22話 影の薄い顔
「うわー心霊写真みたい。本当にうっすらとしか鏡に映らないのね」
寝室の鏡台に映った俺の姿を見て蒼は興味深そうに頷いた。確かに影は薄いけど、心霊写真は無いだろー? まあ、俺達吸血鬼もそっち寄りな存在だから仕方無いか。
「それで、どんな髪型にするの? あっ、文化財らしく、元と同じ様に中世の貴族ヘアにする?」
「そんなの嫌だ、もっと今っぽいのがいい!」
ブンブン首を横に振ると蒼がケラケラ笑った。
「冗談よ、どんな髪型にするか選んで。言っておくけどあまり凝ったのは無理だから」
蒼は高校大学とヘアサロンでアルバイトしてたらしく、髪を切った事は無いけど美容師の手つきを見てたから、それっぽい事ができるそうだ。
それを聞くと、やっぱりバッサリいきたくなる。初めは色が違う部分を切ってもらうだけのつもりだったけど、思い切ってイメチェンだ。俺の髪の毛は少しうねうねしてて鬱陶しいから、短く出来て嬉しい! 失敗しても最悪バリカンで丸刈に出来る。
蒼からスマホを借りて、メンズのヘアスタイルを検索する。おっ、出た出た。やっぱ黒髪って良いよな。無くして初めてその良さに気づくって聞いたけど、本当だったんだ。
そっか、英語で金髪男性のヘアスタイル画像を検索すればいいのか。うーん、いっぱい出てくると逆に迷う。俺みたいな色の地毛って珍しいのか? ほとんどが眉毛とか髭は違う色してんるだよな。
……って言うかみんな渋い表情だったりこっち睨んでたり、キメ顔し過ぎだろ。
「どんな髪型にするの?」
「……もうちょっと待って」
どうにか3つには絞れた。でも画像の髪型になった姿を想像しても、いまいちピンと来ない。だって俺の顔って鏡にうっすらとしか映らないから、想像の中でも影が薄くて髪型に負けるんだもん。気を抜くとキメ顔のモデルに持ってかれそうになる。
「ねえ、まだ?」
うわぁぁー決まらない。もういっそのこと蒼に聞いてみるか。
「ごめん、俺の影が薄くてなかなか決まらないんだ……。この3つでどれが良いと思う?」
スマホを渡そうとすると、蒼が何故かプルプル震えてた。そして地を這う様な声で詰め寄られる。
「はぁ!? 影が薄いって何それ、嫌味? 貴方の影が薄かったら、世界中の人殆どが“無”になるっての!」
ヒィィ! こ、怖い。俺の言葉が足りなかった自覚はあるけど、そこまで怒らなくってもいいじゃないか。
「ごっ、ごっ、ごめん……。俺、鏡にうっすらとしか映らないから、頭の中で自分の顔の影が薄いんだ。それでどの髪型がいいのかいまいちピンと来なくて」
俺はプルプル震えながら蒼にスマホを差し出した。
「ふーん? まぁそう言う事にしておくわ。どれどれ……3つとも出来そうね。ちなみに、この髪型はトーマスに頼まれて切った事があるわ。なかなか評判が良かったから貴方もこれにする?」
蒼がスマホの画面を指さす。
「へっ? トーマス?」
……思わず変な声が出ちゃったじゃないか。アイツ、蒼に髪まで切ってもらってたのか? 羨まし──じゃなくて、それで浮気するとか、どんな神経してんだ?
「あー、でも毎朝時間かけてスタイリングしてたから、その写真みたいに維持するのは大変かもね」
なるほど、俺はただでさえ朝が弱いからな。そんな面倒くさいのは無理だ。何よりアイツと同じ髪型なんて、俺は頼まれてもしないぞ! まあ、今の俺ならどんな髪型でも似合いそうだけどな。
「えっと、セットが手間じゃなくってカッコいい髪型がいいな」
「はぁ? そんな都合のいい髪型なんてある?」
そう言いながら蒼は眉間に皺を寄せスマホで検索する。
「……ううーん、これとかどう? ツーブロックのセンター分け。貴方癖っ毛だし、これならどうにかなるんじゃない?」
「うん、それでお願いします」
1時間ほどで散髪は終わった。おお〜スマホで見た通りの髪型になってる。すごい、蒼は髪を切るのが上手だ! 後頭部も……多分バッチリ。なにぶん合わせ鏡で映しても見づらいからな。
でも、あの肖像画はもう少しクールでキリッとした顔をしてた気がするんだけど……。眉毛も整えて貰ったから、かなり似たと思ったんだけどな。まあ髪型と色が違うからだいぶ雰囲気は違うんだろう、気にしててもしょうがない。
今風のヘアスタイルになれただけでも嬉しいけど、頭がかなり軽くなったし、髪を洗うのもだいぶ楽になりそうだ。これで外に出ても恥ずかしくないぞ。
「どう? 俺もイケてるメンズになれたかな? …………あっ、あっ、今のは忘れてくれ」
うぅっ、俺は何言ってるんだ。凄く浮かれてる奴みたいで恥ずかしい……。
「はぁ? 貴方がイケメンか? 高身長で程よく筋肉が付いた体つき、そのうえ艶のあるいい声だし、顔は文句の付けようが無い超絶美形で肌も綺麗、おまけに歯並びまで綺麗だし、長くて上向きのボリュームのあるまつ毛が生えているうえに、髪の毛まで丁度よくウェーブがかかって艶々なのよ? イケメン以外に何があるの!?」
ヒッ! ただ軽いノリで聞いただけなのに、呪文の様な早口の答えが帰って来た。絶対怒ってる……。慌てて首を横に振ると、呆れた表情の蒼に詰め寄られた。
「まだ賛辞の言葉が足りないと言うの? 私達ではとても足元にも及ばない神とでも例えれば満足?」
「ち、違う! 蒼のヘアカットが凄くいい感じだからから浮かれちゃって。その……俺の見た目がいい事は充分わかったから、ごめん……」
「そう、なら良いわ。はいこれ」
蒼に手渡された物は俺の髪の毛の、赤毛の部分だった。ちょっとパサパサしてて年月を感じるなぁ……じゃなくって。
「要らないよ」
「髪を切るのは貴方の意思だから止めはしなかったけど、これは勝手に処分して良いの? 私嫌よ、罰せられるのは。元々生えていた赤毛の部分くらいはせめて保存しておかないと。貴方、自分が文化財だって自覚をもう少し持った方がいいんじゃない?」
「う、うぅ……分かったよ」
何とも言えない気持ちで自分の髪の毛を紐で束ね、蒼が用意したチャック付き密閉袋に仕舞う。何だか自分で自分を展示物として収容してる気分だ。
展示物と言えば……フィンリーどうしてるかな? 今朝のニュースは俺も驚いた。死体が発見されたってだけで、この時代では大騒ぎする事を忘れていた自分に。これも吸血鬼として長く生き過ぎた弊害か?
はぁ、気が抜けない、身を守る為には一層警戒しないとならないな。あのヴァンパイアハンターは俺の事、血眼になって探してんだろうから。もう説得なんて無理だろうな。
本日(12/27)3話分投稿予定で、そのうちの1話目です。次の話は14時頃投稿予定です。




