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闇堕ち魔法少女と魔法使いが手を組む夜

「わたしとあなたが、敵対する意味はあるのかしら?」


 悪の組織に所属している元魔法少女が、翡翠(ひすい)に語り掛ける。

 夜の帳が下りる頃。漆黒の闇に同化してしまいそうなほど、全身黒で統一された変身ドレスを身に纏った少女の名は目黒憧(めぐろひとみ)

 かつて魔法少女マジカルアイリスのアイリスブラックと名乗り活動をしていた魔法少女である。


 翡翠は魔法使いレインレインボーのウィッチエメラルドとして活動する魔法使いである。彼女と所属している団体が異なれば、風の噂やテレビのニュース番組で放送された内容からでしか悪の組織に寝返った理由など知る由もない。


 憧は頭の頂点にヘッドドレスを付け、ゴシックロリィタのような黒レースをふんだんにあしらった変身ドレスを身に纏っている。対する翡翠は、名が表す通り、緑色のローブですっぽり身体を覆い隠していた。


 胸元の変身ブローチがつけられたリボンを外せば、セーラー襟のボレロや、下着同然のレオタード。膝上5cmのミニスカートがお目見えするのだが──。

 翡翠は魔法少女ではなく魔法使いだ。軽装になることで戦いが有利になるならばローブを脱ぐが、ローブを脱いだ程度で戦いが有利になるはずもない。

 翡翠はずっしりと重いローブを羽織ったまま、戦う意味を問い掛けてくる憧を訝しげに見つめた。


「意味ならあるよね?私とあなたは敵同士だもの」

「本当にそうかしら。わたしとあなたはよく似ている……」

「似ているって……?」


 憧は風に靡く長い髪を押さえ付けながら、昔を懐かしむように淡々と語り出し始める。


 憧が悪の手に寝返った理由から始まったその話は、普段の彼女からは想像もつかない程に長かった。

 彼女は翡翠と敵対している間、殆ど言葉を発したことなどなかったので、翡翠はそのギャップに驚いている。


「正義の味方と言えば、聞こえはいいけれど。正義の味方として活動する人間が、誰かを傷つけたことのない清廉潔白な人物かと言えば、そうではない。あなたにもあるでしょう。悪事を働く悪の味方が、本当に倒すべき相手であったのかと疑問に感じる瞬間が」


 翡翠は悪の組織に所属している敵がスマートフォンに夢中で、信号が赤になったことに気が付かずに轢かれそうになった女性を助ける場面に遭遇したことがあった。

 彼らは性根まで腐っているわけではないのに、翡翠の仲間たちは悪の組織に所属している者たちが行った善意の数々を「きっと裏があるに違いない」「あれは罠よ」と見ぬふりをしていたのだ。


 倒すべき敵だと一度認定したら、どんなに正しい行いをしていたとしても態度を改めない。

 その仲間たちの行動に疑問を感じ、同調できない翡翠は一人で行動することが多くなっていた。


「正義の味方として活動する人間は本当に、悪の組織に所属している人間よりも心優しいのかしら。実は悪の組織に所属している人間の方が心優しく、よほど社会のために役立つ行動をしていると考えたことはないの?」


 耳の痛い話だ。憧の言葉を「洗脳」「罠」と決めつけ耳を貸さずに戦って白黒つけるのは悪くはない。正義の味方であれば、戦って白黒つけることこそが、正しい選択なのだろう。

 翡翠もそれをよく理解していた。理解しているが──素直に実行するかどうかは、別の話だ。


「私と貴女に敵対する理由がないとしたら。このまま戦うことなく別れるの?」


 翡翠は彼女の出方を窺うことにした。


 お互い戦う理由がないと気づいた所で、このまま戦わず別れるなど許されない。翡翠は正義の味方で、憧は悪事を働く悪の組織に所属している人間だ。

 翡翠は悪者を倒す義務があるし、憧だって正義の味方を倒す義務がある。正義の味方は原則ノルマ制なのだ。多くの敵を倒せば倒すほど、内部での扱いが優遇される。


 正義の味方として大成したいならば。


 翡翠は、憧の言葉などに耳を貸すべきではないと理解していた。憧の言葉に耳を貸した時点で、すでに正義の味方として道を踏み外しているのだ。

 翡翠は憧からどんな解答が返ってきても驚くことなく熟考した上で、答えを出すつもりだった。


「わたしと一緒に、正義の味方ヅラをして私腹を肥やす社会のゴミを断罪しましょう」


 憧は芝居がかった動作で翡翠へ手を伸ばした。


 「正義の味方ヅラをして私腹を肥やす社会のゴミ」とは酷い言いようだが、今まで彼女は悪の組織に所属をしながら、魔法少女時代に見つけた悪魔たちを断罪して回っていたらしい。


 人から恨みを買っている自覚のある正義の味方達は、正義の味方であることを辞めれば救われると信じて、何人か姿を消している。その原因が何なのかは下っ端に知らされていなかったが、憧が暗躍していたからのようだ。


「私が貴女の手を取ったら、今まで断罪してきた人々の罪状を、私にも教えてくれる?」

「ええ。もちろんよ。あなたとわたしは一心同体。表裏一体になるんですもの。その代わり……あなたには正義の味方として組織に所属したまま、私に情報を横流しして貰えないかしら」


 後ろ暗いことがあり、自ら正義の味方であることをやめた人々の中に──気になる男性が居た翡翠は、少しだけ悩んだ末に彼女の手を取った。


「これからよろしくね。魔法使いレインレインボー、ウィッチエメラルドの門倉翡翠(かどくらひすい)さん」

「……っ、私の本名──」


 正義の味方に属する人間は、同じチームに属する人間や上層部以外素顔を明かさない決まりであるのだが──。

 彼女は何故か翡翠の本名を呼び、こてりと首を傾げた。

 腰につけていたミニポーチから変身アイテムを取り出して操作すると、眩い光に包まれ──彼女の素顔が露わになる。


「私は元魔法少女マジカルアイリスのアイリスブラック。目黒憧よ」


 お嬢様学校として有名な、ミッション系私立高校の制服を身に纏った憧は、あっさりと自らの身分を晒して翡翠と共犯関係を結んだのだった。

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