11.とある王太子の事情
──同日、王宮内の王太子執務室にて。
「では、以上で報告を終えます」
「分かった、ご苦労だったな。そうだ…今から10分ほど一人にしてくれないか?」
「は、護衛はどういたしましょうか?」
「護衛はその間だけ室外に下げてくれ。なんだか今日は魔力が落ち着かない。整えるには、周囲に人がいると集中出来ぬのだ」
御意、と短く答えて一斉に退室していく。
ふむ、あの新しい側近もなかなかに優秀だ。
高等学園の卒業パーティーで婚約破棄を宣言した、愚かな王子。そんな息子でも他に後継がいないとなれば、廃嫡することも出来なかったのだろう。
一年間の謹慎。しかし王太子としての公務は恙なく熟せとの裁断に、肩を落とした者も少なくなかったと聞く。その一方で、諫めることをしなかった側近達は全員解雇された挙句に出奔。彼等の未来は完全に潰えてしまったというのに。
コンスタンティン・ベネディクト・イシュタール
我が国唯一の王子であり、且つては孤高の人とまで言わしめた清廉潔白な男。不正を嫌い、若さ故の夢見がちな理想を語り、この国の未来を背負うに相応しい存在だったはずが。たった1人の男爵令嬢によって、呆気なく転落させられてしまうとは。
いや、まだ大丈夫だ。
この国に救いは残されている。
幸いなことに、彼等は漸く気付いたのだ。
──自分達が、嵌められてしまったことに。
美しく、聡明な婚約者を愛していた。もしくは愛とまではいかなくとも、親愛の情を抱いていた。なのに、どうしてあんな女を求めてしまったのか。そうだ、これは、この感情は偽りに違いないと。
瞼を閉じれば暗闇の中から徐々に光が近づいて来る。コツリ、と後頭部を叩かれたような感触がすれば、交信開始の合図である。
「スタン、大丈夫か?」
「ああ、アーサー。久しぶりだな」
「そっちはどうだい」
「例の異世界人と会ったよ。キミには悪いが、お相手となるのは早々に辞退した」
スタンはコンスタンティン、
アーサーはアーサーヴェルトの愛称である。
2人は18年前に生まれた、
我が国創成以来初の双子王子だ。
双子は縁起が悪いという俗説を幹として、たまたま国境へ送る子を生むはずだった王弟夫妻が不仲で子を成せず、それ以外にも様々な思惑が重なり、生まれた王子は一人きりだと発表された。
先に生まれたコンスタンティンが王の子。
後に生まれたアーサーヴェルトは王弟の子。
…そう国内外へ周知されてしまったのである。
真実を知らずに育った2人はある日、同時に開眼する。どうやら王族特有の症状らしく、6歳前後に成長の証しとして高熱を出し、苦痛と引き換えに固有魔法を得るのだ。その固有魔法が、よりにもよって『交換』であったせいで、2人は互いの存在に気付いてしまう。
交換。
それは、双子の外見はそのままに、
中身のみが入れ替わるということ。
どんなに離れていても、
互いが了承さえしていれば、
瞬時に心を入れ替えてしまえるのだ。
しかも、その前段階として精神感応も使用可能。
勿論、最初は戸惑った。自分にしか聞こえないアーサーヴェルトの声を、幻聴だと思ったコンスタンティンだったが、じっくりと状況を把握し、自分達の出生時に世話をしてくれた侍女を脅して漸く真実に近づいた。
それからの2人は物理的に会うことは叶わないものの、月に数回のレベルで入れ替わり様々な体験をしていく。
大切に守り育てられている王太子が、
国境で血を吐くような訓練を。
剣を振るしか能が無かった国境の少年が、
王宮での人脈作りや勉強を。
そうして12年が過ぎ、自らの意思に反して婚約破棄という愚行に及んだコンスタンティンは、謹慎生活を過ごすこととなり。暫くして、男爵令嬢から魅了をかけられた可能性も有ると師匠が言い出したことによって、秘密裡にアーサーヴェルトと中身を入れ替えた。
何故なら、魅了とは身体ではなく精神をアルコール漬けにして、酔わせる行為に近いからだ。残念ながら、婚約破棄の原因となった男爵令嬢はコンスタンティンの尽力により罪には問われなかった。それどころか、いつか側妃として迎えるからと、男爵家で花嫁修業をさせられているのだ。
未だ魅了については調査中だが、男爵令嬢と会い続ければコンスタンティンは正気に戻れない。師匠いわく、もし魅了ならば、一年ほど解除に時間が掛かるだろうと。であればとアーサーヴェルトの方から入れ替わりを志願したのだが。
内容が内容なだけに、この事情を知っているのは本人達と師匠、それにノウゼンノットハルトの4人だけ。この国の長である国王陛下ですら、息子の固有魔法が『交換』だとは知らない。
そんな複雑な状況で、中身がアーサーヴェルトである王太子は、遥か国境で正常に戻ろうと努力しているコンスタンティンと精神感応で会話中だ。
そして、このややこしい2人のことを、
モモが知る日はまだ遠い。