヴァンパイアハンターの中に、レイラの信奉者が紛れ込んでいるのか!?
およそ300年前にこの女は退治されたはずだとフィンリーは言っていたが、生きて俺の前に立っている事自体がそれを証明するかのようだ。
「冗談だ。私とて、もう討たれるのはこりごりだからな。純血の吸血鬼同士、私と共に暮らさぬか? 人間とは変化する生き物であり、我らとは生きる時間も違うのだ。ここはお主のいる場所ではない。お主も私と共に来い」
確かに人は変化する。だが、年月と一緒に経験や知識、その時々の感情を積み重ねて変化して行くものだと思う。俺は蒼の善き友人としてその変化を見守り続けたい。
「だとしても俺は行かない。お前だけで逃げてくれ。俺には蒼が作る人工血液が必要だ。分かったならもう行け」
「後で吠え面かいても知らぬぞ!」
そう叫びながらレイラは屋根に飛び乗り、夜の闇へ消えて行った。一瞬遅れて後を追うように、数人の人影が物凄い速さで駆けて行く。その中にはフィンリーとリチャードの姿もあった。




