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不死身のチキン 〜ミイラだった最強の吸血鬼は現代社会でささやかな幸せを手に入れたい〜  作者: 甲野 莉絵
同居人を目指して

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32話 初出勤

 ここ1週間血を飲めていないせいか俺は貧血気味だ。ダリブン大学にある蒼の研究室が何者かに荒らされ、保存してあった人工血液が盗まれたらしい。


 でも実験途中の物は無事だったから、蒼が急ピッチで人工血液を作ってくれている。蒼の研究にあまり支障が出てなければ良いんだけど。


 当の蒼は目をキラキラさせて「新たな知見を得られるかも!」と言ってるくらいだ。やる気充分でホッとしたけど、少しくらい俺にもそう言う目を向けて欲しい。


 そんな中だけど、今日はメアリーさんが経営するパブへの初出勤日だ。まあどうにかなるだろう。初出勤で遅刻したら目も当てられないから、蒼を見送ってから直ぐに準備を始めた。


 この体は極端に代謝が悪いからなのか、髪や爪や髭などが伸びるのが人間よりかなり遅い。手入れが要らず、金も掛からず、しかも元々整ってる良い体だ。最近少しづつだけど自分の体が悪くないと思えてきた。


 日光は日焼け止めと日傘で太刀打ち出来るし、牙も口を大きく開けなければ見えない。目だって興奮して赤くならないように気を付ければ良いだけだ。


 仕上げにマフラーでも口元を隠し、腕時計を手に取る。へへへ、両方とも仕事が見つかったお祝いに、蒼に古着屋で買ってもらった俺の宝物だ。そっと腕時計を手首に巻いて、コートを羽織り家を出て日傘をさした。


 ……おっと忘れちゃいけない、鍵を掛けなきゃな。ウォルシュ夫妻からこの家の鍵を渡された。まだ正式なシェアメイトじゃないけど居候でもなくなったんだ。


 テプンルバーにある職場へ向かって歩く。催眠術を使わずウォルシュ夫妻に認めてもらえるように頑張らなくては。そう思うと気力が湧く。目指せ蒼との正式なシェアメイトだ!


 正直レイラの信奉者とフィンリーがうろつく近くで働くのは怖い。でも純血の俺がちょくちょくテプンルバーへ行けば、レイラの信奉者への抑止力になって、被害者が減るかもしれない。俺ってヒーローみたいだなぁ。


「こんにちは! 今日からこちらで働かせていただくジョージ ケリーです。よろしくお願いします!」



 *



「お疲れ様でした!」


 若干人寄せパンダにされてる気がしたけど、初仕事は大成功と言って良いと思う。だって料理の余りをもらえたくらいだ。蒼も喜んでくれるかな? 


 よーし、貰った料理はまだ温かいから超特急で帰ろう。人目に付かないように通りを何本か曲がった先の路地から……って、うわぁ。カップルが抱き合ってる。とりあえず見なかった事にして大通りへ戻るか。


「見ぃーたぁーなぁ?」


「お、俺は何も見てない! 邪魔者は直ぐに立ち去るから」


 だが男は見逃してくれなかった。手を掴まれ、暗い路地裏へ連れ戻される。


「見られたからには、このまま返す訳には行かない」


 ヒィィィ! そんなに怒んなくてもいいじゃん。確かに良いところを見ちゃったけど、別に悪気があった訳じゃない。それに外でイチャイチャするなよな、家でやれ、家で。俺なんて蒼と抱き合いたくても出来ないんだからな!


 ん? でもこの男から微かに血の匂いがする。体に染み込んで取れないようなこの匂い、こいつ吸血鬼か? この辺にいたって事は大方レイラの信奉者だろう。そんな事を考えてると、吸血鬼の男がガバッと跪いた。


「この気配とこの辺りで見かけない顔。仲間から聞いた容貌と同じだ……。ジョージ様、大変なご無礼をお許しください!」


 うわっ、バレてる……。って言うか跪くのをやめてくれ。貴族スマイルを取り繕い、早急に立ち上がってもらう。


「気にしてませんから、顔を上げてください」


「おお、何とお優しい……。そんな貴方様に警告がございます。どうかレイラ様にはご注意ください」


 ん? この口ぶり、もしかしてこの吸血鬼の男はレイラの信奉者じゃないのか?


「ええと、元々私からレイラに会うつもりは無いので、その心配は無用ですよ?」


「いいえ、貴方様の血を狙っておられるのです。不調に苦しんでおられるあの方は、部下の1人を襲い、吸血鬼の血ならば体調が良くなると気付かれた。ですから不調を直す薬として、より濃い貴方様の血を狙っておられるのです」


「……貴重な情報を教えてくれてありがとうございます。ですが何故レイラを慕っているはずの貴方が、レイラの不利になる情報を私に?」


「私はあの方が恐ろしくなったのです。ひょっとしたら我等の中に流れる、あの方ご自身の血液を回収し不調が和らいでいるだけかもしれない。いつかあの方も、その事に気付いてしまわれるかもしれないでしょう?」


 確かにレイラの性格なら信奉者の血を吸い尽くして、調子が良くなったらまた信奉者を増やせばいいとか考えそうだ。俺が頷くと吸血鬼の男は話を続けた。


「ハロウィンのイベントに紛れ、あの方自ら街中で狩をするつもりのようでした。出会してしまわぬように念の為、警告をさせていただいた次第で、モガッ──」


 ここへ近付く足音に気付き、慌てて吸血鬼の男の口を塞いだ。大通りからここへ続く路地へ入っても店は無く、この先は行き止まりだ。地元の人はそもそも入らないだろうし、観光客もわざわざここまでは来ないだろう。


 だから真っ直ぐここへ来るって事は……ああっ、やっぱりこの足音はフィンリーだ。


「シッ、静かに!! ヴァンパイアハンターが来るぞ!」

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