23話 服の買い出し
俺と蒼は日が沈むと家を出た。この辺は住宅街らしく、色々な家から夕飯の支度をする匂いが漂ってくる。
「買い物って何処行くの?」
「テプンルバー」
やっぱり……聞いといて良かった。
「なあ、グフラトンストリートにしないか? テプンルバーよりは家から少し離れてるけど、そう時間はかからないだろ?」
「日中私のスマホで何か調べていると思ったけど、そう高級な服をご所望なのね? ……馬鹿な事言わないで! 貴方の服一式揃えなくちゃならないのよ? 後で返してもらうにしても、私のお財布は痛手を受けるの」
違う、高い服が欲しいんじゃない。これじゃまるでヒモ男みたいじゃないか。俺はただ、グフラトンストリートの方がデートっぽいと思っただけだ。
「そ、そんなんじゃない……」
「分かったならテプンルバーの古着屋で我慢して。ブティックになんて行かないからね」
嫌だ、あの女がうろついてそうな物騒な場所なんて。でもテプンルバーが近くにあると言うのは本当らしく、少しずつへ近付い行ってるのが分かる。道は石畳になり、民家が減ってパブがちらほら増えてきた。あぁ〜ニンニク臭い。
「……だけどさ、テプンルバーって今朝、遺体が発見された場所だろ? パブとかもいっぱいあるみたいだし、わざわざそんな場所へ行くなんて危ないよ。まず単純に嫌じゃないか?」
「言われてみれば確かに。それならテプンルバーは空いているんじゃない? 今が狙い目よ。大丈夫、パパっと行って買い物すれば。あれだけ大々的に報道されれば犯人も警戒して、数日は動こうと思わないでしょ? おまけに警察がパトロールを強化しているみたい」
すれ違った警察官を見ながら蒼はそう言った。す、すごい暴論だ。ヤバい、論破されそう。でもテプンルバーが見えるくらいの場所にいる今が、引き返す最後のチャンスなんだ。俺だって負けないぞ!
「この先は危険な可能性が高い事に変わりない。わざわざそんな危ない場所に自ら行く事はないだろ? 俺は蒼の身が心配なんだ」
蒼の肩に手を置く。どうだ、イケメンによる心配の眼差し攻撃は! ……ダメだ全く効いてない、スタスタ先へ歩いて行ってしまった。サンダルに、こんな薄着で腹が見える変な格好じゃ逆効果か。予想はしてたけど蒼は手強い、ちょっとへこむな。
ああ〜、遂にテプンルバーの前に着いてしまった。古い街並みを感じさせる店も多くて、陽気な笑い声や音楽があちこちから聞こえた。石畳にぼんやりと映る街頭の光と、店々の明かりが相まって幻想的でもある。普通に来てたらとても楽しめそうだ。でもこの人混みの中に……気を引き締めなくちゃ。
「何をぼさっと突っ立っているの? 行くわよ」
「待ってくれ〜」
ずんずん先へ進んで行く蒼を小走りで追った。この時間なのに既に出来上がってるのか、ヨタヨタと千鳥足で歩く男や、楽しそうに肩を組んで歌う男達を避ける。それなのに何が楽しいのかヘラヘラ笑いながら近寄って来た。
えっ、えっ、俺に何の用だ!? うわっ、酒臭っ!! あっち行ってくれ! あっち行けっ!!
あれ、酔っ払いが回れ右して店へ戻って行く。この感じ……もしかして無意識に催眠術を使ってた? って言うか俺、催眠術が使えた?? ポカンとしてると少し離れた場所で蒼が手を振った。
「何をしているのー? 置いていくわよー!」
「あっ、待ってくれよ〜」
慌てて駆け寄ると蒼がボソッと呟く。
「もう情け無いわね……守ってくれるんじゃないの?」
「そ、そりゃ守るよ!! 何があっても守る。……けど俺はフィンリーに狙われてるから巻き込んじゃうかも」
「その時はその時よ。逃げるしかないんじゃない?貴方の足ならフィンリーさんに負けないでしょ?」
「そうだけど、フィンリーは銃を持ってる可能性がある。銀の弾なんて撃たれたら死にはしないだろうけど、俺だって痛いんだ。それに目立ちまくるだろうから俺も蒼も、もう人前を歩けなくなるんだぞ」
「えっ、待って。私を連れて逃げるつもりだったの!? そう言う時は普通、私を捨ててひとりで逃げるでしょ?」
「蒼を置いて逃げるなんて出来ないよ!」
俺は思わず叫んだ。……あ、ヤバい。今何処にいるのかを忘れてた。
「兄ちゃんやるねぇ、ヒューヒュー」
「おっ、愛の逃避行か?」
「あたしも連れてってー!」
「ヨッ、色男ー!」
「わしも、もう少し若ければなぁ〜」
は、恥ずかしさで爆発しそうだ……。「ゲームの話ですから」と弁明するのでいっぱいいっぱいだった。
*
蒼は凄い。ずらりと並んだ中古の服を前に優柔不断な俺を見てテキパキと選んでくれた。トーマスが着てた様な厨二チックなのを選ばれたらどうしようと、ハラハラしたけど大丈夫だった。
カジュアル系とトラッド系を中心に、洗い替えも余裕を持たせて選んでくれたみたいだから着回しもしやすそうだ。
蒼が服を選んでくれてる間、俺も暇つぶしに店内をぷらぷらしてみる。ん? これは──。
「蒼っ! これ見て!!」
「ああー、uvカットTシャツね。いいんじゃない? あっ、サイズは合うの?」
試着室を借りてサイズ確認のため、他にも色々着てみる。おお〜やっぱり俺って何でも似合うな。たぶんだけど。
それから紺色のPコートを選んでくれた。吸血鬼の俺は人と比べて、ほとんど暑さ寒さを感じないから、本当は必要無いけど嬉しい。これで蒼の横を歩いても恥ずかしくないな。
会計の時、おまけでサングラスをもらえた。買った服にその場で着替え、元々着てた物を他の買った物と一緒に袋に入れてもらう。そう言えば店員さんは何も突っ込んで来なかったけど、大丈夫かな? 俺、サイズの合わない服を着る癖がある奴だと思われないよな?
靴、靴下、下着を買うため別の店へ向かう。これは流石に新品が良いと頼んだ。
「ほら早く買い物しないと、博物館の中をほとんど見ないで閉館しちゃうわよ」
そっか! どれにしようか迷ってるふりをすれば良いんだ。うーんでも、靴とか靴下とか下着とかどれでもいいからか、本当に悩んじゃうな。
そうして売り場の間を行ったり来たりしてると、見兼ねた蒼が服と同じ様にちゃちゃっと選んでくれた。俺って人間だった頃から見る物を大体まあまあに感じるせいで、決め手にかけて優柔不断だったんだよな。
「もう! 貴方が中々決めないから、博物館の閉館時間を過ぎてしまったじゃない。もしかしてわざとだったの? まあ良いわ、また明日行きましょうね」
確かに半分わざとだったけど、結局明日に回っただけか……。こうなったら覚悟を決めて明日はきっちり蒼に付き合おう。
「う、うん」
店を出たその時、かなり遠くを歩くフィンリーが見えた。初めは博物館への恐怖が見せる幻かと思ったけど、確実に居る。まだ俺達に気付いてはいないみたいだけど、人混みの中近付いて来ていた。
「フィ、フィンリーだっ!」
「ええー?」
訝しむ蒼を物陰に引っ張ってフィンリーを指さす。
「ほらっ、だいぶ離れてるけど本当に居るんだ。気付かれる前に迂回しよう。いや〜今回ばかりは夜目が効く吸血鬼で良かったと思うよ」
「はぁ? ……夜目が効く吸血鬼だから狙われているんじゃないの?」
た、確かに……。ぐうの音も出ないな。




