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※裁きを下せ


『翡翠。準備はいいわね』

『いつでもいいよ、憧』


 翡翠と憧がパチンと同時に親指と中指を弾く。


 ガシャンと何かが割れる音と共に空が割れ、長い髪を靡かせゴシックロリィタに身を包んだ憧──アイリスブラックが姿を見せる。ガーネットは姿を見せたアイリスブラックを前にすると、助けを求めた女性は不要とばかりに蹴り飛ばし、アイリスブラックと対峙した。


「出たわね、裏切り者!」


 アイリスブラックは木を燃やされ、地面に叩きつけられた少年を庇うように立つ。


 アイリスブラックの瞳は、白い布に覆われている。視界を奪われている状態だが、正常な状態と全く同じ視野になるよう翡翠が魔力を使って細工をしている。彼女の視力には正常な状態と何ら変わりはなかった。


「あなたは正義を騙りながら、罪を犯した」


 彼女の手には左側に大きく傾く天秤が握られている。

 正しい行いをしたものを前にすれば天秤は右へ傾くので、ガーネットが悪人であることは間違いのようのない事実であった。


「罪を犯したのはどっちよ!この裏切り者が!」

「自らの罪を認めず、正義を騙るものに──正義の審判を下す」


 自らの罪を棚に上げ、正義の味方から抜け出たブラックアイリスを非難するガーネットに、ブラックアイリスは彼女の罪を暴露し始める。


「弱きものに手を差し伸べることなく、あなたは弱きものに苦痛を与え、恐怖のどん底に陥れた。その罪はけして許されることではない」

「はぁ?何言ってんの!?これからあたしに倒されるのはあんたの方よ!」

「その力は、あなたが持つべきものではないわ──」


 天秤から手を離したブラックアイリスは、左側に傾いた天秤が眩い光と共に長剣へと変化すると胸元の変身ブローチ目掛けて切っ先を向けた。


 ガーネットは油断していたのだろう。


 目が見えない彼女が俊敏な動きで切っ先を向けてくると思わず、咄嗟に炎を纏って応戦したが、アイリスブラックの剣が変身ブローチに向かう方が早かった。


(あまり得意じゃないんだけどな)


 念の為エメラルドはガーネットの頭上にバケツをひっくり返したような水を用意していた。エメラルドとしての属性は風である為、水の力は細かな調整が利かないのだ。

 エメラルドがサファイアであったなら、ガーネットが生み出した炎を消失させる少量の水だけを魔力で生み出せたのだが。翡翠がエメラルドとして風属性の魔力を得た魔法使いであることは変えられない。


「な、なんで……っ!?」


 エメラルドはガーネットが炎を纏った瞬間に頭上から水を落としたので、変身ブローチを破壊されたガーネットは変身が解除されてしまう。

 生身のまま大量の水を被ることになったガーネットは、剣の切っ先が突き刺さったことで破損してしまった変身ブローチを握りしめて蹲った。


光栄(えいこう)高校3年、赤見優(あかみゆう)。身長160cm。体重48kg。弱い者いじめが大好きで、放課後日常的に野良猫を虐げている」

「な……っ!?」


 ガーネット──赤見優は、何故素性がバレているのかと驚愕の表情を浮かべているが、彼女の情報を入手するのは簡単だった。ガーネットとエメラルドは同じ組織に所属するチームだからだ。

 翡翠が裏切り者であることを知らない優は、「仲良くなりたいからお互いにもう一度自己紹介したい」と言えば、自ら身長と体重を打ち明けてくれた。

 体重は多少盛っている可能性もあったので、健康診断の内容と照らし合わせから暴露しているが、警戒されないように翡翠も本当の体重を嘘偽りなく彼女へ話していたので、嘘はついていなかったようだ。


「あなたは野良猫を見つけるたびに痛めつけ、自分の足では動けなくなった野良猫を人通りの多い交差点に放置した。猫が車に轢かれる様子を見て、あなたは──」

「ど、どこにそんな証拠があるって言うのよ!?」

「映像があるわ。猫を轢いた車の運転手が右往左往する姿を見て声を殺し、腹を抱えて笑うあなたの動画が」

「な……っ!」


 その動画を撮影したのも翡翠だ。優は日常的に野良猫を痛めつけては、人通りの多い交差点に落とし物を装って野良猫を捨てていた。


 優にとって野良猫を痛めつけることは日常生活の一部なのだ。優の姿を見た野良猫は、優に見つかったら恐ろしい目に合うと知っているのか蜂の子を散らしたように逃げていた。

 優は走っても追いつけないと知るや否や、ガーネットとして変身してでも猫を捕まえて痛めつける執念を持ち合わせていたのだ。


 あの姿を見てしまえば、背中を合わせて正義の為に戦おうとはとても思えない。


 ブラックアイリスに裁かれて当然の悪行を繰り返す悪魔──。それが、ウィッチガーネットと名乗っていた赤見優の本性だった。


「あなたに助けを求めた彼女が居る前で、この動画を流したら……あなたは私が裁きを下す間もなく、社会的に抹殺されるでしょうね」

「……っ!あんたもグル!?SNSで拡散でもするつもり!?」

「ひ……っ」


 助けを求めた女性に掴みかかろうとした優が、女性に危害を加えぬようにエメラルドは魔法を使って優を転倒させた。土の上に尻もちをついた優は眉を釣り上げてアイリスブラックを睨み付けている。

 目を白い布で覆い隠している彼女がどんな目線で優を見つめているかは窺い知ることなどできないが、目隠しの下では間違いなく優のことを蔑んでいるだろう。


「あなたは法の番人たる私達の前で、さらなる罪を犯そうとした。その行いは、けして許されるべきことではないわ」

「あんたに一体、どんな権限があるって言うのよ!?」

「正義の味方を騙る悪魔。正義の審判者として、あなたに裁きを下すわ──」

「出して!出しなさいよ!いやあああ!」


 ブラックアイリスが優の目の前に剣を突き刺せば、剣は優を閉じ込める檻へと変化した。檻に閉じ込められた優が檻の中で暴れているのなどお構いなく──ゆっくりと足元に展開された暗闇へと引き摺り込まれていき、やがて姿が見えなくなる。

 後に残されたのは、自分を助けてくれるはずの変身魔法少女が敗北した姿を見せつけられた女性とその息子。ブラックアイリスと、女性の危機が去ったことを確認して変身を解除したエメラルド──翡翠だけだ。


「ブラックアイリスって……闇堕ちした、魔法少女、ですよね……。どうして、私達のこと……助けてくださったんですか……?」

「正義を騙る悪魔を炙り出し、裁きを下すのが私達の仕事よ。悪の組織に属する人間だから、人助けをしないわけではないの」

「でも……」

「不特定多数の人間に、無条件で助けを求めるのはおすすめしないわ。あのような悪魔をおびき寄せてしまうから……」


 何が起こったのかよく理解できない女性は木の上から地面へ叩きつけられた息子を抱きしめると、その場を立ち去るブラックアイリスの背中へ、小さく頭を下げたのだった。

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