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2 序章 『禁断の森』 その2



 シュラが、四才年上の遠縁の従姉マイヤを娶ったのは十五才の時だった。


 マイヤとの結婚は王の一存で決められた。遠くの地に住む同族の古い家柄の娘で、非常に賢いという評判だった。が、それ以上は年上だということ以外、どんな相手なのか何も知らなかった。

 そして美しいなどという言葉は一度も出なかった。


 それで若いシュラは、まだ見ぬ許嫁にさほどの期待も抱かず、婚礼の日に臨んだ。が、その席で初めて従姉を見た途端、一目で心を奪われた・・その妖艶な美しさに。

 透き通るような白い肌、長い漆黒の髪と、まるで夜そのもののような驚くほど大きな瞳・・誘うような形のあまりにも赤い唇・・。


「こりゃ、失敗したな・・わしが娶りたかった・・」

 王は、半分冗談とも本気ともつかない様子でそう言った。


 王族の遠縁といっても、繋がりは双方の曽祖父の代になるため、供の一行の中にも見知った顔もない。ただ、先祖代々の印の品を携えてやって来た。

 そして妃の賢さは、前評判に違わなかった。いや、それ以上だったかも知れない。

 以来、若いシュラは魅惑的なマイヤに骨抜きにされてしまった。



「マイヤァ・・どこにいるんだい・・!」


「ふふ・・ここよ・・」

 木々の間から応える。


「ええ・・どこだよ・・!」

 シュラは思わず辺りを見廻す。

 一面の木立の中、一体どこから聞こえて来るのか。もうかなり森の奥まで来てしまった。


「ここよ・・」

 そう言って、少し先の木の陰からマイヤが姿を現す。


 急いで捕まえようとすると、その姿は更に先にある。


「ふふ・・」

  

 そうやって、深い森の奥へ、奥へと誘っている。


「マイヤァ・・あんまり奥に行ったら・・」

 

 そう叫んだシュラは、自らの声に籠る不安に、子供の頃の記憶を呼び覚した。

 そうだ、この森でこんなふうに・・。


 あの日以来、この御用地の森には足を踏み入れたことはなかった。

 しかし何度もマイヤに促され、今回の遠出となった。それがまた・・。

 勿論、マイヤのことだ、シュラを困らせるためワザとやっているのかも知れない。


「マイヤァ・・?!」

「・・ここよ・・」

「・・・!」


「ふふ・・」


 突然、一面の深い森の木立が途切れて踏み込んだところは、小川の流れの先に上空からの強烈な陽射しが差し込む、大きな砂岩に囲まれた場所・・。


「・・ここは・・」


『禁断の森』・・シュメリアには、今でも先住民の祭壇の跡だと謂われている場所が残っていて、ここもそうした場所の一つだった。


 

 先住民達はシュラの祖である『月の部族』との戦いに敗れた後、その多くがこの地を去った。

 その後、『月の王朝』を築いた一族は、その力の強化と異教徒である先住民達の影響を一掃するため、各地に残る祭壇の破壊を進めた。

 しかし、その都度ひどい禍に見舞われたことから、それは先住民達の神の祟りと見做されるようになった。

 以後、残された祭壇の多くはそのまま放置され、辺りに蔦が生い茂る深い森の中で廃墟となっていった。  

 そして森自体も、禁断の領域として決して踏み込んではいけない、侵してはならない場所となった。



 そんな森の一つが、こうして王都のすぐ近くに拡がっているわけだが、この森の祭壇跡は特に何か強い作用があると謂われている。そんな場所に今、王朝の妃が佇んでいる・・。


「マイヤ・・」

 

 その呼び掛けにも振り向くこともせず、マイヤは大きな岩の陰に姿を消した。

 そこに岩を刳り抜いたような大きな祠があり、その奥に何か古い祭壇のようなものがある。

 

 急いでやって来たシュラは、その後ろ姿からでもマイヤが呆然として立ちすくんでいるのが分かった。


「マイヤ・・ここは来たらいけない場所で・・」

 

 そう言って後ろから妻の身体を抱いたシュラは一瞬、ビクッとした。

 何かいつもと違うものを感じた。が、ソッと振り向いたマイヤの表情に直ぐに何かの錯覚だったのだろうと思い直した。


 二人はそのまま、外からの強烈な陽射しが映し出す祠の中を眺めた。

 良く見ると自然岩の凸凹に見える線は、洞窟一杯に施された浮彫のようだ。が、堆積して覆われた埃でどんな模様なのかはハッキリとはわからない。

 更に祭壇の辺りの大きな透かし彫り・・祠の内部は濃い肌色から橙色に近い色合いで、まるで何か人間の胎内にでもいるようだ・・。


 そんな包み込まれるような不思議な圧迫感に、シュラはひどく渇きを覚えた。

 その身体の感触からマイヤも同様なのが伝わって来る。

 振り向いたマイヤの目が潤み、口元が扇情的な色合いを帯びている。

 その手が、シュラの身体をなぞった。


「・・ん、やめろよ」


 思わずそう言ったシュラから直ぐに身を翻して、マイヤは一段高くなった祭壇跡に腰掛け、両腕を広げて奇妙な形を作ると更に首を回して横顔を見せた。

 シュラはそれが後ろの彫像の様を真似ているのだと気づいた。半分仰向けに近い形で座り、近づいて来たシュラの身体を交互にその足で引き寄せると、彫像と同じように段の上にその片足を乗せて開いた・・。



「シュラ様ァ・・殿下・・!」

「おられますかァ・・!」

 供の者達の呼ぶ声が聞こえた。


「・・邪魔が入った・・」

(ふふ・・)

 すぐ耳元で、誘うようなマイヤの笑い声が聞こえた。



 その日、宮殿に戻ると、父王が倒れたという知らせが待ち受けていた。

 その日の朝までまったく元気だった王が・・。そして数日後には帰らぬ人となってしまった。


 その突然の死に、シュラは、ショックと共に微かな罪の意識を覚えた。

 子供の頃から決して踏み入れてはいけないと言われていた場所・・先住民族の祭壇跡。

 王の倒れたその時刻、シュラはマイヤとあの祭壇跡の胎内のような祠の中にいた・・。


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