3 序章 『禁断の森』 その3
即位したシュラは、先王の重鎮達を後見として執政を担った。
しかし、まだ若い王の準備は十分とは言えず、最初の一年あまりは好きな武術の稽古も脇に置いて執務に専念した。が、その一番の相談相手は后のマイヤだった。
マイヤには不思議な直観、霊感と云うようなものがあり、それが良く当たった。初めは若い妃が政に口を挟むことなど歓迎していなかった重鎮達も、妃の読みがよく当たる事から一目を置くようになった。
しかし公私共にマイヤに主導権を握られ、本来のシュラの利発さの方は些か影を潜めていた。
そして半年程前からやっと剣の稽古を再開すると、長い間その腕を振えなかった思いが爆発したように、以後急激にその腕が上がり、今では師範をも脅かす勢いだった。
そんなふうに毎日熱心に武道に取り組み鍛錬しているせいか、最近では時折、夜毎の杯を重ねる間もなく眠気を覚えて、グッスリと寝入ってしまうことがある。
しかし早々に寝てしまうせいか、たいてい夜中に目を覚ます。が、その傍らにマイヤの姿はない。しかしまた直ぐに眠気が襲い、目覚めた翌朝には、ちゃんとその姿はある。
そんなふうにやたらと眠くなるのは決まって満月と新月の頃だと気づいた。しかしマイヤを娶って以来、余りものを考えなくなっていたシュラは、それ以上追及する事もなかった。
そんな或る日のこと、中庭の木陰に寝そべり涼を取るシュラに気づかず、廻廊を行く王妃の姿に目を止めた廷臣達の話し声が聞こえた。
「・・陛下は相変わらず、御妃にぞっこんのようですな・・」
「ま、あの御方様なら当然かと・・」
王妃マイヤの色香が更に増した事は宮廷人達の格好の話題だった。元より美しいが、ここ最近のドキッとするような様には皆、落ち着きを失いそうだった。
「しかし、もう既に四年近くにお成りでございますが、未だ御世継ぎ御懐妊の噂さえ聞こえませぬとは・・」
「いや、まだお若いとは申せ・・」
「・・万が一・・と、いうことを思いますとな・・」
「皮肉なものだな・・。丈夫で秀でた御世継ぎを生んで頂くために、わざわざ遠い田舎からお迎えしたはずが・・」
「なら・・どなたか、第二の方様でも・・」
「側室さえ、まともに侍らせようとなさらぬのにか・・」
「いや、いや、すべてはあの御方様の方がお放しにならんからでは・・」
その言葉に皆、どっと笑い声を上げた。
そんな家臣達の軽口には慣れっこのシュラは、普段なら然程気に留めなかったが、その時は何かが心に懸かった・・。
その夜、シュラは暫く前から手懐けていた一人の女官ノマに密かに命じて、いつもの酒瓶の酒を水で薄めさせていた。その杯を重ねて飲むうち眠そうに欠伸をし始めた。
「あら・・今夜はもう酔いが回ったのかしら・・」
そう言うマイヤの顔が、妙に熱っぽい眼差しを帯びている。
「では、今宵はこれでおしまいね・・」
そう言って、いつものように女官達に代わり、マイヤが自ら杯に満たした酒を勧めた。
それは遥々、その一族の地から送られて来た蕩けるような美酒で、ちょっと口をつけたシュラはその中に何かの苦みを感じた。何杯も酒を重ねた後だと気づかないが、殆ど水ばかり飲んだ後ならその違いがわかる。
「あっ・・!」
ノマが酒瓶の一つを無様に取り落とした。王妃と侍る者達の視線が皆、その若い女官に向いた。
その間にサッと残りの酒を床に溢したシュラは、それからグッと飲み干す振りをした。
「まあ・・」
振り返ったマイヤは、粗忽な女官の失態にも気を留めず、一気に酒を飲み干す王者らしい振る舞いに、ちょっと若い夫を見直した。
それからシュラは直ぐに閨に下がった。
暫くして、マイヤが目を閉じて臥す自分のようすをソッと窺うのを感じた。
眠った振りをしている夫に欺かれたマイヤは足音を忍ばすようにして出て行った。
直ぐに起き上がると、シュラもその後を付けて部屋を出た・・。