42話 メイクアップ
マフラーを外し、トートバッグに詰め込んでるとフィンリーが囁いた。
「んもぅ! ああいう時の交換条件は『もう一回キスしてくれたらやっても良い』でしょぉ? どうして人工血液を強請ってるのよ!?」
「そっ、そんな事言える訳無いじゃないですか! 俺だって吸血鬼なんです。血を強請るのが普通です」
「はぁ〜、とんだヘタレねぇ。不死の王の名が泣くわぁ〜」
とりあえずフィンリーのぼやきを無視して蒼に尋ねる。
「……俺は何に着替えればいいんだ?」
「これ。貴方が元々着ていた物をフィンリーさんが再現してくれたの」
「分かった。…………えっとフィンリーさん? 俺、今から服脱ぎますよ?」
「ええ、貴方良い体してるんでしょ? 目に焼き付けなくっちゃ。ほら、いつでも良いわよぉ〜」
「い、嫌ですよ。後ろを向いててください!」
「はぁ〜減るものじゃ無いでしょうに」
蒼とフィンリーが化粧道具の準備を始めると、俺も着替えを始めた。ふとした疑問をフィンリーの背中越しにぶつけてみる。
「どうしてフィンリーさんが仮装に協力してくれるんです? ま、まさかこのままミイラに戻して展示しようとか!?」
「あらぁ、それも名案だけどアタシは貴方を灰にする事は出来ても、ミイラには出来ないの。一目で良いから肖像画通りの貴方が、動いてる姿を見たいと思ってたのよ」
「ねえ、着替え終わった? そしたらウィッグネットを被って、次はカラーコンタクト」
蒼が差し出したのは真っ赤なカラコンだ。赤毛のウィッグとか、この服とか本当に良く出来過ぎてて、ひとりぼっちで仕方なく血を啜ってた頃に戻って行くみたいだ。
「それは要らないだろ。肖像画で見た俺の目、青かったよな?」
「吸血鬼と言えば赤い目でしょ。イメージ戦略も優勝する為には大切なの。今の色も貴方らしくて良いけど、赤い目も綺麗だったわ。血のようなルビーとは違う──そう、夕焼け空みたいな」
「……分かった、着ける」
「ふふっ、すっかり手綱を握られちゃってぇ〜」
急いでるらしいから、今の発言は聞かなかった事にしといていてやろう。急いでカラコンをつけ替えなくては。
「今日は随分早く出来たわね。記録更新じゃない?」
「だろ? だいぶ慣れてきたからな」
「はぁ? 5分近くかかってなかった? まったく、とんでもないヘタレねぇ……。はい! 次はお化粧、チャチャッとやっちゃいましょう」
フィンリーは俺の顔に何かを塗りたくり、鉛筆で瞼をなぞり始めた。
「……ちょっと、プルプルしないでちょうだい。ああ、怖いのね。大丈夫よ〜目に入れないよう気をつけるから」
「こっ、怖くなんかないです!」
「ちょっと、動かないでくれるかしらぁ?」
……言いたい事は山ほどある。けど毎朝これをこなしてる女性って凄い。素直に尊敬する。
「はい完成。ここまで元が完璧だと子憎たらしいわねぇ〜」
うっ、うぅっ、見事に顔色が悪くなってる……。人間だった頃と見た目はすっかり変わってしまったけど、変わらず血色の良い肌は気に入ってたんだ。
「おおー凄い、確かに譲二さんなのに吸血鬼な雰囲気になっていて不思議です」
「でしょ? 血色の良い吸血鬼なんて居ないものねぇ?」
さっきまでここに居たよ! でも化粧の力って凄い。目力が強いあの肖像画みたいになってる。口紅は赤すぎる気がするけど。そうか! 元祖ジョージも化粧してたんだ。だから同じ顔なのにあんなにキリッとして見えたんだな。
「それじゃあ、アタシは先に会場へ行ってるわ。またね〜」
それからウィッグを被り上着を着ると、鏡の前で怖い表情のイメージトレーニングをしながら、蒼が片付けを終えるのを待った。
*
久しいな、天の声だ。時はほんの少し遡る──。
ハロウィンイベントで賑わうテプンルバーの歩行者天国を、屋根の上から見下ろす者達がいた。
「レイラ様には久方ぶりの狩をお楽しみいただく予定でしたが、とんだ邪魔が……。申し訳ございません」
「良い良い、気にするでない。確かに先程までは小癪なヴァンパイアハンター共にムカっ腹が立っておったが、ちょっとした手土産を仕込んで来てやったからな。今は愉快な気分だ」
その時、下で小さな騒ぎが起き、レイラの部下はそちらの方へ目を向けた。
「レイラ様! あの方が現在のジョージ様です」
2人の目線の先には、蒼を抱き上げ走るジョージがいた。レイラは目を丸くする。
「なっ!? ……た、確かにあやつのようだが、何だあの容貌は! 全くの別人ではないか」
「はい、私も初めは我が目を疑いました。ですがこの偉大な気配は間違えようがございません」
「ところであやつは一体何をしておる? まさかあの人間と契約を結んでおるのか? それでは飽き足らず召使いの真似事までしおって。情け無い……」
「大変申し上げにくいのですが、恐らくジョージ様は、あの血液提供者の女性に恋をしておられるのでしょう。ここ暫くはあの女性の家に住み、共に出掛け仲睦まじく過ごす様子を確認しております」
「堅物なあやつが恋をするだと!? 所詮私の物の癖に何たる生意気さだ。だが確かにあのキラキラした雰囲気は、そのように見えぬ事もない。こうなれば後をつけて確かめるのみだ。報告ご苦労だった」




