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不死身のチキン 〜ミイラになった最強の吸血鬼は現代社会でささやかな幸せを手に入れたい〜  作者: 甲野 莉絵
秘密の居候生活

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17話 疑いの眼差し

「救急セットは、あそこの引き出しの中よ。その、ごめんなさい」


「ううん」


 引き出しから救急セットを取り出し、シンクの上でアオイの指に消毒液をかける。


「ねえ、血を見ても吸いたくはならないの?」


「ええっ、それ今聞く? ……俺が怖かったんじゃないのか?」


「まあ……少し。だけど貴方は人間の弱さを理解しているんでしょ? それに間抜けな所が多くてあまりに人間くさいから、吸血鬼だと身構えていたのが馬鹿らしくなったのよ」


 俺が人間くさい? もしかして吸血鬼になってから、誰かに1番言って欲しかった言葉かもしれない。凄く嬉しいけど信じて良いんだろうか?


 って、いやいや。130年の孤独な生活のせいで思いが重い奴になってるぞ。アオイは俺が危険じゃないって信じてくれたんだ、俺が怖がってどうする! しっかりしろ! 絆創膏の包みを剥がしながら、俺は血が苦手だと言う事を明かした。


「そう、貴方も大変だったのね」


 うんうん、理解してもらえて嬉しい。アオイの指の切り傷に、絆創膏のガーゼ部分を当てがい、剥離紙を剥がして絆創膏を巻きつけた。


「ついでにもうひとつ、貴方に聞きたい事があるの」


 何だろう? 救急セットに消毒液を戻しながら頷いて話を促す。


「何故、貴方が絆創膏の使い方を知っているの?」


「……え?」


 絆創膏の剥離紙や包みを集めてた俺の手が止まる。アオイは絆創膏を貼った指を曲げ伸ばししながら、俺を半目で見た。


「これ、550年前には無かったでしょう?」


 思わず絆創膏の包みを握った手を背中に回す。無駄な足掻きだって分かってるけど、やらずにいられない。あぁ〜俺って人間くさい。


「え、えっと……博物館で来館客が使ってたのを見たんだ!」


「ふーん、その来館客は消毒液も使っていたのね。それで見様見真似でやってみたと?」


 幾分か和らいだアオイの視線に安心して俺はガクガクと頷く。


「あっ、興味本位でやったんじゃない。本当にアオイの怪我が心配だったんだ」


「ありがとう。適切な手当をしてもらえたから早く良くなりそう。まるで使った事がある様な手捌きね?」


 うわぁ、墓穴を掘った。アオイの視線がレイザービームの様だ。でも退路は断たれてるし……ん? 待てよ。今、前世の話をすれば信じてもらえるんじゃないか?


「信じられないかもしれないけど、俺には日本人としての前世の記憶があるんだ」


「はいー?」


 アオイの信じられないと言いたげな視線がグサグサ刺さる。だけどここでめげたらダメだ! 紙とペンを持って来て、自分の名前を書いて自己紹介した。


 元々人間だったけど、死んでこの世界に来たら吸血鬼になってたって事。130年吸血鬼として生きた事。ミイラになって博物館で展示されてた理由。そしてここが元の世界とかなり似てるって事まで洗いざらい全てを話した。


「想像を絶する過酷さだったのに、よくそんな呑気な──いいえ、のほほんとした性格でいられたわね」


 俺の話を聞いた第一声がそれなの? 酷くない? 人間時代はもう少しクールな性格だったんだぞ! 


 まぁ……130年間の寂しすぎる吸血鬼生活で、元々あった図太い部分が災いして、のほほんとした性格になった自覚はあるからな。でも人に言われると傷付く。


「のほほんとしてないと、生きてこれなかったんだ!」


「ふーん」


 何だよ。人を間抜けとか、のほほんとか散々言っといて。こっちは凄い覚悟を決めて話したんだぞ! もう少しダークな言動をした方が、吸血鬼らしくてカッコいいのか? あ……アオイがくすくす笑ってる。


 もしかしてまた顔に出てた? いけない、いけない。アオイといるのが心地良くて、気が抜けてるな。


「良いんじゃない? ザ・吸血鬼な性格よりも、いかにも無害って感じでフィンリーさんと会った時に助かる可能性が上がるかもね」


「うん、確かに。そうだ、家にいる時は日本語で話すか?」


「いいえ、練習のためにも英語のままでお願い」


 こんなに英語が上手なのに、まだ努力するなんてアオイは凄い。俺は転生者特典として、この国で使われる言語がネイティブになってるだけだから、素直に尊敬する。まあ俺だって英語は元々話せたけど、アオイほど発音は良くなかった。


 それから改めてアオイも簡潔に自己紹介をしてくれた。どうやら日本にある大手の製薬会社の令嬢だと言う。良い意味で金持ちだとは微塵も感じられない。もっと俺も頑張らなくっちゃな。俺が決意を胸に頷いてると、アオイがキッチンに向き直った。


「夕食作りを再開させるから、貴方は休んでいて」


「俺も手伝うよ。蒼だって指を怪我したんだ、お互い様だろ?」


「それもそうね、今回はお言葉に甘えさせてもらうわ。貴方は洗い物をお願い」


「分かった」


 2人で力を合わせたからか、生姜焼きはあっという間に完成したのだった。


 *


 夕食後、俺はトーマスが使ってた部屋でベッドの下を掃除していた。何故なら俺がこの部屋を使わせてもらえる事になったからだ。蒼はそのために、この部屋の掃除を俺に申し付けたらしい。


 おまけにトーマスの使ってた布団は臭いだろうからと、来客用の布団一式まで貸してもらえた。まあ、大家さんに無断で使ってるから、部屋を汚さない様に気をつけなきゃいけないけど。


 トーマスのベッドの下に布団を敷いて横になる。ちょっとコロン臭いけど、暗くて狭くて落ち着くなぁ〜。それに久々の布団は暖かい。


 俺が『色々ありがとう』と言ったら『別に貴方のためじゃないわ。器が小さい女だと思われたくないだけ』って返事が返ってきた。ツンデレの蒼なりに『ここにいても良いよ』って言ってくれてるんじゃないか? 俺の思い上がりかな?


 もしそうだとしても、俺に向き合ってくれる優しい蒼が好きだ。叶う事ならずっと一緒にいたい。


 相手の事をほとんど知らずに好きになってしまった俺は惚れっぽいのかもしれない。人間だった頃に何回か女の子と付き合った事はあったけど、転生してからの長く寂しすぎる吸血鬼生活のせいで、俺の恋愛に対する免疫はすっかり無くなってたんだな。どうしたら蒼に俺の事意識してもらえるだろう? 


 あ、でも……俺と蒼の生きる時間は全然違う。知ってるはずなのに、あまりにも普通に会話してたからうっかり忘れた。そうだ、この思いは告げたらいけないんだ。


 だけど蒼は可愛いから他の男が放っておかないだろうな。そしたら邪魔をしない様、俺はこの家から出て行って……。うーん、俺はちゃんと蒼の恋を応援出来るだろうか?


 ま、まあずっと先の話だよな? 兎に角、蒼の事はもちろん、この幸せな生活も全力で守っていきたい。


 先ずはこのヒョロヒョロな状態から脱却しないと。腕の太さが蒼より細いのは流石に情け無い。告白はしないけど、こんな姿だと思われたままなのは嫌だ。


 イケメンだどうだと言っても正直なところ、今まで自分の見た目なんてあまり気にして来なかった。

550年前の自分の姿が、肖像画通りか分からないけど、少なくとも今よりはマシなはずだ。

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