18.愛しのモモ
ノノくんの話が、ジンワリと染みていく。
ああ、そうか。
そういうことだったんだね、お母さん。
>お父さんの名前?
>うふふ、ひみつ~。
そりゃそうだよ、ノウゼンノットハルトだなんて言っても、私は絶対に信じなかったと思う。
>違うよ、お父さんは私達を捨ててない。
>自慢じゃないけど大恋愛だったんだから!
うん、分かるよ。だってこの人、今でもこんな風に私を通してお母さんを見てるもの。ふふっ、そんなに優しい目で、愛情がダダ漏れだよ。そっかあ、本当に大好きだったんだね、お母さんのこと。
>モモ、生まれてきてくれて有難う。
>もしお父さんに会えたら、伝えて欲しいの。
>私はね…
分かったよ、お母さん。
あの言葉は必ず伝えてあげるから。
泣き笑いみたいな表情を浮かべたノノくんは、私が生まれ育った世界でのことを語り始める。
「早くあっちの世界に行きたかったけど、召喚せよとの王命がなかなか下されなくてな。ほんと毎日が拷問みたいだったよ。結局、行けたのは17年後。真っ先にネネの元へ向かったんだが、既に彼女は亡くなっていて。後悔だらけで死にそうになった俺は、彼女が過ごした17年間を調べることにしたんだ」
「お母さんの、17年間…」
思わずキュッと上唇を噛み締めると、ノノくんの口角が分かり易く下がった。
「彼女は俺に、家族仲は良好だから子育ては手伝って貰えるはずだと言っていた。それに、自分くらいの年齢で妊娠することもよくある話で、心配することは何も無いと笑ってすらいたのに。…全部、嘘だった。ネネは、選民意識が異常に高い家の次女として生まれていて、そのせいか家族仲も希薄だったらしい。そして、そんな家だったからこそ、妊娠を理由に縁を切られたと。それからは細々とバイトを掛け持ちしてやっと暮らしていけるような状態を続け、休む暇もなく働いた挙句、死んでしまった」
ええっ、なにこの話。
重くない?そんで、暗過ぎない??
確かに、事実はその通りなんだけどさ。
でも、そうじゃない、そうじゃないんだよ。
「ノ、ノノくん!それでも私とお母さんは、メッチャ幸せだったんだけど」
きょとん、って。何よ、その顔。
「あのね、昔、近所のオバちゃんが言ってたの。お金持ちで皆んなが健康、誰が見ても幸せそうな家族が、実は家に帰ると誰も口を利かず、憎み合っていて。反対に、貧乏で寝たきりの病人が一人いる可哀想な家族が、実はお互いに支え合って毎日楽しく暮らしていたりする。家族なんてね、外から見てるだけじゃ誰にも分からないんだよって」
だからその、『なに言ってんだコイツ』って顔をヤメてよ。
「私とお母さんはね、毎朝、今日は何しようってワクワクしながら起きて、そんで毎晩、今日はこんなことしたよーってお喋りしながら寝てた。狭いアパート生活だったからね、布団を並べて眠るしかなかったというのもあるけど、だからこそ、すぐ傍にいられてすごくすごく嬉しかったの。きっとお母さんも同じだったと思う。お母さんが生まれた家は、とっても冷たい人達の集まりだったんでしょ?だから尚更、私と2人だけの生活が楽しかったはずだよ」
ここでノノくんが、私の頭を撫でた。
「ほんと前向きだよな。いったい誰に似たんだよ」
「ノノくんじゃないことは確かだね!あのね、お母さんから死ぬ間際に伝言を頼まれてたの。お父さんに会えたら絶対に伝えて欲しいって言ってた」
「な、なんて?」
「あなたがモモを与えてくれたお陰で、最高に幸せな人生でした。今までずっと独り占めしてごめん…ね…っ、て。うぐっ、ひっく、う、ううう」
気付けば、涙が溢れそうになっていて。拭うとバレてしまうと思ったから、目を細めてなんとか誤魔化そうとしたのに。どうやらノノくんは、それを見逃してはくれないみたいだ。
「あー、くそっ、なんでこんなに可愛いんだよッ。モモ、いいから泣け、ずっと一人にして悪かった。これからは俺がいるから。ほおら、もう大丈夫だぞ。あああっ、世界で一番可愛い、ほんと天使っ」
うええん、好きになった人が実はお父さんで、
しかも、怖いくらいに親バカなんですけど~。