21話 朝のニュース
俺は俯いて黙々と朝食を食べていた。昨日とは違い俺の分も箸が用意され、蒼と同じ種類の器に盛られてる。嬉しい、けど……。
「何? くすぐった事をまだ怒っているの?」
「……違うよ」
確かに俺はあんな風に笑いたかった訳じゃないけど、馬鹿みたいに笑ってちょっと吹っ切れた。だけど腹が勝手にあのくすぐったさを思い出すせいで、時々だらしない表情になるんだ。こんな顔を蒼に見られたくない。
それに、さっきから蒼の視線が痛い。朝食を食べ進める間、ずっと見られてると流石に気になる。
「……俺の顔に何か付いてる?」
「ええ、形の良い目と鼻と口が」
危うく飲んでた味噌汁で咽せそうになった。もしかして蒼って面食いなのか?
「貴方、蝙蝠だけじゃなくイケメンにも変身出来たのね。おまけに声まで良くなってるし」
「い、いや、こっちが本当の姿なんだ。昨日までまだミイラの状態が残ってたからさ」
蒼は「ふーん」とだけ言うと、朝食を口に入れる合間合間に俺の顔を見つめた。俺の顔に穴でも開けようとしてるのかってくらいの勢いだ。せっかくまた玉子焼きをリクエストして作ってもらったのに、味を感じられない。好きな子に見つめられて嬉しいけど、チキンな心臓がバクバクする。
やっぱり蒼は面食いなのか? ……ヤバい、気を抜くと直ぐに頬が緩みそうになる。
550年前はあまり表情を動かさない様に意識してた。だけどミイラになってからは物理的に表情が動かなくなってたから、すっかり表情のコントロールが出来なくなってる。とにかく、だらしない表情にだけはならない様、気を付けよう。
気を取り直して俺も蒼の顔を見つめてみた。前から可愛いとは思ってたけど、今朝は蒼が一層輝いて見える。
ぷっくりした小さな唇、もぐもぐと動くほんのりピンク色の頬、鼻は高くないけど丸みを帯びてて形が良い。そして賢そうな印象を受ける瞳からは、好奇心の色が見て取れる。
あ、目が合った。ただでさえバクバクしてる胸が更に高鳴る。ウインクなんてしてみたら蒼はどんな反応をするんだろう?
ダ、ダメだ恥ずかしい! 口から心臓が飛び出そうになって思わず目を逸らす。うぅ、3秒もたなかったな……。
下ろした髪にまだ化粧していない顔は、蒼を少し幼く見せた。トーマスもこのあどけない姿を見てたのだろうか……?
何だか胸がザワザワしてきた。相変わらず蒼からの視線が痛いし。……そんなに見つめられたら勘違いしそうになるじゃないか!
「ねえ、日が沈んだら出かけない?」
「……へっ?」
出かける……と言う事は蒼と一緒に街中を歩く!? ま、ま、まさかこれはデートのお誘いなのか? ああ、元の姿に戻れて良かった!
……いや待てよ、蒼にとって俺はただの居候、これはデートじゃない。静まれ、浮ついてた俺の心。
「出かけるって何処へ?」
「貴方の服を買いに。今着ている物は明らかにサイズが合っていなくて、みっともないでしょ? ここに住むつもりなら、大家さんに挨拶をしてもらわないと。隠しておくのもそろそろ限界」
「外に出ないようにするし、どうしても出る時は夜中だけにするから。それでもダメか?」
「貴方のその見た目は危険よ。うっかり女の人に見られたら絶対に噂が広がるわ。そしたら私が家を追い出されかねないの。大家さんにアポイントを取っておくから、その時に着る物を買いましょう。あ、もちろん今日の買い物分は、しっかりつけておくから」
「確かに……蒼に迷惑は掛けられないな。分かった」
「それから、買い物が終わったら県立自然史博物館へ行きたいの。貴方と肖像画を見比べてみたいし、貴方も自分がどんな場所で、展示されていたか気にならない?」
は、博物館!? 蒼の言葉に俺の胸の高鳴りが別のものに変わる。嫌だ、行きたくない! 俺はブンブン首を横に振った。
「大丈夫、髪色も変わっているし誰も文化財のミイラが、その辺を歩いているとは思わないでしょ? お願い、貴方がどんな場所で展示されていたのか興味があるの」
俺の事に興味が? ……いやいや、そうだとしてもやっぱり博物館には近付きたくない。でも居候の身としてここまで言われると、行きたくないとは言いにくいな。
「……蒼が俺の髪の毛を切ってくれたら、博物館へ一緒に行く。鏡にうっすらしか映らないから床屋には行けないんだ」
「確かに髪型が変われば印象も変わるか。分かった、朝食を食べ終わったら切ってあげる」
蒼はそう言うと再び俺をガン見し始めた。うぅ……何か、何か気をそらせられる物は無いか? そうだ。
「テレビつけてもいい?」
お許しをもらえたから、リモコンでテレビのチャンネルを回した。バラエティ番組、全国ニュース、ワイドショー、通販番組、ローカルニュース。
どうやら10月末頃にある祝日を中心に31日まで、この街では至る所でハロウィンのイベントをやるらしい。その準備が進んでるってニュースだな。去年の映像みたいだけど、仮装したりパレードしたり本格的だな。その日なら俺が出歩いててもバレなさそうだ。って言うか同族も居たりして。
日本だと渋谷の騒ぎがよくニュースになってたけど、ここは本場だからこだわりが深そう。良いな〜、蒼と行ってみたいな。
[続いてのニュースです。今朝、テプンルバーで男性の遺体が発見されました。発見された遺体はカラカラに干からびた状態だったと言う事もあり、現場付近には緊張が走っ──たった今新しい情報が入って参りました! 警察の発表によりますと、遺体からは何らかの方法で、血液が抜き取られていたとの事です!]
うっ、蒼がじっと俺を見てる。確かに見た目がここまで変わってると怪しいな……。慌てて首を横に振ったけど、蒼は立ち上がりスマホを手に取った。
「やめて、通報しないで!」
「通報? あー、貴方の事は疑っていないわ。生き血が苦手なんでしょ? 私がスマホを持ったのは、今のニュースをもっと調べてみようと思ったから。家から割と近い場所だから気になるの。これね──」
俺が覗き込むと、蒼は見やすい様に傾けてくれた。
「なになに……『午前4時頃、テプンルバーの路地で男性が倒れているとの通報があった』って私も貴方も寝ていたわよね。『遺体の状態から見て、発見される数時間前から路上に放置されていた可能性が高い』か……。ダメね、あまり新しい情報は無いわ」
蒼はスマホを置くと俺をじっと見つめた。
「……ねえ、貴方がいると言う事は他にも吸血鬼はいるのよね?」
「うん、いるけど……。あまり気持ちいい話じゃない。蒼は吸血鬼について詳しく知らない方が良いよ」
「ねえ、貴方に会いに来たりするの?」
……何だその能天気な反応は。俺の気も知らないで!
「吸血鬼の事を詳しく知ってる奴の口を、封じようと考える秘密主義の奴だって居る。俺は蒼を守りたいんだ」
「わ、分かったわよ」
「言っとくけど、俺にそんな間柄の奴なんていないし、仲良くしたいとも思わないね。吸血鬼は人を餌と認識する危険な存在だ。ちょっとした気まぐれで仲間を増やす事だってある。兎に角、吸血鬼の事は忘れて、ね? 警察に任せよう」
「それとファンリー オニールさんにもね」
「う、うん……」
出来ればその名前は聞きたくなかったな。




