34話 これから
「ただいま」
家に帰ると蒼が笑顔で迎えてくれた。だが全身ずぶ濡れで赤く爛れた状態の俺を見て、心配そうに近寄って来る。
「えっ、火傷しているの!? 初出勤だってあんなに張り切っていたのに何があったのよ?」
「大した事じゃない。気にしないでくれ」
貧血でクラクラするし、蒼の声が少し遠くで聞こえる気がする。治らない回復に体力を使い過ぎたらしい。
焼けるような痛みに顔を顰めながら上着を脱いでると、蒼が手伝おうとしてくれた。ダメだよ気軽に男の着替えを手伝おうとしちゃ。蒼は無防備過ぎるんじゃないか?
それに蒼のうなじから目が離せなくなってる。柔らかな肌の向こうにうっすらと見える血管がとても魅力的に感じられ、間近で嗅ぐ蒼の匂いに思わずゴクリと喉が鳴る。今すぐその首筋に齧り付きたい。
「ねぇ、本当に大丈夫?」
……俺は今、何を考えていた!? さっき見た自分の凶暴な顔が頭にちらつく。やっぱり吸血鬼が人と暮らすなんて無理だったんだ。
「──俺に近付かないでくれ! この家から出て行く事にしたから。これ後で温めて食べて。冷めちゃったけど濡れてないと思う」
俺がここにいてはいけない。蒼にパブのお土産を押し付け、ドアノブに手をかけると手首を掴まれた。
「待って! いきなりどうしたの? 私は貴方の気に触る事をした?」
蒼の匂いに頭がクラっとして、慌てて手を振り払う。
「触るなっ!! とにかく俺は出て行く」
蒼はパブのお土産をテーブルに置くと静かに事情を聞いた。
「本当に何があったの?」
蒼の優しさに涙が滲む。
「……うぅ〜、頼むから俺に近付かないでくれ」
ドアに背中を付け、ズルズルとしゃがみ込む。蒼に言いたくない、嫌われるのが怖い。でもそれ以上に、空腹を満たすためなら蒼をも簡単に傷付けてしまいそうな俺自身が怖かった。正直に話せば蒼は俺を怖がって近寄らなくなる……か?
勇気を振り絞り全てを話すと、蒼は呆れ顔で俺の手を引いてリビングへ向かった。
「やめてく──」
「いいからっ! ここで待っていて。逃げたら承知しないから!」
蒼は大きなため息を吐きながらリビングから出て行く。暫くして戻って来たその手には人工血液のパックとタオルが握られてた。
「今日出来たの。とりあえずこれを飲んで」
人工血液のパックを俺に押し付け、思い切り良く濡れた服を脱がせ始める。
「聖水を浴びせられているのに、何故人間の私の助けを借りようと思えない訳? 私を襲わない為に外で他の誰かを襲うつもりだって言うなら、フィンリーさんに通報するわよ? 私は私の意思で貴方を匿っているの。だから生き物としての本能に負けた貴方に襲われても仕方ないかもしれない。でも他の人は違うでしょ?」
「うわぁー! 下は、下は自分脱ぐから見ないで……」
蒼の迫力に気押されてされるがままになってたけど、上半身の服を脱がされジーンズのホックに手をかけられたところで正気に戻り後ずさる。
「質問はまだ終わってない! 逃げるとしたら国外に出るしか無いだろうけど、住むあてはあるの? 第一にヴァンパイアハンター2人くらいなら、簡単にねじ伏せられるんじゃないの? それなのにどうしてそんな状態になっているのよ?」
「だ、だって人を襲う凶暴な吸血鬼にはなりたくなかったんだ……」
蒼は大きなため息を吐く。
「……まあ、現状貴方がここに住んでいるとまでは、知られていないんでしょ? もしフィンリーさんに見つかってしまったら、貴方の長所を交えて説得してみるわ。だからさっさシャワーを浴びて来なさい!」
「う、うん」
何も言い返せず、大人しく脱衣所でジーンズと下着を脱ぐ。シャワールームのドアを閉める瞬間、蒼の小さな「私と住む為に頑張るんじゃなかったの?」と言う呟きが聞こえた。
うん、全力を尽くすよ。本当はずっと蒼と一緒にいたいんだ。
*
あれから一度もフィンリーに会う事無く気付けば半月が経ってた。別に引き篭もってた訳じゃない。家で使う食材やらの買い出しへ日中に出かけて、夕方から仕事へ行っていた。
これだけ普通に生活しててもフィンリーに会わずに済んでるって事は、もしかして日頃の行いが良いから奇跡でも起きてる? もちろん罠かもしれないけど、気にし過ぎてもどうしようもない。
それから嬉しい事がもうひとつ。職場のパブは客入りが増えたらしくメアリーさんが嬉しそうだ。妻の機嫌が良いと自ずとショーンさんの機嫌も良くなる。
もしかしたら俺が家を追い出される可能性は、かなり低くなったんじゃないか? おまけに来月からは給料も上がるらしいから、万々歳だ。蒼に何かプレゼントでも買おうかな?




