16.彼等の事情
※ここからはモモ視点に戻ります。
……
えっと、なんだ、これ。
「これは美味だな!何という食べ物なのだ?」
「ああ、カリカリしていて実に香ばしいぞ!」
誰だ、これ。
「おい、そこの醜女。手拭きを持って来い」
「それと飲み物もだ」
しこめって、し、失礼なッ。
こう見えても、若草町の町内会では一番のべっぴんさんだって浩太郎爺さんが言ってたしッ。っていうか、いきなり人んちに押し入ってきて、そのまま手掴みで唐揚げをモリモリ食べ始めるって、どんだけ図々しいの?!しかもこの人達、どう見ても上流階級のお坊ちゃまという感じなんだけど、こんな所にいったい何の御用かしら?!
…という疑問を、ノノくんに向かって訴えてみた。無論、声になぞ出さず表情のみで、だ。
やっと大皿18枚分の唐揚げと、中皿6枚分のポテトフライを完成したというのに。突然の乱入者により、唐揚げが食べ尽くされそうな勢いで。大皿2枚がカラッポになった時点で、ノノくんが漸く重い腰を上げてくださった。
「おえ、こっちは油酔いして気分最悪だっつうのに、面倒かけさせやがる。おいこら、宰相のバカ息子と騎士団長んとこのボケ息子!これ以上食ったら、殺すぞ」
部屋の隅で、廃人状態になっていたノノくんが急に発言したことで、乱入者たちは初めて彼の存在に気付いたらしく。モグモグと動かしていた口を止め、大きく目を見開いている。
「え、ええっ、まさかノウゼンノットハルト様?!ど、どうしてここにッ」
「んぐっ、嘘だろ?!この時期は魔塔にいらっしゃるんじゃ…」
そんな問いには答えない。だってノノくんは基本的に会話のキャッチボールというものが出来ない男なのだ。
「なあ、ウチの可愛いモモさんを醜女と言ったのはどっちだ?一発殴らせろッ」
わーいわーい、怒られてやんの。
「ち、違うんですっ、あの、俺達、魅了の影響で、例の男爵令嬢以外の女性に暴言を吐いてしまうらしく、自分でも止められないんですっ」
「そ、そう、そうなんですよ!これでもかなりマシになった方で、全盛期の頃には母親ですらも、女性だからという理由で暴言を吐きまくって遠ざけておりました。精神操作魔法の研究者いわく、かなりタチの悪い魅了で、完全に抜けきるには一年はかかるだろうと。もう残り2カ月ほどですが、未だにこの調子なのです」
ふへ?!魅了って、あの魅了?そっかそっか。先ほど話題に出ていた、男爵令嬢に夢中になって婚約破棄をした側近達というのがこの2人なのね。
「へええ。魅了のせいで、他の女を近付けないようにするため、暴言を吐く…のか…。ふむ…。そっか、なるほど、じゃあ、アーサーヴェルト…も、そういうこと…か」
声が小さくてよく聞こえなかったけど、ノノくんの呟きによれば麻ベルトくんも魅了にかかっていたのだろうか。ん?でも、男爵令嬢が魅了の元なんだよね?彼は今まで女性と会ったことが無かったはずなのに、いったいいつ彼女と接触したの?
ぐいんと眉間に皺を寄せていたら、ノノくんが唐突にこう言った。
「俺のイチ押しは、アーサーヴェルトだから。モモさんもそのつもりでいて」
「は?」
それはビックリ、私には一番有り得ない選択だ。
「この国ではアイツが一番強いし、頭も良くて信頼出来る。誰か1人選べと言われたら、俺は迷わずアイツを押す」
「えっと、でも、私は嫌われてるみたいだし、どっ、どうせならノノくんがいいな」
…言った、言ってしまった!
でも、私達が両想いだと伝えるチャンスを、逃したくなかったのだ。
「ま…さか、モモさん…って、俺のこと、好きになりそうな感じだったり…する?」
「あー?えー、そんなこと…ある、かなあ…」
てれてれと頭を掻きながら答える私に、彼は困った様子で答えるのだ。
「ごめん、俺とモモさんがくっつくことは有り得ないよ。だって…」
その後に続いた、信じられない言葉。
俺は、
きみの、
父親だから。