魔法使いレインレインボーのウィッチエメラルドなんて名乗れない
「誰か助けて……!」
今日もどこかで、助けを呼ぶ声が聞こえる。
その声に導かれ現場にやってきた翡翠は、助けを求める少女の姿を物陰から窺って「変身する必要がない」ことを悟った。
(今日はハズレか……)
正義の味方は慈善活動ではない。
か弱い人間同士の諍いに、特別な力を持って乱入する方がおかしいのだ。
組織の上層部に食い込みたい人間は、悪の組織に襲われていたり手を差し伸べられている人間ではないことを確認すると翡翠のように「ハズレ」と称して見て見ぬふりをしてその場を立ち去る。
正義の味方が、助けを求める人々を助けるには条件があるのだ。
条件を満たしていない人々が助けを求めた所で、その手を取る正義の味方はあの組織に所属している人々の2割にも満たない。その様子を見かねた悪の組織に所属する怪人やら敵対する人々が手を差し伸べ、意気揚々と正義の味方達が悪の組織に所属している心優しい人々を断罪するのだ。
(酷いなあ)
一度見て見ぬふりをしたくせに。
正義の味方が見て見ぬふりをせず、自ら手を差し伸べていたならば。悪の組織に属する敵が助けを求めた人に手を差し伸べることなどないと言うのに。
悪の組織に属する敵をおびき寄せる為なら、助けを求める人を見て見ぬふりをする。「そんな人間が正義の味方を名乗るなど許せない」と憤慨して静かに怒りを募らせるのが憧であったが、翡翠は案外冷静であった。
(正義の味方って定義すら曖昧になっているからかな……。私もあの組織に毒されているのかも……)
正義と悪は表裏一体とはよく言うが、正義の味方が悪魔のような言動をするのは「その方が合理的だから」だ。
上層部の人間が善人のふりをした悪魔であり続ける為に作り上げたシステムを破壊しなければ、「心から正義の味方として立ち振る舞う勇敢な若者」の心まで腐敗してしまう。
翡翠も憧の手を取っていなければ、「仲間がそうしているから」と流され。遅かれ早かれ悪魔に生まれ変わっていたはずだ。
「息子が!息子が猫を助けようとして、木の上から降りられなくなってしまったんです……!」
「あはは!助けてください、だって!」
物陰に隠れていた翡翠がその場から立ち去ろうとした時だった。真っ赤な赤髪と、赤いローブが印象的なショートカットの少女が助けを求める女性の前に姿を見せる。
彼女は魔法使いレインレインボーのウィッチガーネット。翡翠と同じ変身アイテムを持って戦う魔法使いだ。あちらは翡翠のことを仲間だと認識しているかもしれないが、翡翠はすでに仲間だとは思っていなかった。
(私の仲間は憧ちゃんだけだよ)
翡翠が同じ変身アイテムを仲間と呼べない理由は、リーダーであるガーネットの立ち振舞いが原因だ。助けを求めた女性を嘲笑うガーネットは、地べたに這い蹲って懇願する女性を見下し魔法を使う。
「え……?」
「うわああ!」
木の上で猫を胸に抱き、身動きが取れなくなっていた少年は、ガーネットが炎の魔法を唱えたことによって足場を失い──高い木の上から地上に投げ出されてしまう。人が地面に叩きつけられた音を聞いた翡翠は眉を潜めただけで、ウィッチエメラルドとして現場に急行するつもりがない辺り、組織に所属している正義の味方らしいなと自嘲する。
「ど、どうしてこんな酷いことを……!貴女、正義の味方ですよね……!?」
「酷いこと?やろうと思えばあんたの息子を火だるまにだってできるのよ?それをしなかった私に、むしろ感謝してほしいわ!あんたはあたし達に助けを求めた。その結果、息子も手が届く所に戻ってきたじゃない。何が悪いの?」
「た、助け方ってものがあるでしょう……!?」
助けを求めた女性の言い分が正しいのに、ガーネットは反省する様子もなくふんぞり返っている。彼女にとって助けを求める人々は敵をおびき寄せる為の餌であり、多少の怪我を負った所で知ったことではないのだ。
助けを求めた女性は、正義の味方にあるまじき発言をするガーネットを愕然とした様子で見上げており、静かに嗚咽を漏らし始めた。
「は?いい年して何泣いてんの?マジキモいんですけど!」
「助けを求めた私が悪いの……?」
「当たり前でしょ!?あたし達の仕事を増やさないでよね!」
「助けを求める人を無下に扱う正義の味方なんて、存在している意味がないわ……!」
「あんたらに存在を否定された所で、あたしらは痛くも痒くもない。あんたらが絶望すればするほど、敵は負のオーラを探し求めて姿を見せるんだから!」
憧が所属している悪の組織では、人間の負のオーラを集めているが、それは正しい情報ではない。
負のオーラを感じ取った悪の組織に属する者たちは、助けを求める人々の力になる為に姿を見せているだけなのだ。負のオーラを集めてこの世界を闇に染めようなど考えているものは、全体の2割にも満たない。
正義の味方として活躍する変身ヒーローや魔法少女が、裏で悪魔のような所業に明け暮れているように。
悪の組織に所属しているものもまた、人知れず人々に手を差し伸べているのだ。
『見ていられないわ』
翡翠の魔力が込められたピアスから、憧の声が聞こえる。翡翠と憧は何かと別れて行動することが多いので、顔を合わせていない時はピアスの通信機器を利用して対話していた。
『……正義の審判を下すわよ』
翡翠の魔力により作動しているピアスは、「相手に伝えたい」と念じるだけで、意思疎通が可能だ。
翡翠が憧と協力関係にあることを誰にも悟られることなく、2人は心を一つにする。
『わかった』
翡翠と同じ魔法使いの力を与えられたガーネットに、正義の審判を下す。
それは同族殺しと呼べる大罪だ。
(同族殺し、仲間割れ、裏切り……)
翡翠が憧と協力関係にあることが露呈すれば、翡翠は強く非難されることになるだろう。それでも構わなかった。
翡翠が汚名を被ることで、悲しむ人が少しでも減るならば──。
(憧が正義の審判を下せるように。私がサポートするんだ!)
ウィッチエメラルドとしては、助けを求める人々が「ハズレ」でも。門倉翡翠としては、倒すべき敵を教えてくれた「当たり」だ。
「ウィッチレイン」
腰に付けたウエストポーチから、変身アイテムを取り出し右手で握りしめた翡翠は小さな声で呪文を唱える。
翡翠のか細い声にも変身アイテムは呼応し、光を帯びる。
「エメラルドチェンジ」
二つ折りに収納されていた変身アイテムコンパクトをパカリと開き、上部の鏡に顔を映す。左手で目を覆い、右から左へ小刻みに動かした後ゆっくりと拳を握り締めれば、翡翠の身体は眩い光に包まれた。
「魔法使いレインレインボー、ウィッチエメラルド。キラキラと輝く宝石のように。人々を救う……」
「正義の味方」と続くはずの言葉を、翡翠は紡げない。翡翠はもう、正義の味方ではないからだ。
悪魔を断罪する審判者の片割れとして、翡翠は新たな道を歩み続けている。
(私は、違う。レインレインボーのウィッチエメラルドではなくて……)
正義の審判を下すために憧が持つ天秤は、常に揺れている。右は正義、左は悪へと。
正義と悪は、表裏一体だ。
正義を名乗る者が、裏では悪魔のような振る舞いをするように。
悪を名乗るものが、正義を名乗るものよりも正しい行いをするこの世界で。
翡翠は憧と共に、歪んだ行いを正すために生きていく。