39話 嵐が去った後
出しっぱなしだったティーバッグやお菓子の袋を片付け、マグカップを無心で洗ってると、蒼がクッキーと煎餅が乗った皿を持って来た。
「ごめんなさい。貴方が私を友人として大切にしてくれているのは分かっていたのに、ついカッとなってきつい言い方をしてしまったわね」
「いや、俺こそ蒼の言い分も聞かずに勝手に話を進めてごめん。いつも俺を信じて味方でいてくれてありがとう」
「いいえ、私が好き好んで勝手にやっている事だから気にしないで。クッキー置いておくわ。残り少ないし食べちゃって」
「……俺、マグカップ洗ってるから食べさせてくれたら嬉しいな」
「はぁ!? しょ、しょうがないわね……。ほら、口を開けて」
腰を屈め、蒼が差し出すクッキーを口に入れる。へへっ、洗い物をしてて良かった。でも嬉し過ぎて味を感じないや。
「もう1枚ちょうだい」
「はいはい」
クッキーを差し出しそうとする蒼と目が合い、ふと疑問が湧いた。
「そう言えばさっきは何で怒ってたんだ? 言ってくれれば今度から気をつけるからさ」
「……別に怒ってなんかないから!」
蒼はそう言うとクッキーを皿に戻し足早にキッチンから離れて行く。
「え、ちょ……どこ行くんだ? クッキーは?」
「洗濯物が終わってるだろうから干しに行くの! それくらい洗い物が終わったら自分で食べて」
「待ってくれ〜」
あっ、あっ……手があわあわで蒼を追いかける事が出来ない。突然また不機嫌になってどうしちゃったんだ? 何で怒ってたか聞いたからだよな?
もしかして蒼も俺と同じ気持ちで“婚約者”状態のままでいたいとか? だとすると相当無神経な事を言いまくった事になるけど……。いやいや、俺の事を好きとかそんな馬鹿な〜。
蒼はツンデレで照れ屋なところが可愛くて、優しいし行動力があって努力家だ。そのうえ、小動物のような愛くるしさがある。実家が金持ちなのにそれを感じさせない雰囲気は間違い無くモテるだろう。
片や俺は見てくれは抜群だけどそれだけだ。しかも人間ですらない。そんな俺が蒼と釣り合うはずがないよな。考えるだけで虚しくなる。何で怒ってたかは聞かない方が良い事なんだろう。
そう結論付けてモソモソとクッキーをつまむ。……バニラエッセンスの匂いがきついな。味は良いのにもったいない。
クッキーが乗ってた皿を洗い、昼食を作る事にした。俺は腹が減らないから、いつもは昼に何か食べる事は無いんだけど、蒼がいるからな。どんな材料が残ってたっけ……。
よし、クラブハウスサンドでも作るか。あれならそこまで難しく無いけど、見栄えが良いからご機嫌取りにもなる。下ごしらえも大方済んだ頃、蒼がリビングへ戻って来た。
「ねえ、貴方さえ良ければなんだけど……ハロウィンの日、一緒に回らない? 勿論嫌だったら断ってく──」
「嫌じゃない! 一緒に行こう。あっ、でもその日は日中に仕事が入ってるから、夕方からになっちゃう。やっぱり蒼は友達と、日中に回った方がいいんじゃないか?」
「ええー、私も日中はメアリーさんに頼み事をされてるから丁度良いんだけど。何で夕方からじゃ駄目なの?」
「日が沈めは仮装した人の中に本物の吸血鬼が紛れる可能性があるだろ? 蒼には催眠術が効かないとは言え、危ないから家にいた方が安全だよ」
「……その表情、やっぱり分かっていないのね」
「分かってないって何が?」
「私は貴方とハロウィンイベントを楽しみたいのっ!! メアリーさんの手伝いだって貴方の為にやっているのに。貴方は危険な時に私を守ってくれないの? ……もう知らないっ!」
不貞腐れた様な表情でリビングから出て行こうとする蒼の肩を慌てて掴む。
「ま、待ってくれ! 俺の為って本当か?」
「ええ、そうよ! 今更知らない人が入居してくるくらいなら、私は貴方と暮らしたいの。……あ、勘違いしないでよね、元日本人の貴方はシェアメイトとして理想的だし、目の保養にもなるからよ。分かった?」
「う、うん」
俺と暮らしたいから蒼は頑張るのか? 嬉しくて泣きそう。もちろん蒼の事は全力で守るけど、世の中何があるか分からない。神様が居るかは分からないけど、全力で祈ろう。どうか、どうか蒼の身に何も起きませんように。




