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第4章:闇の中で

私は考えを整理しながら二階へ向かった。廊下の突き当たりにある浴室へ近づくと、背筋に小さな寒気が走った。


ドアを開けると、湿った温かい空気が私を包み込む。光は弱いが、小さな部屋を照らすには十分だった。だが、何かが違う気がする。眉をひそめたが、無視することにした。きっと疲れのせいだ。今私に必要なのは、心と頭を落ち着かせる熱いお風呂だけ。


湯気が立ちこめる中、私は湯のぬくもりに身を沈めた。目を閉じ、静けさを味わいながら、包み込むような心地よさに身を任せる。今日の混乱をしばし忘れ、耳に残るのは水の音と石鹸の香りだけ。


風呂を終え、タオルに体を包みながら浴室を出ると、少しだけ頭がすっきりした。だが、自室へ向かって最初の一歩を踏み出したその瞬間、奇妙な音がして私は立ち止まった。ささやき声のような、かすかでほとんど聞こえない音。だが、もう一度──今度ははっきりと聞こえた。心臓が高鳴り、体が固まる。


「今の…何?」 小さく呟き、自分の部屋に向かってゆっくり歩く。深呼吸して冷静さを保つ。


部屋のドアを押すと、音は一瞬ぴたりと止まった。息を詰める。だが、完全にドアを開けた瞬間、目を見開いた。机の上に置いたはずの本が、床に落ちて開かれていた。『死者のカーニバル』だ。


鼓動が速くなる中、私は床に落ちた本へ近づいた。しかし見ても、特に異常はない。ただ部屋の床に開かれた本があるだけ。ほっと息をつき、それを拾い上げる。ほんの一瞬、留守の間に何かが起きたのではと思った。


『死者のカーニバル』を机の上に戻し、やっぱりそれほど恐ろしい本じゃないかもしれないと思う。


ベッドに横になると、今日の出来事を誰かに話したくなり、スマートフォンを手に取ってサキとのチャットを開く。


胸の高鳴りを抑えきれずに、メッセージを打ち始めた。


「サキ! 聞いて! 古い町の古本屋に行ったんだけど、『死者のカーニバル』っていう本を見つけたの!」


心臓が振り子のように速く打つのを感じながら、返信を待つ。少し馬鹿みたいだと思いながらも、彼女が興味を持ってくれるか気になって仕方がない。唇を噛みながら画面を見つめる。


しばらくして、スマホが震えた。


「『死者のカーニバル』? なんかホラー映画のタイトルみたいだね。」と返ってくる。


「そうなの!」とすぐに打ち返す。「でも変なの、中を開けても何も書かれてないの! 真っ白なページばっかり!」


返事はすぐに届いた。サキが眉をひそめて読んでいる様子が目に浮かぶ。


「空白の本? それは変ね… 他に何か見た?」


ベッドに体を預けながら、指を動かし続ける。


「そんなに多くはなかったけど、古い物とか不思議な物がたくさんあったよ。でもね、あの店の老婆がその本のことをよく知ってるみたいだったの。彼女が言うには、あの本は“あの世”に関係してるんだって。それを聞いたときすごくワクワクしたのに、今はちょっとがっかり…」


サキからの返信を待つ間に、部屋の空気が変わった気がした。背筋に冷たいものが走る。突然、照明がちらつき始めた。目を閉じて、きっと疲れているだけだと自分に言い聞かせる。だが違った。


「な…何が起きてるの…?」 思わず呟く。スマホを握る手が震える。胸の奥に、興奮と不安が入り混じった感覚が広がる。


状況を理解する前に、机の上の本が動いた。まばたきをして、見間違いだと思いたかった。だが、確かに本が…ひとりでに開いていく。目を見開き、息を呑む。私はそっと机へ近づいた。


—サキ!—スマートフォンに急いで文字を打ち込みながら叫ぶ。震える指が画面を叩くたびに心臓の鼓動が速くなる—。私の部屋で、何かおかしなことが起きてるの!


再び明かりがちらつき、空気の中に微かな囁き声が広がった。まるで何かを伝えようとしているように。胸が高鳴り、私は本を見つめた。それは完全に開かれ、先ほどまで白紙だったページが今は何かを示しているかのように見える。


「リカ、どうしたの?」—ほとんどすぐにサキから返信が届く。言葉の端々に焦りが滲み、画面越しでも彼女の心配が伝わってくる。


「本が…」—息を詰まらせながら呟く—。「勝手に開いてるの…。」


机へと近づく。胸の奥で心臓が激しく打ち、開かれた本の前に立つ。何かが起ころうとしている。空気が重くなり、部屋全体が張り詰めていく。


震える指先の中でスマホが再び振動した。サキからの新しいメッセージ。画面に浮かぶ文字が飛び出してくるように見える。


「リカ! 大丈夫なの!? 返事して!」


視線を本から離せない。ページの表面が微かに震え始め、まるで何かが中から出ようとしているようだ。唾を飲み込み、体を動かせずにその現象を見つめるしかなかった。


明かりはさらに激しく点滅し、本の中から冷たい風が吹き出す。囁き声が次第に言葉となり、私の名前を呼んでいるように聞こえた。肌が粟立ち、部屋全体が崩れ落ちそうな錯覚に陥る。


光が一度だけ激しく明滅し——そして完全に消えた。闇がすべてを包み込む。


「なに…?」

暗闇の中で声が漏れる。心臓が鼓動を打ち続け、その音が耳の奥に響く。空気が変わった。何かがこの部屋にいる。


ささやき声はもう遠くない。今ははっきりと、すぐ傍で聞こえる。声は本のページから湧き上がってくるようで、内容までは聞き取れないが、何かを話し合っているようだった。


集中しようとする。彼らの言葉を理解しようと耳を澄ます。だが、緊張した空気を破るように、手の中のスマホが震えた。


はっとして目を開け、眩しい光に目を細める。画面を見るとサキからの着信だった。


震える手で通話を受ける。スマホの光が顔を照らし、サキの声がスピーカーから響く。その声を聞いた瞬間、少しだけ安心した。


「リカ! 大丈夫? メッセージ見て、返事がないから心配で…。」


彼女の声に込められた不安が、かえって胸の奥を締めつけた。部屋を覆う闇は濃く、まるで空気が私を押しつぶそうとしているかのようだった。それでも、私は必死に落ち着こうとした。

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