26話 因果応報?
トーマスのコロンの匂いを辿ってカフェのボックス席に辿り着いた。そこにトーマスの姿は無く、どことなく疲れた様子の蒼と、トーマスのコロンの匂いをうっすら漂わせた、見知らぬ人間の若い女が向かい合って座っていた。
「蒼っ!」
「譲二さん!? なかなか帰れなくてごめんなさい。好きなの頼んで良いから、とりあえず座って」
蒼が無事で本当に良かった。迎えに来てもらえて嬉しかったのか、俺の顔を見て蒼の表情が心なしかほころんだ気がする。言われた通り蒼の隣に腰を下ろし、ホットチョコレートを注文した。
「……で、ここで何してたんだよ? もうすぐ日が暮れるけど、昼過ぎ迄には帰って来るって言ってたよな?」
緊張が解けた反動か、思わず問い詰める様に言ってしまった。蒼は俺の心境を察したのか頭を下げる。
「ごめんなさ──」
その時、向かいに座る女が蒼の言葉を遮り、ずいっと身を乗り出した。
「ええっ! 嘘っ、アオイさんを家で待ってる人ってこのイケメンなの!? 絶対見栄張ってるだけだと思ってたのに。まさか2人は付き合ってるの!?」
ついでに何故か俺の手を握る。な、何だ!? 思わずその手を振り払いかけたけど、すんでのところで踏み止まる。
「い、いいえ、彼は居候、付き合っていないわ」
俺も頷くと女は目をギラリと光らせ、握ってた俺の手に指を絡めた。あまりの押しの強さに口から「ヒィッ!」と出かけたけど、どうにか飲み込む。……って言うか、この声どこかで聞いた気がする。
「それなら私と! 私とお付き合いしませんか!?」
何が『それなら』だ。本当ならその手を今すぐ振り払いたい! でも相手は人間の女、人間の女……よし。
「……ちょっと失礼」
俺はどうにか貴族スマイル取り繕い、丁寧な口調を心掛けて女の手をそっと外し、蒼に日本語で尋ねた。
『“この人は誰?”』
『“トーマスの現在の彼女。警察署から出た所を待ち伏せされて、大事な話があるからってここに連れ込まれたの。思い込みが激しい人みたいで、まだ私がトーマスと関係を続けてるんじゃないかって疑っているらしいのよ。同じ話を何度も何度も聞かされてウンザリしていたところ”』
どうりでこの女からトーマスのコロンの匂いがする訳だ。
『“そっか、蒼も大変だったんだな。さっきは問い詰めるみたいな聞き方をしてごめん”』
目の前にいる女の声、聞き覚えがあると思ったけど、俺がミイラとしてダリブン大学に着いた日、トーマスにナンパされてた女じゃん!
よくも俺の事を『臭そうでシワシワて不気味でキモくて冴えないミイラ』だって笑ってくれたな!! あの恨みは忘れない、お前らの悪口は俺の心を抉ったんだぞ!
それにこの女、おかしいんじゃないか? 蒼をわざわざここに連れ込んだって事は、実際トーマスと付き合ってるんだろう。それなのに俺に告白めいた事を言って来るなんて!
こんな奴なら多少弄んでも許されるはず。決して悪口への腹いせじゃない。そうだ、蒼も迷惑を被ったんだから、多少痛い目に遭わせて傷付く悲しみを知らしめた方が、世の為なんじゃないか?
誘惑してその気にさせてから手酷く振ってやる!!
もう告白までされてるんだ。俺の見た目ならチョロいはず。ハーッハッハ! お前の泣き顔を見るのが楽しみだ!
そうと決まれば──この前スマホで見たモデルを真似て、サングラスを外しながら髪をかきあげ、流し目で女を見る。これでどうだ!
おおっ、効いてる効いてる! 今度は俺から手を握って、目力を込めて見つめる。これはどうだ!
うんうん、効いてる。じゃあ今度は微笑んでみよう。おお〜女の表情がとろんとしてきた。……あれ? 俺が手を握られてる?? まあいいか、続いてはあの表情だ!
「──ひぅっ! あ、蒼何すんの?」
モデルがしてた軽く睨む様な表情を再現してると、蒼に何かで背中をつぅーっと撫でられた。反射的に体がビクンと跳ねる。すごいくすぐったくて、ゾワゾワしたんだけど……。
「いい加減にしなさい。一体何がしたいの?」
そう言いながら蒼が銀の指輪を指にはめ直す。まさかさっき俺の背中をなぞった物は、銀製品だったのか!? 酷い、確かに布を挟めば大丈夫だとは言ったけどわざわざやるか? 俺がくすぐりに弱いって知ってるはずなのに。
あ……もしかして蒼は自分がやられて嫌な事をしてはいけないと言いたいのか? そうだよな、片思いする辛さは身をもって知ってるはずなのに、俺はどうかしてた。真実を打ち明けてキッパリ断ろう。わざわざ期待を持たせて振るなんて鬼畜の所業だ。
「意地悪してすみません。実は私には婚約者がいまして……。だから君と付き合う事は出来ないんです」
うぅ……蒼の視線が痛い。やっぱ言わなければ良かった。でも目の前の女も衝撃を受けた様子だ。蒼からの視線に耐えるだけの効果はあったかな。
「え、ええっ〜? 2人が付き合ってないってそう言う事? まさかアオイさんと婚約してるの!?」
へっ!? 何でそうなるんだ? もしかして俺と蒼はお似合いなのか? ……っていやいや。俺がどうにか首を横に振ると蒼がため息を吐く。
「馬鹿らしくてやってられないわ。貴方がここに居るって事は家に鍵は掛かってないのよね? 私は少し席を外すから」
「ま、待ってくれーー!!」
遠ざかる蒼の背中に手を伸ばしてると、注文したホットチョコレートが届いた。ちょうどいい、甘い物で気分を紛らわせよう。
「熱っ!!」
あんなにフーフーしたのに……。舌を火傷して涙目になってると、女に手を掴まれ指を絡められた。もう嫌だぁ。
「大丈夫〜? 赤くなっちゃって可愛い」
「もう私に構わないでください……」
「ええ〜、やっぱりアオイさんがいいの? でもあの人はおすすめ出来ないな〜。だって州の文化財のキモいミイラを盗んだとかで、警察の取り調べを受けてるんだよ? 私達には到底理解出来ない趣味してるの」
そのキモいミイラは今、お前の目の前に座ってるんだよ! ……なんて言えないから、貴族スマイルを取り繕う。
「私の婚約者は蒼じゃないんです。君にはトーマスが居るはずでは?」
だからその手を離せ! どうにか片手を外すと、もう片手をありったけの力で握られた。
「ヒィッ! た、頼むから手を離してください」
「ふふふ、青くなっちゃって本当に可愛い。見た目によらずうぶなのね。大丈夫、トーマスとは別れるから」
俺は大丈夫じゃないんだ。でも凄い馬鹿力で手が全然離れない。って言うか痛い! 無理やり外す事は簡単だけど、相手が人間の女だと思うとそれも出来ない。
も、もうこうなったら上手く行くか分からないけど、あの手しか無い。自由な方の手で女の顎を掴み、目線の高さを合わせる。
「きゃっ!」
俺の事は忘れて家に帰れ、俺の事は忘れて家に帰れ〜!
次の瞬間、女は俺の手を離して席を立った。どうやら催眠術は成功した様だ。もし失敗してたら……考えるのは止そう。緊張から解放されてテーブルに突っ伏したまま伸びをしてると、蒼の声がした。
「へぇー顎クイなんてしちゃって、貴方も中々大胆ね」
「み、見てたのか!? ち、ち、違う!! あれは催眠じゅ──」
「分かった! 分かったから、声を抑えて」
頷きながらホットチョコレートを飲む。そう言えばもう舌の火傷が治ってるな。どうせなら蒼に手を握って『大丈夫?』って言って欲しかった。
「飲み終わった? それじゃあ私達も行きましょう。ここはまとめて私が払うけど、彼女のパフェ代だけは貴方の借金リストに追加しておくから」
へっ、ここって後払いなのか? よりによってパフェなんて高そうな物食いやがって!!




