31話 大家さんとのランチ2
ん……? そう言えば玄関でショーンさんに挨拶した時、緊張のあまり本名を名乗ってた。俺ってこの辺りではそれなりに有名だから、偽名だと思われたのかも。もしそうならどうにか出来そうだ。
「ええと……元々ジョージと言う名でして、親が再婚した影響で偶然この名前になりました。決して吸血鬼などではありません」
多少嘘っぽいけど、“事実は小説より奇なり”とか言うくらいだ。これで疑念が晴れたか?
……いや、そんな事は無さそうだ。ショーンさんは相変わらず鋭い目でスッと俺を見据えた。部屋は暖かいのに寒く感じる。
「そうか、それでは昼食が出来るまで腹を割って話しをしよう。……アオイさんとは上手くいっているようだが、馴れ初めは? 君はアオイさんの事をどのように思っているのかね? それからその口調も無理しているのだろう。私の前だからと肩肘張らず、君らしく話してくれて良いのだからね?」
こ、怖い、まるで腹の内で何を考えてるか分からない京言葉みたいだ。ショーンさんの声のトーンに視線、もしかして俺は蒼を弄ぶ詐欺師とでも思われてるのか? 悔しいけどその可能性は充分あり得る。
蒼はウォルシュ夫妻を第2の親同然に思ってると言ってた。それは目の前のこの人も同じな気がする。ウォルシュ夫妻は、トーマスが出て行った理由を聞いて大層ご立腹だったらしい。
そこへ仕事もしてない俺が現れた。自分で言うのもなんだけど、俺の見た目はピカイチだ。ショーンさんからすれば、さぞ胡散臭い男に見えるだろう。ここは慎重に答えないと、本当に催眠術を使う事になりかねないぞ。
やっぱり誠実さアピールは必要だよな。嘘は良くないけど──。
『先程は否定しましたが、実は吸血鬼です。蒼と出会った時、私はミイラ状態で蒼の血を啜ろうと襲いましたが負けました。蒼の事が大好きで、今はヒモをやってます』
なんて口が裂けても言えない……。うわぁ、どう言ったら1番良いんだ? その時、ふわふわしたグレーヘアーのふっくらしたおばさんが現れた。ポテトサラダが載った大皿を持っている。
「ショーン。そんな意地悪な聞き方をしたら彼が可哀想よ。ジョージ君だったかしら? こんにちは、私はメアリーよ、プリンありがとうね」
慌ててメアリーさんに会釈する。MAXだった俺の緊張は、メアリーさんの柔らかい笑顔を見てだいぶ和らいだ。でもショーンさんは未だ眉間にうっすらと皺を寄せたままだ。
「お前は黙っていてくれ」
「あら良いのかしら? 彼の話をするときのアオイはずいぶん柔らかい声をしてたわ。トーマスの時は無かったくらいね。何より彼に私の好物を教えたのはアオイなのよ。それだけ彼を応援してるって事でしょ?」
蒼ぃ〜本当ありがとう。大家さんの圧に負けて催眠術を使わずに済むように俺、頑張るよ。
「うぐ……それは初耳だぞ」
「それはアオイから電話を受けてるのは私なのに、人の話を良く聞かないで誰かさんが勝手に『私が見定めてやる!』って空回ったからいけないの」
「だ、だがアオイさんがこの男に騙されている可能性も充分あるだろう? 私はアオイさんが心配なんだ」
俺を指差すショーンさんの目はまるで『こんな見た目だけの男』と言わんばかりだった。
「それならこうしましょう。彼には私のパブで働いてもらって、その間あの家に住まわせる。そしてアオイと私で彼の人柄を見定めるの。あなたは彼を信用出来ない、私はアオイを応援したい、そして彼は仕事を探してる。ウィンウィンでしょ?」
「だがアオイさんと同棲させれば、それこそこの男の思う壺ではないか? 言葉巧みにアオイさんを言いくるめる可能性だってある」
「私には彼が貴方に虐められる可哀想な青年に見えたけど? きちんと話せはするけど、詐欺師のような言葉の巧みさは感じられないわ。それにアオイだって大人よ、本人が望むのなら私達が過度に口出しすべきでは無いの」
「……分かったよ」
メアリーさんって凄い。どんどん話をまとめていく。俺としては蒼と一緒にいられて、働けるなら万々歳だけどメアリーさんがやってるパブってどんなだろう? 願わくば料理にあまりニンニクを使ってないと良いな。
*
久しいな、天の声だ。その晩、例のアンティークショップでレイラの部下達が、催眠術をかけた人間6人を差し出していた。レイラが毎晩、欲望のままに人間の血を吸い尽くしていては、警戒されいつかはヴァンパイアハンターに狙われる事となる。
そう危惧したレイラの信奉者達は、レイラを外出させず、纏まった人数の獲物を連れ帰る事にしたのだ。
だがレイラの喉の渇きは決して治る事は無い。何故ならその原因は、粗悪品の銀の矢から剥がれ落ちた破片が心臓に残っているからだ。その為レイラは不調と言う程でもないが、絶えず体が怠い状態に悩まされていた。
「ご苦労。だが獲物を生かさず殺さずと言うのはつまらぬ……」
「おいたわしや……。しかしレイラ様のお耳を楽しませる事が出来ればと、ジョージ様の情報を掴んで参りました。どうやらあの方は血液の提供者の女を捕らえておられるようなのです」
「それしきの事、特に不思議ではなかろう? あやつも私と同じ純血の吸血鬼なのだ、その見た目で女を誑かすなど造作もなかろうて」
ジョージが生臭物が苦手な事をレイラとその信奉者達は知らない。
「確かに私でもクラっとする様な魅力がございました。しかしそうでは無いのです。その女が提供しているのは普通の血ではなく、人工血液なる物でございます」
「人工? 人間が体内で作り出す血液とは異なると言う事か? ふむ、どこか特別感を感じるな」
「はい、私も詳しくは判りかねますが、その女が研究施設で作っているようなのです。いやぁ、ジョージ様もヴァンパイアハンターに追われる事を疎ましく感じておられるのですね。狩をする労力も必要ありませぬし、誠ジョージ様は賢くていらっしゃる」
「戯け! 私にその事を報告する暇があるならば、その人工血液とやらを取ってこぬか!」
「ははっ、大至急取って参ります!」
「──いや待て。お主、近こう寄れ」
レイラは近付いて来た部下の肩を掴み、その首筋に牙を立てた。突然の事にその部下は抵抗できず、みるみるうちに萎れ動かなくなってゆく。その場にいた他の部下達に緊張が走る。レイラはその様子には気付かず、萎びた部下を放り捨て目を輝かせた。
「おお、おおっ! 一瞬ではあったが今確かに体の不調が薄らいだぞ! やはり吸血鬼の血でこの不調は治る。人工血液の話を聞いて思いついたのだ。何故今まで思いつかなかったのか不思議なくらいだぞ。元人間の血でこれなのだ、混血、いや純血の血ならば或いは──」
この件を機に、レイラの下から離れる吸血鬼達が現れる事となる。




