25話 帰って来ない
今日も蒼は事情聴取に応じるため、朝食を食べて直ぐに家を出て行った。本当にご迷惑をおかけしてます。昨日フィンリーを見て緩んでた緊張感が引き締まった。ダリブン大学から消えた俺が、ここで息を潜めてるなんてバレたら洒落にならないからな。
しかし今朝渡された俺の借金メモもマズイ、どうにかしないと……。人工血液だって安くないのに、昨日買った服で借金が膨れ上がってた。考えてみればここに置いてもらってるんだから最低限、部屋代と食費は納めなきゃ。
仕事を探すしか無いか。フィンリーに見つかるリスクも高まるけど、俺の所持金は1ヨーロしか無い。家宝の赤い宝石が付いたブローチを換金するって手もあるけど、足がつきそうだからな。このままじゃ本当に最低なヒモ野郎って事になってしまう。後々株で稼ぐにしても先立つ物が必要だ。
だけど1番の問題は俺に戸籍がない事だ。身分を証明出来なければ、銀行口座すら作れない。ケリー伯爵としてなら出来るかもしれないけど、現実的に考えて論外だ。うーん、いきなり問題にぶつかったぞ……。
どこかに無いかな、俺みたいな怪しい奴でもOKなくらい個人確認がガバガバで、夜に働けてあまり人目に付かない都合の良い仕事って。
*
蒼が帰って来ない。昼過ぎ迄には帰って来るって話だったけど、もう日が暮れそうだ。日が沈んだら、昨日行けなかった県立自然史博物館へ行こうって言ってたのに。頼まれてたリビングの掃除と洗濯は終わってしまい、ソファーに座って時計を見てると、どうしても嫌な事が頭をよぎる。今朝見たニュースだ。
テプンルバーで2人目の失血死した遺体が発見されたと言う。
確か警察署への近道はテプンルバーを通るはず。昨日スマホでマップを見た時確認したんだ。蒼の性格なら絶対に近道を通って来るだろう。そして夕暮れになれば、日影の場所くらいは吸血鬼でも動ける。うわぁっ、居ても立っても居られない!
蒼の日焼け止めを塗りたくって、サングラスとコートを手に家を出た。思った通りこの時間の直射日光くらいなら、日焼け止めとサングラスで太刀打ち出来るみたいだ。急いで蒼を探そう。でも市街地を本気で走ったら絶対目立つから、急ぎ過ぎない程度に……くそっ、もどかしい!
昨日の朝ニュースを見た時、真っ先に同族の犯行を疑って周辺にいる吸血鬼について調べてみた。意識を集中させればこの国にいる、吸血鬼全員の何となくの居場所くらいは把握出来る。
そして調べてみると、この近くに俺の婚約者レイラ コリンズが居る事が分かった。あの女が犯人の可能性は充分にある。確か獲物の血は吸い尽くすと言う変なプライドがあったし、レイラなら人を殺しても何とも思わないだろう。
レイラは元祖ジョージと似て、ザ・吸血鬼で豪胆な性格の恐ろしい女だ。俺の事や元祖ジョージの事を気に入ってて、自分の物だとでも思っている風だった。相手の物は全て自分の物、世界は自分中心で回ってると言う考えの持ち主だ。流石の元祖ジョージも、レイラには苦手意識を持ってたらしい。
そして恐ろしい事に、その性格に見合った能力を持つ強力な吸血鬼で、美しい見た目とある種のカリスマ性に惹かれ、レイラには沢山の部下がいた。……いやあれは信奉者と例えた方が正確だ。
博物館に居た時に何度か調べたが、この国に居なかったからてっきり死んだと思ってたけど、国を出てただけだったのか?
俺に婚約者がいる事を知られたくなくて蒼には黙ってた。けど吸血鬼の事を知ってれば、蒼自身多少は用心出来たよな? こんな思いをするなら話しておくべきだったか……。
調べてみればテプンルバーには、吸血鬼がうじゃうじゃいるじゃないか。そしてレイラの存在感は相変わらず強かったけど、変な感じがしたのも気になる。吸血鬼であって吸血鬼じゃない様な……。とにかく嫌な感じがする。
俺としてはレイラはもちろん、同族にも会いたく無いけど、この辺りで人を殺したとなっては話が別だ。ダリブン大学から俺が消えた直後に事件は起きてるんだ。フィンリーには俺が犯人だって思われてるはず。
何より1番嫌なのは、人間の蒼に吸血鬼を判別する事は不可能だって事だ。俺でも街中を歩いてて、例えば今すれ違った奴が吸血鬼かなんて、意識を集中させないと分からないんだ。もし蒼が吸血鬼に会っちゃってたら……ああっ、考えたく無い!
どうにか警察署の前に着いた。かなり薄くなってるけど蒼の匂いがする。やっぱり警察署から出てだいぶ経ってる様だ。参ったな……。
普通なら匂いで足跡を辿れるけど、いかんせんテプンルバーは人が多すぎる。日本人の蒼は体臭が薄いし、いつもシャンプーの控えめな匂いしかさせていない。色々な匂いが混ざり合ったここで蒼の匂いを辿るのは無理だ。他に何か無いか……ん? この匂いはトーマスだ!
アイツなら蒼の行き先について何か知ってるかもしれない。藁にも縋る思いでトーマスのコロンの匂いを辿った。




