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4 序章 『禁断の森』 その4

 


 シュメリアの主神、『月の神』が北方の地に出かけ、その姿を隠した夜。

 満天の星空の下、その陰に紛れるように頭からスッポリと夜の衣を纏ったシュメリアの王妃は、なんと宮殿ばかりか、その中庭から万一の場合の脱出口である秘密の通路を通って、都を取り囲む外壁の外に出た。

 まさかこんな夜中に、都の外に出ようとは思っていなかったシュラは驚いた。

(一体、どこへ・・)

 疑惑が膨らむ。


 しかしそこで、王妃は松明を消した。星明りでは姿の判別もままならない。

 その時、その先の御用地の森の方角に微かな光が灯った。松明の灯りらしい。

 その光に向かってマイヤが歩き出した。

 シュラも距離を置いて後をつけた。城壁の側門の篝火が次第に遠ざかる。

 森に近づくと、頭からスッポリと衣を纏った姿があった。その背丈から男らしい。

(こんなところで逢引か・・?)


 二人はそのまま森に入り、さらに奥へと向かっていく。

 夜の森は昼間とは全く違う。そんな暗闇の世界へ、自分の妻が見知らぬ男と共に入って行く。

 湧き上がる疑惑を胸に、二人が枝や葉に触れて歩く音に合わせて密かにつける。

 ・・やがて、微かな水音が聞こえてきた。


(もしかして・・ここは・・)


 シュラは二年近く前の出来事を思い出した。

 あれ以来、この森の奥には足を踏み入れることはなかった。



 ・・あの時、二人を捜す近習達の呼び声が聞こえた。

 しかし、マイヤは放さなかった。しかし、マイヤは・・放さなかった・・。

 その後、いったい何があったのか覚えていない。マイヤも覚えていないと言う・・。ただ、近習達の声が近づき・・突然、悲鳴に変わった・・いや、いや、何があったのか覚えていない。

 ・・喉元を獣の牙のようなもので掻き切られた近習達の無残な遺体が見つかったのは、そこからかなり離れた場所だった・・。



 その時シュラの目の先に突然、幾つもの篝火で昼間のように明るい光景が広がった。

 大きな砂岩に囲まれた祠のある場所・・。燃える炎で辺りの様子が浮かび上がっている。

 そこには体中に赤い泥を塗り、腰布を身に着けているだけの男達の姿があった。その裸身が篝火に照り映え、辺りの色合いと同化している。

 マイヤと連れの男は共に祠の陰に消えたが、暫くして再び現れた妻の姿にシュラは思わず息を呑んだ。   

 

 美しい胸を露わにして腰の辺りに捲いた薄物からは、その下の肌が透けている。

 そのまま円座を組んで座る男達の中央に進むと、その唱和の声に合わせてゆっくりと腰をくねらせて踊り始めた。

 篝火に照らされたその姿は異様に妖しく、見慣れたはずの妻の身体がドキドキするほど艶めかしい・・。



 翌朝、目覚めたシュラは、いつものように自室で寝ている事に驚いた。隣を見ると安らかな寝息を立てて眠る妻の姿があった。


(・・夢をみていたのか・・?・・いや、確かに・・でも、どうやって戻って来たんだ・・)



「陛下・・陛下、今の報告をお聞きで・・」

「え・・ああ、すまん・・。少し休む、邪魔しないでくれ・・」

 その日、一日中ボンヤリとしていたシュラは、そう言うと執務室の奥の部屋に下がった。



「お呼びで・・」

 部屋の隅の陰が次第に濃くなり、男の姿に変わった。


「森の様子を・・見て来てくれ・・」

 

 陰が次第に消え、男の姿も消えた。



「今宵もまた、早々に酩酊気味のごようす・・」

 満月が巡ったその夜、欠伸を始めたシュラに、マイヤがそう言いながら杯に満たしたいつもの酒を勧めた。


「あっ・・!」

「ま、また、おまえなの・・」

 酒瓶を取り落とした粗忽な女官に、皆、呆れて言った。

「も、申しわけございません、陛下。もうこの者を侍らすのはお止めになられましょうか・・」

 女官長が恐縮して言った。


「かまわぬ・・面白い座興だ」

 吹き出したいのを堪えてシュラが言った。



 その夜半近く、シュラは再びマイヤを追って森へと踏み込んだ。時折、月に吠える獣の遠吠えが聞こえる。

 陰の男の報告では、日中、森には人影もなく、儀式の痕跡も残されてはいなかったという。


 しかし燃える篝火に映し出された砂岩の岩場では、頭上からの月光を浴びて、その夜も、薄物を腰に巻いただけの妃が半裸の男達に囲まれて舞っていた。

 中央には水を張った大きな平壺が置かれ、マイヤは踊りながら艶めかしい所作でその平壺の上を何度も跨いでいる。


 その様子を気づかれぬように近くの岩場の上から眺めていたシュラは、ふと怪訝に思い、平壺の水を注視した。その水面に頭上の月、シュメリアの主神がその姿を映している・・。


 突然、儀式の意味が明らかになった・・!

 

 我らが守護なる神の姿を、誰あろうシュメリアの王妃である我が妻が冒涜しているのだ!

 衝撃で震えさえ覚えたシュラが、思わず飛び出そうとしたその時、首の辺りに何かを感じたかと思うと・・気を失っていた・・。

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