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かっこよくて強くてさいきょうの姉

作者: 虹彩霊音



「……そんなに心配するなよ、これはあくまで『仮想』にすぎない世界なんだから。にしても、つくりものなのにこんなにも臨場感があるだなんて、世界は進化したんだな。大丈夫だ、お前は私が守るから。だから、お前は少し眠れ」



眠りは浅かった。


何度も動悸の最中で目が覚める。


その度に私を宥めようとする声が聞こえる。




鉄と生臭さで目が覚めた。


その部屋は血で溢れかえっていた、俗に言うスプラッタだ。


壁も、床も、ベッドさえもが赤く染まっている。


汚いな、と思った。


「目が覚めたか」


「……おはよう、姉さん」


「おはよう」


姉さんは優しい笑みを私に向ける。


私の記憶が正しければ、この人は私の姉さんだ。


姉さんは……かっこいい。


「ここより大きい建物が向こうにあったんだ、今日はそっちに向かおう」


「うん……ところで、このゲームのゴール条件ってなんだっけ?」


「……ああ、音廻はハードでやっているから条件がわからないんだったな。私はゲームは得意じゃないからイージーでやってるが」


「うん」


「私が言ったらズルになるからな、教えてやらない」


私と姉さんは『リアルなホラー仮想ゲーム』をやっている。姉さんはとても強いレベルなんだけど、私は正直言って雑魚だ。どうしてそんなレベルで始めたのかわからないくらい、このゲームは『ハード』だった。まぁ、姉さんがなんとかしてくれるので今のところ大丈夫なのだが。


姉さんはかっこよくてつよかった。


「姉さん」


「何だ」


「好き」


「ああ、私も音廻が好きだよ。ここに閉じこもっていたならずっと二人きりなんだろうな。…なんてな」


姉の笑みを見て、鉄の匂いにくらくらとしていたがようやくしっかりと意識を保てるようになった。


まるでここは現実世界だ、平面な要素なんてどこにも見当たらない。現実離れしているはずなのに、いかにも現実のような場所。


「…手」


「ん?」


「手」


姉さんが手を差し出したので私はそれに従う。体調不良でないことを確認し、私たちは外に出た。




外も血まみれでひどかった。地面がぬかるんでいて足元を掬われそうになる。私は姉さんにひっぱられながら林の中を進む、林を少し進めば大きな建物があるらしい。


「化け物、見当たらないな」


その言葉に肯定しようと思ったが、私は危険を察知する能力が壊滅的なので、言われるまで意識していなかった。


そうだ、忘れていた。この『ゲーム』は化け物が出るのだ。


「大丈夫だ、もし出てきても私がぶっ飛ばしてやるから」


「わかってる、いつも助かるよ姉さん」


赤い地面で滑らないように歩いていく。




やがて、林とも森ともいえない場所につく。低木や雑草がそこまで生えていないので歩きやすい。赤いぬかるみさえなければよかったのだが。


「化け物、見当たらないな。駆逐されたのか、それとも残っていたやつらがみんなやられて、狩場を変えたのか」


姉さんは楽しそうだった。姉さんはこういうのは得意だった。今回も、それに付き合う形でこの『世界』に入って……


「大丈夫か」


一瞬眩暈でよろめく。しかし姉さんが支えてくれたので大事には至らなかった。


落ち着こうと深呼吸をしたが、肺の中に入ってくるのは湿った血液の臭いだけ。


「疲れたか」


「少しだけ」


「ハードだもんな、でも終わりは近いぞ。あ、やべ」


姉さんが苦笑いをする。もう少しで終わる、というのがゴールのネタバレだと思ったのだろうか。どうでもいいけど。


「姉さん」


「?」


「終わりが近いのは姉さんが頑張ってくれたからだよ、ありがとう」


ここに来るまでの化け物はみんな姉さんが倒してくれたのだ。私は震えることしかできない、化け物と対峙すると身がすくんで動けないのだ。そんな人間を守りながら戦うのは、どれだけの力があるんだろう。姉さんは、本当につよくて、かっこいい。



何か、何かが変だと思う。でも、何がおかしいのかがわからない。頭がなんとなく重い、うっすらとした嘔吐感が張り付いて離れない。この景色のせいだろう。そもそも、ホラーそんなに好きじゃないし。


「また自分の世界に入ってたのか」


「ごめん」


「大丈夫だ」


姉さんの手は異様に暖かかった。まぁ、違和感なんていずれ思い出すだろう。


思い出す? 何を? 何か、忘れてる?



木々の間を抜ける、霧の向こうに建物が見える気がする。


「長かったな」


思ったより長く歩いた気分だ、姉さんも正確な地形を把握していないのだろうか?


イージーモードって、いったいどんな情報が与えられているんだろう。


敵の情報とか、建物の位置とか、そもそもパラメータがチートレベルとか……あとは、この『ゲーム』の攻略法とか?


「ふらふらしてるぞ、大丈夫か」


「ああ……なんだか頭が痛くて。何かを……忘れているようで、まぁいつか思い出すよ」


「………ゲームクリアまで思い出せたら、何かしてやるよ」


姉さんはにやりと笑った。姉さんは知っているのか、私が何を忘れているのかを。だったら、まだ思い出す必要はないか。急を要する事態であるのなら、とっくのとうに教えているはずだし。




病院のような建物が見えた。その入り口に辿り着く。ドアは開きそうだ。ただ、なぜか嫌な予感がするんだ。ホラー系で病院、化け物といえばパンデミック。


「もう戻っても仕方がないだろう」


「う、うん…」


「それとも、クリアしたくないのか? ラスボスの前でゲームをやめる人って居るよな」


「いや、早くクリアしよう」


逃げるわけにはいかない、私はそう答えた。なのに、姉さんは複雑そうな顔をした。喜ぶかと思っていたけれど。


頭痛がした、そうだ、姉さんはこういうので喜ぶ人だ。


「入るか」


多分、ここにはたくさんの化け物が居て、姉さんはそいつらと戦う。


かわいそうだ。


かっこよかった。


罪の意識を感じて頑張っているのはわかってる。




病院の中は静かだ、強いて言うのなら風の音しか聞こえない。相変わらず建物の中も血でぬかるんでいる。


転ばないように気をつけないと。


そう、転んで逃げられなかったんだ。


そう、姉さんは選んだんだ。


「このあとはどう進むの?」


「奥に階段があるはずだ、そして屋上まで行くんだ。そこで救出されて、クリアさ」


「ネタバレ満載じゃん」


「嘘かもしれないよ?」


「本当かなぁ?」


「どっちの意味で言ってるんだ?」


楽しそうだ。それで良いんだよ。


「……さっきから顔色悪いぞ、どうした?」


「大丈夫、姉さんがかっこいいからそれに当てられてるだけ」


「……はっ」



付き合ってるんだ、付き合わされてるんだ。



「いるな、化け物」


扉を抜けたその先に、血まみれの化け物が見える。


たまらず脂汗をかいて、めまいを起こした。


「大丈夫か、もう大丈夫だ」


気づけばもう化け物はいなくなっていた。多分姉さんがなんとかしてくれたんだろう。証拠に姉さん血まみれだし。


それが、かっこよくて可哀想だった。


姉さんは最初からかっこよかったわけじゃなかった。


むしろ、弱くて、運が悪かったんだ。


化け物と出会って、いくらか時間が経って、化け物は居なくなっている。姉さんに被る血が多くなる。それでも姉さんは姉さんだった。気が狂っているのか、まぁそうでもなければこんな関係は築いていないだろう。


「思い出したか」


「何を?」


「……まだか、仕方ないな」


姉さんはがっかりしたようなフリをする。思い出さない方がいいということをわかっていて、何を言っているのか。もう、わかっているんだ。でも言わない、可哀想だから。その可哀想な姿がかっこいいんだよ。


「何を考えているんだ?」


「愛しい愛しい姉さんのこと」


「ははっ!」


「………」


「現実に戻ったら、もっとたくさん遊ぼう」


姉さんが笑うから、私も笑う。


「姉さん」


「あ?」


「姉さんは、最高の姉さんだね」


姉さんは少し引き攣ったような顔をしたが、すぐに顔を元に戻した。


「当たり前だ、私はかっこよくてつよくてさいきょうの姉だからな」


うつろな目だ。


そうだ、私の姉さんはかっこよくてつよくてさいきょうじゃないといけないんだよ。




「流石に…疲れたな…」


「休む?」


「でも、あと少しなんだ」


姉さんは力強く足を進めた。疲れなんて感じさせないほどの力強さだ。


と、思って欲しそうなものだ。


私には双子の姉が居た。


姉さんは、姉さんのフリをしている。


姉のフリをしている。


私を救うために。


私が孤独にならないように、自分と同じ孤独を味あわせないように。姉さんは姉さんを引き継いだ。


これは『ゲーム』でないことなんて、とっくのとうに知っている。


もう終わってしまった世界で、数多の生き物が化け物に殺されていく世界で、姉さんは私を守って姉さんのフリをする。



階段、外へ続く階段。


向こうに、空が見える。


「終わりが来る」


「どうやって?」


たすけが来てハッピーエンド」


ああ、姉さんは嘘つきだね。


「姉さんは」


「?」


「何がしたいの」


「言わなかったっけ」


「ずっと一緒に居る以外で」


「そう、だなぁ………ずっと、音廻の姉でいたい、かな」


無理だよ。





夕日が眩しい。暗い室内にいたから目がチカチカする。


頭痛がした。


救いなんてないことは、わかっていた。


姉さんがこれから何をしようとしているのかも、だいたい想像がつく。


「姉さん」


「忘れていないよな? ずっと、覚えているんだろ?」


「忘れてない、ずっと好きだったんだ」


「血の繋がった、実の姉を」


「そうだよ」


「………やはり、私ではお前を救えなかったか」


「貴方は、姉さんじゃない。姉さんは、姉さんみたいに強くないし、かっこよくもない。さいきょうですらない」


「わかってるよ」


「それで、どうするの。私は貴方に殺される?」


「……お前の好きな方を選んでくれ、どっちを選ぼうが私はそれを尊重する。真似とはいえ、大好きな姉に殺されるのは屈辱か?」


私は、本心を伝えた。









「どうか、幸せに生きて欲しい」



ああ、忘れてた。姉さんの、最後の言葉。どうして、忘れていたんだろう。


「変な人間。私はお前の姉どころか、人間ですらないのに。私はお前の姉のガワを被ったただの虎なのに。お前に想われる筋合いはないのに。なのに、どうして『生きる』ことを望む?」


「思い出したから」


「ああ」


「姉さんの言葉を」


「……ああ、よかった。私がお前の姉のフリをしていたのは、思い出してほしかったから。お前の姉の言葉を、最後の命の灯火を、ああ、よかった、本当に、よかった……」



きっと、何も解決はしてない。


きっと、世界は終わりを迎える。


ここで生きることを選んでも、二人はきっと長くない。


それでも、『かっこよくて強くて最強』の姉さんは、私と姉さんを守ったのだ。私と、『かっこよくて強くて最凶』の姉さんを。


守ろう、たとえうまくできなくとも。


それが、私にできること。


「生きよう」


そうして物語は終わりを告げる。


そうして終わりまで生きていく。


かっこよくてつよくてさいきょうの姉さんと。




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