24話 企み
ジョージと蒼が眠りについた頃、テプンルバーの人気の無い路地を男が2人連れ立って歩いていた。そのうちの1人、仕事帰り風の男はどこかぼーっとした様子で、もう1人のラフな格好の男の肩を借りている。そんな2人が目指す先は例のアンティークショップだ。
繁華街の喧騒から少しづつ離れ、建物の間から月明かりが時折差し込むだけの、見通しが悪い路地を男達は進む。この辺りは雑貨店が多いためか、今の時間は閉店している店が多く、しんと静まり返っていた。
目指していたアンティークショップへ到着すると、ラフな格好の男は周りを見回し、誰も居ない事を確認してから店の扉を開けた。男が明かりをつけると、店の奥に居た金髪碧眼の美女が眩しそうに目を細める。男はハッとした様子で恭しく頭を下げた。
「申し訳ございません。てっきり狩にお出かけになられているものとばかり……」
その女は膝掛け椅子に腰掛け、足元で跪く病的な老人に腕を回して、首元に顔を寄せていた。年代物のドレスを身につけ、まるでアンティークドールの様だ。
僅かに吊り上がった大きなアーモンド型の瞳と、ツンと伸びていながらも丸みを帯びた鼻は愛くるしい。だがふさふさした長いまつ毛が影を落とす、透ける様な白い肌からは血の気を感じられない。そこがまた、女の人形の様な雰囲気を際立たせていた。いや、形の良い小さな唇だけは違う。血で真っ赤に濡れていた。
そう、この女は吸血鬼であり、昨晩の赤い目の持ち主だ。名はレイラ コリンズ、ジョージの婚約者でもある。
もっともジョージにとって、傲慢不遜な性格で生粋の吸血鬼であるレイラは嫌悪の対象だった。そして長らく仮死状態にあったレイラの事を死んだと勘違いし、彼女の事は忘れる事にした様だ。
婚約者の死に対し多少は不憫に思うが、それはそれで構わないと思っている様子でもある。元々数える程しか会っていなかった事からも、婚約者としての情は薄いのだろう。
レイラは突然入って来た男に食事を邪魔された事が不満なのか、顔を動かさず睨む様に目線だけを上げる。その様子を敏感に感じ取ったこの男はレイラに血を分け与えられ、吸血鬼になったレイラの手下の吸血鬼だ。この男の様な手下は何人もおり、レイラを恐れながらも慕う者ばかりだ。
「誠に申し訳ありません。貴女様のお食事を邪魔するつもりなどなかったのです。直ぐに立ち去りますのでどうかご容赦ください」
男が大変恐縮した様子で、仕事帰り風の男を担ぎ上げ立ち去ろうとすると、レイラは男2人を見て嬉しそうに目を輝かせ、老人を放り捨てた。
「良い、それより美味そうな獲物を連れておるではないか。どれ私が味見してやろう」
男は一瞬言葉に詰まる。するとレイラはつまらなそうに頬杖を突き、眉間にうっすらと皺を寄せた。
「お主は私が血を与えた家族だろう? 家族の物は皆で分け合うものだと、以前も説いたはずだが……。良い良い、気にするでない。お主等は元々が人間故、年月が経つと忘れてしまうのだったな。だが私は寛大だ、故にお主にはこの古い人間を下賜しよう」
この様な事になるならば、外で腹ごしらえをしてくるのだった。昨晩レイラが血液を吸い尽くした男の事がニュースで騒がれており、周りの目を警戒してここまで連れて来た事が間違いだったか。
だが例え昨日の男に催眠術を掛け、レイラの心臓に突き刺さった銀の矢を引き抜かせたのが男自身でも、文句を言えない。それだけ吸血鬼にとって血の濃さによる力の差は大きいのだ。
「貴女様の御心のままに。長き眠りから目覚められた後も、変わらぬ食欲がおありの様で、嬉しく思います」
「うむ、お主等が喜ぶ姿を見るのは良いものだな。しかし銀の矢傷の名残か、未だ満足に動く事すら出来ぬのが現状だ」
「最高の吸血鬼であられる貴女様に、その様な事を言わせるなど……。群れる事しか能の無い卑劣なヴァンパイアハンター共め!」
「これこれ、そう騒ぐものではないぞ。自身の大切なものを失った悲しみがお主に分かるか? 私を私たらしめていた強さ、美しさ、そして誇りを奪われたこの怒りが分かるのか!? 決して分からぬだろう? お主等の様な弱き者の気持ちが私には分からぬ様にな」
ところで皆様も気になっている事だろう。何故心臓に銀の矢を撃たれても尚、レイラが復活する事が出来たのかと。
それもやはり部下達の尽力が大きい。レイラは『力を持てる者はその力を振るってこそ』と言う考えの下、昔から派手に人間を襲い血を啜っていた。純血の吸血鬼であり、危険な思想の持ち主のレイラは、いつの時代もヴァンパイアハンターに目をつけられていたのだ。
そして今から300年ほど前、ヴァンパイアハンター達は、レイラの心臓にクロスボウで銀の矢を撃ち込み、退治する計画を立てた。だが、この計画の存在はレイラ側に知られる事となる。
ヴァンパイアハンターが用意した純銀の十字架を溶かし作られた矢を、レイラ側は銀に混ざり物が多く入れられた物にすり替えた。敢えて計画に乗り、討たれた様に見せかける事にしたのだ。そうすれば、もう狙われる事は無くなる。
とは言え銀でレイラの心臓を貫く事に違いは無い。これはレイラとその部下達にとって一か八かの賭けだった。それだけヴァンパイアハンター達の綿密な計画に追い詰められていた証拠でもある。
そうして両者の計画が実行された結果、レイラは仮死状態となったが運良く生き延びた。残された部下達はレイラの婚約者、ジョージに助けを乞う事にするのだが……。
偶然にもジョージは時を同じくして眠りについていた。そのため、ジョージが目覚めるその時まで部下達は、命が続く限り主人を守り続ける事にしたのだ。だが一体誰が予想しただろう。助けを乞おうとした相手がミイラになり動けなくなるとは。
「ですが今は我等にとって良き世でございます。ヴァンパイアハンター共の数は減り、我等の存在を知る者もほとんどおりません」
「戯け! 我等が息を潜め過ごさねばならぬ窮屈な現状の何処が『良き世』なのだ? 良いか、何人たりとも私が私である事を邪魔させぬ。理解出来たのならば是非、その『良き世』とやらを私にも分かる様ご教授願おうか?」
「も、も、も、申し訳ございません! しかし! しかし、もう間も無く人間の祭りがございまして……」
男の説明を聞き不機嫌な様子だったレイラの表情が明るくなる。
「ほう……ほう! よもやあの祭がその様なものになっておろうとは思わなんだ。褒めてつかわそう」




