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8 第一章 『月の鏡』 その2



 不死ならぬ身の哀れな生き物に対する嫌悪と、尚且つそんな生きものを愛し、忘れることが出来ない『月の神』の嘆きが、激しい怒りに執って変わった。


 娘を追い詰めた王は、その玉座も人の座も追われ、動物達の中に住む者となった。

 『黄泉の国』の秘密を暴かれ怒った女神は、その扉を固く閉ざした。

 その間、死者は葬られる事はなく、地にその骸が溢れた・・〟


 

 『月の神』と地上の王・・美しい娘と醜い骸・・高い塔と『黄泉の国』・・『月の乙女』の伝説を読み終えたジュメの頭の中に、何故かふと、現シュメリア国王シュラのことが過った。

 ジュメは、王とは赴任の挨拶の折に一度、謁見の機会を得ただけだった。

 以前は、大使達は頻繁に王宮に呼ばれていたものだという。

 しかし、今では謁見は殆ど行われなくなり、それこそ夜毎、『黄泉の国』でも徘徊しているのではと思われる程だった・・。


 そんな乙女の運命から更なる伝承に興味を覚えたジュメは、併設する特別閲覧棟の利用許可を願い出た。

 司書は無駄口を一切利かなかったが非常に協力的で、ジュメの閲覧した文献のリストを参考に、その要求に合致しそうなものを端から揃えてくれた。

 その司書の助けもあり、更にのめり込んだジュメは、殆ど見る人もいないような古い文献の中から・・あることを探り出した・・ある種の興奮と、それよりも強い恐怖の思いにかられて・・。


「まさか・・し、しかし・・」

 

 ジュメはそのことは誰にも口をつぐんだまま、備忘録の中に打ち明けた。

 そして簡単な説明を添えて本国に伝令を遣わせ、特使を送るように伝えた。

 本当は、自らミタンに戻って報告したかったのだが、急遽、王宮からシュラ王自身の要請だとして、近々お召しがあるので、いつでも参内出来るように公邸にいるようにとの知らせがあったのだ。

それでいて、未だ一向に何の沙汰もない。

 

 ジュメは、王自らとは一体、何のお召しなのかと好奇心が募っていた。が、しかし同時に、妙な不安も覚えていた・・。



 シュラの厭世感は今や夜の闇のように一層深まり、数人の近従を除いては、大臣達さえめったにその姿を見ることもなかった。国政を司る王がそれでは、シュメリアは他国に突け入る隙を与えているようなものだ。

 しかし不思議なことに、シュラ王は各地の動きをちゃんと把握していた。

 それには夜間の執政時にたまにお目通りが叶う閣僚達も驚き、以前にはやや軟弱さの窺えた若き王には、何か不思議な〝力〟が生まれて来ているようにも思えた・・。


 

 ジュメにその王からのお召しが下ったのは、ミタンの特使カンの到着前夜だった。寝入りばなを起されて王宮に向かった大使は、明け方、公邸に帰館した。

 その時のジュメに何も変わった様子は見受けられなかったが、王のことを尋ねる周囲の問いには、一体何の事かと云うような、キョトンとした表情を見せただけだった。



 その日の午後遅く、カン特使の一行が公邸に到着した。


「これはレニ殿・・わざわざお越しいただきまして・・」


 大使は敬意を表して特使をその一族の名で呼んだ。

 それから一行を歓待し、酒席に都の美しい女達を侍らせてもてなした。

 まずは、長旅の疲れを癒して・・と云う、大使の心づかいなのだろうとカンは思った。


 ところが、翌日になっても、更にその翌日になっても同様の酒宴が続き、一向に大使の方から要件を切り出す様子がない。それどころか、自分の方から呼んだ特使を避けてでもいるかのように、その姿を捉えられるたびに慌てて姿を晦ましてしまう。



「ジュメ殿・・ご報告では、例の噂について何やら重要なお話があるとのことでしたが・・」

 

 その日、カンは待ち構えるようにしてジュメの姿を捉えると、朝の挨拶もそこそこに要件について単刀直入に切り出した。

 しかしジュメは、ややバツの悪そうな顔をして言った。


「も、申しわけない、カン殿・・。あ、あの件は、当方の勇み足だったようで・・」


 そう恐縮しながら平謝りに謝るのだった。


「そ、そのことについては王宮からも沙汰がありましてな・・所管の大臣が何やら、ご説明差し上げるそうで・・」


 いったい何事かと、遠いところミタンからやって来たカンは、怒るより呆れてしまった。



 更には、その大臣の対応も次のようなものだった。


「・・最近、何やらおかしな風評が広まっているようですが、困ったものでございます。全くの噂に過ぎません・・。ま、せっかくシュメリアにいらして下されたのだ。却って良い機会で御座いますから、両国の長年の変わらぬ友好を祝して、明日にでもさっそく歓迎晩餐会などを催したいと思っておりますが・・」


 それでも、一面の不審な気持ちを拭えないカンは、二人だけの時に、ジュメに再度問い掛けてみた。

 しかしジュメの顔には、なにか本当に当惑した表情しか窺えない。

 その様子に、カンは少しばかり不憫な気持ちさえ抱いたくらいだった。


 以前にくらべ年を取ったとはいえ、行政に関わっていた頃の明敏さは、シュメリアからの報告にせよ変わっていなかった。今回の特使の要請にしても、その報告から、伝達では伝えることの出来ない何かとても重要な事柄ゆえと分かっていた。

 それをこんな簡単に誤報だったと言って憚らないのは何かおかしい。ジュメらしくはない。

 ここ数年の南国での安逸なリゾート暮らしで、山国ミタンが育んだ剛健さが解けてしまったのだろうか・・。


 ところが、一行がミタンに帰還して数日後に、そのジュメ大使が急死したと云う知らせが届いた。

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