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不死身のチキン 〜ミイラになった最強の吸血鬼は現代社会でささやかな幸せを手に入れたい〜  作者: 甲野 莉絵
脱出

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4話 50年前

 久しいな、天の声だ。


 ジョージも自分語りをしている様だから、少し時を遡り奴がミイラとして発見された時の事を見てみよう。あの出来事は何度思い返しても傑作だ。


 その日は雨も無く空気が澄んだ良い夜だった──。


 夜空に輝く星に負けないくらい目をギラギラと輝かせた男4人が、鬱蒼と茂る山間に佇む古城の扉を押し開く。



 ギイィィィィィッ。


 コツコツ……。



 古く重たい扉が軋みながら開く音と、複数の足音が城内こだまする。朽ち果てる1歩手前のしんと静まり返った古城の明かりは、割れた窓から差し込む月明かりだけ。良く言えばムードがあり、ありのままを言えば埃っぽく陰気と言ったところか。


 この城はかつてこの辺りを治めていた領主が住んでいたとされる場所、つまりジョージの城だな。その城が何故この様な惨状になっているかと言えば、今から遡る事約550年前にジョージが忽然と姿を消して以来、廃城と化していたからだ。


「1975年〇月〇日、我々はケリー伯爵の城に足を踏み入れる。消失したと思われていた文献を発見し苦節3年、やっと彼の居住地跡を突き止め州の許可も得た。いよいよ貴重な遺物と相対する時が来たのだ!」



 カチッ。


 コツコツ……。



 蜘蛛の巣を手で払いながら歩く4人の男は考古学者だ。


「……録音はこんな感じでいいか。それじゃあ手分けして発掘に当たってくれ。暗いし瓦礫も転がってんだろうから、足元に気をつけて作業してくれよ。それから細かい情報をメモすんのを忘れんな」


「「「はいよー」」」



 この城の最上階にある棺桶の中で横たわるジョージが考古学者達の足音に気付いた。しかし侵入されるまで眠っていて気付かないとは……つくづく間抜けで見ていて飽きないな。


 ここからのジョージが慌てふためく様子は……ククッ、奴には悪いが笑いを禁じ得ない。皆様にはいつも通りジョージの心の声でお送りするとしよう──。







 今は朝か? 昼か? それとも夜か? ここは真っ暗だから、起きたばかりじゃそれすら分からない。そんな事を考えてた間に話し声や足音が散らばって行く。侵入者だ。


 くそー、無断で他人の城に上がり込んで、しかもズカズカ歩き回りやがって。不法侵入だぞ!


 ……って、あれ?? 体が動かない。それに口の中があり得ないくらいカッサカサで声も出ない。えっ? ええぇぇぇーーっ!?


 よ、よし一旦落ち着いて自分の体に何が起きたか考えよう。と言っても俺が知ってる情報は、たかが知れてる。ちょっとひと眠りして起きたら体が動かず、声も出なくなってた。それくらいしか無い。


 も、もしかして金縛り? あれって確か霊的なのが起こすって聞いたぞ。それだったら吸血鬼の俺の身には起きないよな? そうだよな?


 いやいや、それじゃあ何で俺はこうなってんだよ……。結局振り出しに戻ってしまった。


 頭を抱えたくても手が動かない、叫びたくっても声が出ない。軽くパニックになりかけたその時、また侵入者の声が聞こえた。


「おーい、こっちの部屋に棺桶があるぞー!!」


 ヤバっ、侵入者が来てたのをすっかり忘れてた! ヴァンパイアハンターだったらどうしよう……。もしかして変な術とか道具とか使われてたり?


 くそっ!! まさか俺はここで死ぬのか……?


 その時、視界がほんの少し明るくなった。もしかして侵入者が棺桶の蓋を開けたのか? あっ、目で光は感じれるみたいだ。それに考えてみれば耳も聞こえてる。感覚は残ってたみたいで少しホッとした。俺の顔の真上で声がする。


「おっ、おお!? ……レコーダー、レコーダーっと」



 カチッ。



「今日は喜ばしい記念日となることだろう。何とジョージ ケリー伯爵は自身の城でひっそりと息を引き取っていたのだ! 今から遡る事500年前、突如として目撃情報が途絶え、その行方については学者の間でも様々な議論が交わされてきた」


 ちょっと待って。俺、死んでだの? 意識はあるけど……これって幽体離脱的なやつなのか? 幽霊の仲間入りしちゃった? いや、背中が棺桶に当たる感覚はあるから生きてるはずだ。


 それに500年前だって? そういえば、さっき1975年って言ってたよな。……嘘っ俺、500年も寝てたのか!? ……いやいや、そんな馬鹿な~。


「だが我々の発見をもってその議論に終止符が打たれるだろう。このミイラがその証拠だ! 保存状態は素晴らしく、文献に残された資料とも髪の色、おおよその身長、服装など特徴が合致するのだ!」



 カチッ。



 ミイラ? えっ、どこにあるの?? ミイラと添い寝してるとか俺、嫌だよ?


「よしっ、録音完了。みんなー、一旦手を止めてこっちに来てくれ! ケリー3世と思しきミイラを発見した!!」


 そういえば俺、ケリー伯爵って呼ばれてたな……。もしかしてミイラって俺の事なのか!? ……いやいやいや、そんな馬鹿な〜。


「綺麗にミイラ化してんなー。でもさケリー伯爵って3代共に似た見た目してたよな?」


 同一人物ですから〜。


「まあまあ、聞けって。1世はペストの脅威から領地を守っただろ」


 そうそう、人間だった頃にテレビで見た特集の内容を、なんとなく覚えてたから対処出来たんだ。街を清潔にして、猫を飼って。でも俺の領だけ無事だったから俺が病を流行らせたって噂されたんだよな……。


「2世は他領の侵攻から領地を守り通した」


 寂しくて猫に話しかけてたら、獣を使役してる吸血鬼だって言われて侵攻を受けて、遂に正体がバレたかと思ったけど、言いがかりだったってやつな。俺の事を恐れてる領民に認めてもらうためにも頑張ったよ。


「じゃあ、3世は何をやった?」


「えっと……」


「だろ? パッと思い付かない。1世と2世は領民にとって英雄だろうから、きちんと埋葬されてると思う」


 そう言えば俺、自分の葬式2回も出したっけ。


「こんな陰気な城の中から見つかるなら3世以外居ないだろ?」


「だが文献が散逸してる以上、確証はないだろ? まぁそれでもこのミイラがケリー伯爵家3代の当主のうちの1人には違い無いか。この赤い宝石が付いたブローチは、文献に載ってたケリー伯爵家の家宝と特徴が一致している」


「こりゃ良い考古学的資料になるぞ!」

 

 何? 赤い宝石のブローチって俺が付けてるやつじゃん!うおーーー!!! 焦りたくても声が出ない、動けない。……あっ、もしかしてそれってミイラになってるからなのか?


 いやいや、納得なんてしないぞ。俺はミイラじゃなくってどちらかと言えば干物だろう。うーん、でも干物よりはミイラの方がまだかっこいいか。ってそうじゃない、納得したら俺がミイラって事になっちゃうからな。


「よしっ! 棺桶ごと運び出すぞ。“1、2の3”の3で持ち上げるからな」


「「「了解!」」」


「1、2の──3!」


 うん……棺桶が揺れてるのを感じる。認めたく無いけどやっぱりミイラって俺の事なんだな……。ちょっとひと眠りのつもりが、500年経ってて俺はミイラになっちゃったらしい。これだから吸血鬼の体は嫌なんだ!

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