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不死身のチキン 〜ミイラだった最強の吸血鬼は現代社会でささやかな幸せを手に入れたい〜  作者: 甲野 莉絵
蘇った婚約者

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29話 夜の空中散歩

 俺達は物音を極力立てないよう、閉館のアナウンスが流れる館内を、逃げるように先へ進んだ。息をする事も忘れ、足早にミュージアムショップの前を素通りして博物館を出る。すぐ外の人気の無い物陰に隠れて初めて、大きく息を吐く事が出来た。


「俺だってバレてたかな?」


「……他にも肖像画とか貴方の容姿が分かる物ってあるの?」


「肖像画は展示されてた3つだけだ。でも約50年前、発掘された時に考古学者が文献がどうのって言ってた気もする。……うわぁー! やっぱバレてんのか?」


「五分五分ってところじゃない? まだ気付かれたと決まった訳じゃないし、少なくとも貴方がどこに住んでるかまでは知られていないはず」


 そうだよな。大丈夫、まだ詰みじゃない。警察に問い合わせれば、蒼の家は知られてしまうだろうけど、俺が蒼の家に住んでると思われはしないはず。なにせ俺達は磯友達と言う、よく分からない関係だから。


「うおぉームカつく!! フィンリーのせいでミュージアムショップを見る事も出来なかった。楽しみにしてたのに!」


「また後日来れば良いじゃない。……しょうがないわね、気分転換に散歩でも──」


「じゃあ、ちょっと付き合ってくれ! 舌を噛まないように口を閉じてて」


 蒼の返事も聞かずに抱き上げ、地面を勢い良く蹴った。近くの高い塀に飛び乗り、博物館の屋根に飛び移る。今日も夜空には雲が厚くかかってるせいで星は見えないし、月もぼんやりとしか見えない。でもここからはダリブンの市街地の夜景を見渡せた。


 家や街灯の温かな光、店の看板や道路を走る車のカラフルな光。人の目だとビル群は夜闇に溶け込んで見えるだろうから、窓の明かりで建物を認識するんだろう。街中の喧騒は蒼にも聞こえてるかな? 近くのテプンルバーからは陽気な音楽だって聞こえる。


「夜景が綺麗だね」


 蒼を下ろすと案の定詰め寄られた。


「確かにそうだけど、何をするの!? こんな事をして目立ったらどうするのよ? それに今のは……おっ、お姫様抱っこよね?」


 確かに普段のチキンな俺ならやらなかっただろう。少し感情的になって大胆な行動を取った自覚はある。


「大丈夫、誰も見ていやしないよ。ほら、フィンリーが外に出て来た。もし俺が疑われてて、そのまま歩いて帰ったら後をつけられるだろ? 屋根伝いに帰った方が安全だ」


「……婚約者がいたって初耳なんだけど。でも考えてみれば130年だっけ? それだけ生きていれば、確かに婚約者が何人か居てもおかしくはないか」


「おっ、おっ、俺はそんな遊び人じゃない! 男取っ替え引っ替え病の移り気で、冷血な女吸血鬼と一緒にするなっ!!」


「なるほど、婚約者さんも吸血鬼だったと言う訳ね。貴方に会いに来たりするの?」


「さあね、俺達は純血だってだけの理由で婚約者になったらしいから、分からないよ。少なくとも俺は会いたくない」


「ねえ、純血って言う事は、吸血鬼には血統があるの?」


 何で蒼はそんなに吸血鬼の事に興味があるんだよ。うぅ〜、せっかく夜景が綺麗なのに、レイラのせいでムードがぶち壊しでますますムカつく!


「そうだ。純血と混血と元人間の吸血鬼がいる。純血は吸血鬼の親同士から生まれた強い能力を持つ吸血鬼の事で数が少ない。それから吸血鬼と人間の間に生まれたのが混血。純血ほどじゃないけど厄介なのが多い。そして元人間の──」


「人間が吸血鬼に噛まれて吸血鬼になるってやつよね?」


「少し違うな。人間が吸血鬼に血を分け与えられて吸血鬼になるんだ。純血、混血と比べると能力は格段に劣るけど、血を欲するし老いる事も無い。例え元人間でも化け物だ」


「それで貴方は超人的な力を持つ、純血の吸血鬼と言う訳ね」


 蒼がくしゃみをしながらそう言った。カフェを出てそのまま来たから、蒼はジャンパーを羽織ってるだけだ。慌ててコートを脱いで蒼の肩に掛ける。


「ありがとう。借りちゃっていいの?」


「うん、俺は大丈夫だから着てて。寒くなってきたよな? 家に着いたらまた吸血鬼の話をするから、とりあえず帰ろう。上からダリブンの夜景を見ながら帰るのも楽しそうだ」


 夜景を見ながらの空中散歩って特別なデートって雰囲気だろうな。蒼を抱き上げてる間は必然的に腕を絡めてもらえる訳だし。


「確かに夜景は綺麗だけど、私は重いでしょうし……」


 おお〜レイラのせいで話が変な方にズレてたけど、やっと狙い通りになってきた。


「軽い軽い。それにさっきも言ったと思うけど、蒼と一緒に夜景が見たい気分なんだ。落ちないよう──」


 蒼を横抱きにすると『掴まって』と言う前に、蒼は俺の肩にギュッと腕を回した。


「お、落とさないでよね」


 耳元で蒼の声がする。大丈夫かな、俺の顔は赤くだらしなくなってないだろうか。間違えても胸が高鳴ってるとかバレてないよな? 上擦りそうになる声を抑え、平静を装って返事する。


「もちろん。行くよ」


 屋根を蹴って夜風を肩で切りながら、ダリブン市街の上空を進んだ。良かった〜、夜景を楽しんでくれてるっぽい。好きな子と綺麗な夜景を見てるこの瞬間は、間違いなく俺にとって一生の宝物になる。


 あれ、蒼の頬が心なしか赤い気がするな。もしかして寒いのか? ……決して俺を意識してくれてるとかではないはず。蒼の心地良い体温と控えめなシャンプーの匂いを間近で感じるせいか、俺は夜景を楽しむどころではなかった。

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