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不死身のチキン 〜ミイラになった最強の吸血鬼は現代社会でささやかな幸せを手に入れたい〜  作者: 甲野 莉絵
秘密の居候生活

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16/25

16話 大丈夫

 腕から灰になって崩れて落ち──あれ? 俺、生きてる? 確かに日光を浴びた地肌の部分は、刺す様に痛くて凄くズキズキする。見た目も焼け爛れたみたいになってるけど、死んでないのは夕方の光だったからか?


 気付いたら風が治りカーテンが閉じてた。さっきまで焼け爛れた様だった地肌が、赤く腫れたくらいになってる。鏡に写してみても特に問題無さそうだ。どちらかと言えば、目に見える速度で回復してて気持ち悪い。


 それより気になるのは、黒目の部分が真っ赤になってる事。さっきはブルーグレーだったのに。うわぁ……何ならちょっと光ってるし、色が血みたいで気持ち悪い。


 あ、目の色に気を取られてるうちに、腫れとヒリヒリも引いて来た。吸血鬼の治癒能力の高さには本当に舌を巻くな。もう肌の赤みも引いて分からないくらいになってる。


 弱点の日光で負った火傷がものの数分で治り始めるんだから、こう言う時はありがたい。日光の不意打ちを喰らったショックで、俺のチキンハートはまだドキドキしてるけど。


「ただいま」


 おっ、アオイが帰って来た。思ったより早かったな。


「おかえり〜」


「な、何っ!?」


 出迎えた俺を見てアオイが身構えて不思議なポーズをとる。えっ、ど、どうしたんだ? 手をクロスさせて、3分で悪を倒すヒーローみたいだぞ?


「えっと……光線でも打つのか?」


「違ーう!!」


 アオイは恥ずかしいのか、下唇を噛み頬を赤くしながら腕を下ろして、指を十字の形に重ねた。ああ十字架か。比率がおかしいから全然怖くないし、むしろその表情と相まって可愛いくらいだ。


「また催眠術をかけようとしているんでしょ?」


 催眠術? そう言えば、昨日アオイに催眠術をかけようとして失敗した時、目が赤いって言ってたっけ。それに人工血液で咽せた時の俺の顔、怖かったな……。あ、もしかしてまだ目が赤いのか? 俺は慌てて手で目を隠す。


「催眠術じゃないよ。俺の目が赤いのは怖い?」


「べ、別に」


 アオイはそれだけ言って、ずんずん歩きながら斜め掛けのバッグを下ろし、ジャケットを脱いだ。目が真っ赤な化け物は怖いだろうに強がってて可愛い。


「そうだ、トーマスの部屋で女物っぽい指輪を見つけたから、テーブルに置いといたよ」


 俺がリビングの隅で指の間からチラチラ様子を見てると、むすっとしながらアオイがこっちに来た。


「ありがとう。まさか銀の指輪を吸血鬼の貴方が見つけるなんてね。それで……これを触って大丈夫だったの?」


「うん、最近のシルバーアクセサリーって混ぜ物されてるから、布とかを間に挟めば触れる」


「そう、良かった。あ、目の色が戻り始めてる。そう言えば何故目が赤くなるの?」


 それは俺自身も良く分かってない。目が赤くなってる感覚とか無いから。そもそも550年前は話し相手は居ないし、鏡に写らなかったから確かめようがなかった。


「さっき目が赤かったのは、たぶん日光に当たって驚いたから」


「日光に当たったって、大丈夫なの!? どこか異変とか無い?」


 もしかして俺の事心配してくれてる? 嬉しいなぁ〜。


「うん、大丈夫」


 かなり痛かったけど。


「そう、ならよかった。文化財が灰になって消えていたらどうしようかと思った」


 そっちかぁー。自分が文化財なのを忘れかけてた。喜んだ分ショック……。


「ありがとう……。昨日咽せた時も赤くなったから、俺の目は興奮した時に赤くなるんだと思う。それとアオイも言ってた様に能力を使う時も赤くなる」


「もしかして日光に当たったのは、トーマスが使っていた部屋で? 貴方がトーマスの事コロン臭いって言っていたから、換気のために窓を開けておいたの。事前に伝えておくべきだったか。ごめんなさい」


「ううん、火傷もこの通り良くなってるから大丈夫」


「待って、火傷したの!? どこを?」


「顔と腕と首筋」


「それは『大丈夫』って言わないの! ちょっと見せて」


 この体はちょっとした怪我くらい直ぐ良くなるから、本当に大丈夫なのに……。でもこんなふうに触れられるのっていつぶりだ? くすぐったいけど心地いい。


「良かった、本当に何とも無さそう。夕飯はお詫びも兼ねて腕によりをかけて作るから。何かリクエストはある?」


 うーん、やっぱり家庭料理的なのが食べたいな。肉じゃが……は、いきなり言ったら引かれるか。それならカレー……は、結構ニンニク入ってるよな。それにルーとか売って無さそうだし。


「生姜焼きがいい。ニンニクは入れないでね」


「しょ、生姜焼きねぇ……。それってどんな料理?」


「ええっ! まさかアオイは生姜焼きを知らないのか? 生姜と調味料に漬けた豚肉を──」


「あー、大丈夫。私が知っている生姜焼きと同じね。でも生姜焼きなんて何処で知ったの?」


「そっ、そ、そんな事より材料はあるか? 無いなら別のを考えるけど」


「ちょっと見て来る」


 ふぅ〜誤魔化せたか? ここで『俺の前世は日本人なんだ』とか喋ったら、妄想癖のあるヤバい奴だと思われて追い出されかねない。


「材料揃ってるから出来るわ。作るのに少し時間がかかるから、大人しく待っててよ」


「俺も手伝う」


「結構よ。これはお詫びなんだから、貴方はこれでも飲んでゆっくりしていて」


 アオイが俺に人工血液のパックを押し付けた。おお〜至れり尽くせりだな。正直まだ血が少し足りて無いみたいだから、ありがたい。ゴチになります。


 俺たち吸血鬼は基本的に腹が減って飢える事は無いけど、食事は美味しく食べられるし満腹感だって感じる。けど身にならないから、嗜好品みたいな物だな。逆に血を沢山飲んでも腹が膨れる事は無い。飲み込んだ時点で体に即吸収されてるみたいだ。


 130年近い吸血鬼生活で血に全く魅力を感じられなかった俺は、普通の食事が楽しみだった。まあ、眠りにつく直前は食事をする気力すら湧かなくなってたけど。


 それに比べて今は、臭くない人工血液を飲みながら、アオイが作る生姜焼きを待っている。しかも出来たての料理をアオイと一緒に食べるんだ。何て幸せなんだろう。この幸せがずっと続けば良いのに。


「痛っ!」


 そう思いながら人工血液をチューチュー吸ってると、アオイの鋭い声がリビングまで響いた。……それから血の生臭い匂いも。


「大丈夫か?」


 人工血液のパックに蓋をして走り寄る。するとアオイは明らかに挙動不審な様子で手を背後に隠した。


「大丈夫、大丈夫。かすり傷みたいなものだから、貴方は気にせず休んでいて」


「でも血の匂いがする。包丁で指を切ったんだろ? そう言うのは大丈夫と言わないって、さっきアオイが言ったんじゃないか。いいから見せて」


 アオイの手を取って見ると、予想通り血が指を伝って流れてた。


「ああやっぱり。豚肉を切ってたんだろ? ダメだよ、ちゃんと傷口を消毒しなきゃ。バイ菌が入っちゃう。人間の体は弱いんだから気をつけないと」


「そ、そうね」


 アオイの手が震えてる。それに声もうわずってる気がする。その理由が一瞬のうちにいくつか頭に浮かんだ。


 もしかして手を握る力が強すぎた? いきなり触って怒ってる? それとも……俺が吸血鬼だから血を見られるのが怖い? よし、傷付かないための予想はしたぞ。


「救急セットを取って来る。どこにあるんだ?」


 パッと手を離すと、アオイはハッとした様に申し訳なさそうな表情をした。もしかして俺、表情に出てた? 隠せてたつもりだったのにな。

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